小説9 | 高木豊オフィシャルブログ「感動の裏には努力が存在する!」Powered by Ameba

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頭を何かで、殴られたような衝撃を受けていた佳子は、何も考えられず、癌と言う言葉に対して、どう答えたらいいのか分からずにいた。
ある程度、最悪の事態は、心の中で準備していたはずだったが、最も恐れていた事が現実となると、受け止めるには時間が掛りそうだった。
重い口を開いた高樹が、担当医、林に質問を始める。
「手術すれば、癌の箇所を切除すれば大丈夫なんですか?」
担当医は、冷静に答えて行く。
「大腸癌と言うのは、発見が遅れる事が多くあります」
「と言うのも、自覚症状が出てくるのは、発祥してかなり立ってから、というケースが多い様です」
「大丈夫かは、今の時点で答えるより、手術、お腹を開いてみないと何とも・・・」
「我々に出来る事は、最善を尽くす、と言う事しか出来ません」
こちらの質問が出来ないくらいの、完璧な回答だったが、これでは、アッサリしすぎていて引き下がれない感じもする。
引き下がる事のよって、何か希望の光を見つけたくなるのは、人情というものだ。
「転移はあるんでしょうか?」
分かっていた。
手術してみないと、お腹を開く・・・
「お気持ちは分かります」
「たくさんの家族に、癌を宣告してきました」
「これから大切なのは、患者と一緒になって、癌に立ち向かう、戦うと言う事です」
「私も、出来るだけ協力します、手術の結果を待って下さい」
もう、何も言えなかった。
ただ、立ち向かい、戦うと言う言葉が、佳子の心に響いていた。
三人は、勇介の病室に向かっていたが、マネージャーの渋谷は、「泣いてしまいそうなので」と言い、待合室で待機する事になった。
高樹も遠慮しようかと佳子に伝えたが、「一緒にいてほしい」と言われたので付き合う事になった。
勇介はまぶたを閉じている。
勇介には何と伝えるのか?
佳子が、どのような会話の中で切り出すのだろうか?
今日は、あえて伝えないで手術後、しっかりした結果が出て言うのだろうか?
ここに来るまでに、佳子と打ち合わせをしとけば良かった。
うっすらと、勇介の目が開く。
いい夢から覚めたみたいに、その開き方はゆっくりであった。
「おぅ、来てたのか、すまんすまん」
「お前まで来たのか?」
と笑ってみせたが、妻、佳子の顔が見えて安心しているようにも見えた。
「どうだ勇介、気分は」
「そうだな、もう大丈夫、てな感じかな」
高樹の言葉を勇介が遮った。
「分かってる、今回だけは、ちゃんと言う事を聞くから」
勇介は思い出していた。
プロに入って3年。
もう、今年ダメだったら引退しよう。
プロに、すがりついてるのも惨めな感じがしていた。
その年も、1軍、2軍を行ったり来たり、使われても代打が主で、肘を痛めてから守備につく事はほとんどない。
勇介には、引退する前に絶対叶えておきたいことがあった。
守備につくのではなく、誰しも憧れる、ホームランを打ちたかったのである。
まだ、プロ入りして、その快感を味わっていなかった勇介には、大変な魅力だった。
勇介は高樹と、遠征先の飲み屋にいた。
「俺、今年で引退するぞ」
「おい、軽々しく引退を口にするなよ」
「いや、球団に言われる前に、自分の人生は、自分で決めたいんだ」
「そこで相談だが・・・」
「一本でいいから、ホームランを辞めるまでに打ちたい」
「難しいこと言うなぁ~」
「やっぱり、難しいか?」
勇介も分かっている。
高樹が、ホームランバッターではないこと、打ち方なんて聞いても、打てるものでもない事も・・・
残暑が残る、9月、勇介は代打の準備をしていた。
対戦相手は、首位を走る常勝球団のG軍、投げてるのはエースの江上。
試合はもつれて、8回を迎えて、3対3の同点。
自軍の攻撃も、2アウトランナー無しで、投手のとこに打順が来た。
内のエースも限界と見て、代打北川、と監督が主審に告げる。
「北川、行くぞ」
勇介が準備をしてる時に、珍しく高樹が顔を出した。
レギュラーの高樹が、試合中裏に来る頃は滅多に無い。
「勇介、江上は、ボールカウント3=1になったら100%カーブを、今日は投げてくぞ」
「そのカウントを、お前が作れるかだな」
そう言い残し、ベンチへと戻って行った。
相手のエースは、憧れの存在。
勇介の頭の中は、真っ白になり、極度の緊張感も感じていた。
打席にたった勇介は、江上の球に翻弄されている。
ベンチから大きな声が飛んだ。
「お~ぃ、しっかりボールを見ていけ」
高樹だった。
はっと我に返った勇介は、高樹の言葉を思い出した。
「そうだ、カウントを作る」
2=1となつていたつぎのボールは、高めに外れ、高樹が言っていたカウント3=1になった。
100%のカーブ!
勇介は、高樹を信じ次の球、カーブを狙った。
「来た、言ってる通りの球だ」
投げられたボールは、止まって見えるほど良く見えた。
手応えは無い。
しかし、白球は高々とあがり、レフトスタンドめがけて飛んでいる。
全力で走っていた勇介の足が、牛歩のようにゆっくりになった。
球場は大歓声に包まれていたが、勇介には何も聞こえない。
これで、思い残す事は無い、「自分の事は、自分で決める」
高樹、「ありがとう」
お前が打たせてくれた、「ホームランだ」