1889年4月6日に幕末の備中松山藩主や江戸幕府の老中を務め、山田方谷を抜擢した板倉勝静(いたくら かつきよ)が亡くなりました。


板倉勝静は1823年に陸奥国白河藩主の松平定永の八男として生まれました。


備中松山藩の第6代藩主の板倉勝職婿養子となり、1849年に養父の隠居にともない家督を継いぎます。


農民出身の陽明学者山田方谷を抜擢し、藩校の有終館の学頭としました。


山田方谷の助言のもと藩政改革を行って財政を改善し、殖産興業で藩の負債をなくしただけでなく余財をなし、軍政改革にも着手することができるようになります。


1857年にこれが評価されて江戸幕府の奏者番兼寺社奉行に任命されます。


しかし、安政の大獄で井伊直弼の強圧すぎる処罰に反対して寛大な処置を行い、井伊直弼の怒りを買って1859年に罷免されます。


井伊直弼死後の1861年に再び奏者番兼寺社奉行として幕政に復帰します。


1862年には老中に昇格し、幕末の混乱する政局の安定化に努めて、14代将軍の徳川家茂の上洛に随行しました。


薩摩藩士が異人を斬った生麦事件の賠償問題や、孝明天皇から受けた攘夷命令が不可能であった問題などから、一時は老中職を罷免されましたが、1865年に老中として再任されました。


第二次長州征伐では寛典論を主張しましたが、退けられました。


徳川家茂没後も、15代将軍の徳川慶喜から厚い信任を受け、老中首座兼会計総裁に選任されました。


そして幕政改革に取り組む一方で、1867年に土佐藩の山内豊信が建言した大政奉還の実現にも尽力しました。


鳥羽伏見の戦いの敗戦の際、徳川慶喜と大坂城にいて、老中酒井忠惇、会津藩主松平容保、桑名藩主松平定敬らと共に開陽丸で江戸へ退却しました。


藩主不在の備中松山藩はわずか5万石であり、新政府は隣の岡山藩32万石に錦の御旗を渡して松山討伐を命じていたので、苦境に陥りました。


留守を守っていた山田方谷は長州藩が攻めてきた場合には戦うつもりでしたが、朝敵とされてしまったこともあり、松山の領民を戦火から救い、板倉家を存続させるためには、松山城を明け渡すしかないという考えで藩論が一致しました。


板倉勝静と嫡男の板倉勝全は江戸から戻れなかったので、藩主は強制的に隠居させたことにして、先代板倉勝職の従弟にあたる板倉勝弼を養子として新藩主に迎え、勤王派に鞍替えして投降します。


松山藩は岡山藩の管理下に置かれ、そこに鳥羽・伏見の戦いから熊田率いる松山藩隊150名が備中玉島に帰還しました。


岡山藩は熊田の首級を要求し、1868年にそれを知った熊田は自刃して果てました。


これによって、松山藩は最終的に戦火を免れました。


一方で江戸の板倉勝静は、徳川慶喜が朝敵とされたことから、1月29日に老中を辞し、逼塞処分を受けます。


3月には下野国日光山に屏居となります。


さらに新政府によって宇都宮藩に移され、英厳寺に軟禁されたが、宇都宮戦争で大島圭介の旧幕府軍によって解放され、同じ元老中小笠原長行と共に奥羽越列藩同盟の参謀となります。


板倉勝静が旧幕府軍と行動を共にしていると知った新政府は態度を硬化して、松山藩は震え上がります。


1869年に江戸開城で戻った嫡男の板倉勝全を宇都宮の新政府軍に引き渡しますが、板倉勝静自身はなおも抵抗を続けました。


板倉勝静は、松平定敬や小笠原長行と共に旧幕府軍として五稜郭まで従い、同行した松山藩士も新撰組に加わって土方歳三の指揮下で戦いました。


これはまずいと思った山田方谷は、松山藩士を知人のプロイセン商船に乗せて函館に派遣し、板倉勝静を半ば強引に江戸に連れ戻しました。


山田方谷は板倉勝静を外遊させてほとぼりを冷まさせるつもりでしたが、松山藩内では財政状況が思わしくなかったことから不満が出て、すぐに新政府へ自首謝罪するように求めることになります。


1869年帰京した板倉勝静は翌日自訴します。


長男の板倉勝全と共に上野国安中藩で終身禁固刑になります。


2万石減封されながらも松山藩は再興され、岡山藩による軍政支配は終わりました。


1872年に特旨で板倉勝静は赦免されます。


板倉勝静は山田方谷と板倉勝弼を慰労し、板倉勝弼が自分や藩士たちに遠慮して家督を長男の板倉勝全に譲ることのないように指示します。


晩年の1876年に上野東照宮の祀官になります。


また、板倉勝弼や三島中洲、川田甕江の協力を得て第八十六国立銀行を設立しました。


板倉勝静が幸運であったのは農民出身の山田方谷を抜擢したことです。


人を見る眼がありました。


山田方谷は、農民出身らしく武士の意地よりも庶民の生活を考え、経済政策は利よりもまず義を正すことを大事にする政治家でした。



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