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takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

本ブログの無断転載はお断り致します。

日時: 2019年6月23日13:30

場所: 光が丘IMA HALL

曲目: フィデリオ序曲、V協、「田園」

指揮: 奥田恵悟

独奏: 白井麻友

 

ベートーベン大好きなため、演目によりこの演奏会を即決で選んだ。

初めて訪れる演奏会場であったことにも少々惹かれた。

会場は商業施設の中にあり、これまで訪れた商業施設内のホールと同様、どう歩けば会場入り口に辿り着けるのか分かりにくかった。

 

フィデリオ序曲は同行した友人に「レオノーレ序曲に似ているんだよ。」などと知ったかぶったのだけれど、聴いてみたら似ていなくて恥ずかしくなった。

 

バイオリン協奏曲では場違いと思えるほど出来の良い独奏に驚いたが、室内楽向きと思える小ホールでフルオーケストラが遠慮なく音を出し、あまりの音圧に疲れてしまってうつらうつらとなった。これは田園でも変わらず、相当疲れて会場をあとにした。

 

会場に入った時、これは出来るだけ後ろの席に座らないと厳しそうだと思ってそうしたのだけれども、それでも小ホールの中は強い音で飽和してしまっていた。和気あいあいとした感じの良いオーケストラであっただけに、十分大きなホールで聴きたかったなあと思った。

昨日は不忍池でハスを撮り、そのあと路線バスで小石川植物園に回ってめっきり少なくなった花を見て回りました。ちょっと欲張ったのでいつもより歩き過ぎ、今日はちょいとへばっておりました。

 

 小石川で一番気に入ったのはこれ

セリ科のウイキョウというそうですが、セリ科の花、私にはどれも同じように見えてしまいます。

 

(X-T3 + 18-135mm)

2019年6月22日(土)14時より、文京シビックホールにて

指揮: 白谷隆

曲目: 芥川:交響管弦楽のための音楽、ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容、ラフマニノフ:交響曲2

 

開演のベルが鳴って、奏者たちが舞台に出てくる前に、舞台裏から「ファイトー!」と囃し立てるような掛け声が鳴り響いてきた。あれっ、これって前にも聞いたことがある。と思って帰宅後自分の過去の記事を検索してみたら、とある医療系大学オケのコンサートの時のことだった。静粛な演奏会の前にこんな掛け声出して良いの?と思う人も居るだろうけど、何しろ入場料無料で聴かせていただく演奏会であり、咎め立てする筋合いはない。嫌であれば次から来なければ良いのである。個人的にはこういうの好き。演奏する曲の曲調を損なわない範囲で、好きなようにやっていただければと思う。例えばあの賑やかなアンコールが終わったあと舞台で一斉に歓声を上げるとかしたら盛り上がるんじゃないかな。

 

芥川の曲は(当時の)現代音楽とは思えないような分かり易い曲であり、ちょっと日本的な響きを楽しんでいるうちに終わった。ヒンデミットはもう少し気難しい印象を受けたが、たまに耳にする「画家マチス」より楽しめたような気がした。意外だったのは楽想と楽想の繋ぎの部分で、芥川の曲と同じような楽器の構成で繋いでいくさまがあっと思うほど似通っており、近代という同時代性を持つ作曲家を連続して聴いているんだな、ということを想起せずには居られなかった。

 

さて最後のラフマニノフ交響曲2は? これはゴージャスな響きの演奏で大いに楽しんだ。アマオケの演奏会に通うようになって初めて聴くようになった曲であり、聴き始めた最初のうちは、目の前の演奏から出てくる音のどの部分に注目すれば良いのか、言い換えるとどの音が主旋律?なのか分からなくて随分苦労したものだった。しかしその後数回の実演を聴き、「らららクラシック」での解説にも助けられ、あらかたどんな曲なのか分かってきて、徐々に楽しめるようになった。(単に私の感想ですが)ブラームス3の第3楽章、マーラー5のアダージェットと同様に、この曲の第3楽章は別格の魅力があるのである。何が別格かと言うと、通俗的だ、とか、前後の楽章との繋がりが悪いのでは、とかの余計なことを考える前に、すぐ音楽に引き込まれてしまう、という意味でだ。こういう楽章が含まれていると分かっていれば、他の楽章を聴いていても(我慢できるとまでは言わないが)かなり心持ちが違ってくる。

この日は大人数による演奏であり、小編成の方が好きな私の好みとは違ったのだけれど、この曲は大編成オケに合っているのか濃厚な音場に浸れた。メロディーラインの提示もバランス良くなされていたようだった。こう感じた一因は私がだいぶこの曲を分かってきたからなのかもしれない。聴いていて、次にどんな音が出るのか、少しずつ予想できるようになってきている。

かくしてラフマニノフ交響曲第2番は、これまで聴いてきた中で一番私が没入し楽しめた演奏だった。ありがたいことである。

 

アンコール、ラコッツィ行進曲の舞台には、もう一つ大きなオーケストラが出来るんじゃないかと思うほど大勢の奏者が加わり、弦楽奏者は立ち弾き状態。大混雑山盛りの舞台となった。本番中は曲により奏者の入れ替えを行っていたとは言え、これだけの方々が舞台にあがって演奏したいと思っているのだ。少なくとも、この「フェスティバル」が如何に学校で弾いている奏者から熱望されているのか、を想像できた。アンコールの当初、なぜ皆さんがとんがり帽子を被ったりパーティーの小道具を身に付けたりするのか分からなかったけれど、そうだ、これは「フェスティバル」なのであり、アンコールは祭りの打ち上げなのだと理解するに至った次第である。

もう花菖蒲の季節は終わってますが、今シーズン回った三つの菖蒲園の写真を掲載します。

 

先ずは6月11日の堀切菖蒲園。

 

 一番の見ごろには少し早かった。

 

 花菖蒲の花の質感がなかなか出せません^^;)

 

 

(K-5 + 18-250mm)

 

次は6月13日の水元公園。頑張って自転車で行きました。

 紫陽花も綺麗でした。

 

 天候も良く、大いに楽しみましたです。

 

 とても解放感に浸れる公園です。

 

 木陰でゆっくりすると超気持ちいい公園です。

向こう岸は埼玉県三郷市。

(K-5 + 18-250mm)

 

最後は6月19日の小岩菖蒲園。江戸川の河川敷にあります。

 菖蒲園の向こうを江戸川が流れていて、その向こうの河岸段丘は千葉県です。

 

 こちらは江戸川区側の堤防方向。

 

 脇を京成線が頻繁に通過するので賑やか。

 

(D600 + 24-120mm)

6年前の今頃の季節に同じ著者の「正岡子規」を読み終えた時、今度は是非「明治天皇」を読んでみたいと思ったものだ。

 

今回、直近の2ヵ月を掛けてようやく「明治天皇」上下二巻を読み終えることができた。難しい文章でも内容でもないのだが二巻を読み終えるのにこれだけの時間を要してしまったのは、一度に集中して読める量が情けないほど減ってしまったからだ。その主たる原因は視力の低下。その時々の体調によるのか、メガネが合う時と合わない時があって、合わないと感じる時に頑張って量を読み進むのは難しかった。合う時でさえ、この著作の章に換算して一度に読み続けられるのはせいぜい5章前後。情けないけれどこれが現状なのだから仕方ない。もちろんこの時期相次いで衛星中継されたサッカーの国際大会である男子U-20ワールドカップ、男子U-22が参加したトゥーロン国際、男子A代表が参加した南米選手権、そして何より女子ワールドカップフランス大会を出来るだけライブでテレビ観戦したことが視力低下に関係したことは当然なのだが、ひと昔前ならサッカーテレビ観戦で読書量に影響が出ることなど無かったはずだ。

 

明治天皇の父孝明天皇の時代から書き起こされる年代記は、明治天皇に関する記述に並行して激動の時代(本当に国の進路がすれすれのレベルで激しく動いていた!)が紹介されており、学校の日本史で習った程度の知識しか持ち合わせなかった私にとって格好の学習材料となった。しかしその中で、やっと明治維新の混乱期を抜けようかとしている段階で朝鮮半島情勢に関わり、日清戦争に至ってしまう筋道を理解するにはちょいと物足りないものがあった。別途読み足す必要がありそうだ。

 

明治の政治情勢や日本の社会を理解するためには不十分。これは著作のテーマからして当たり前か。加えて明治天皇個人に付いても残された資料の少なさのため、著者自身も満足していないくらいである。そうは言ってもこの本を読んで得られた知識は、私の頭の中の空白地帯(膨大!)の一部を埋めてくれた。折しも平成から令和に移行する時期にこの著作を読んだのは、意図して読んだのではなかったのだけれど、時期相応のものだったなあとも読後思った。

先般の旅行で少し時間が空いたので八戸の根城を見に行きました。

 

 日本百名城の一つだそうです。

 

 こういう空堀を越えて入っていきます。

 

 本丸地区が見えてきました。

石垣ではなく柵に囲われていたのは昔を復元したものなのでしょうか。

説明をしてもらう時間の余裕が無かったので、さあっと歩いただけです。

 

 策の中の作業場。

ちょっと見ると竪穴住居の復元なのかと思いましたが違うようです。

 

 この辺りが本丸の中心だったような気が。

 

 ケーンという鳴き声がした方向に雉が居ました。

しばらく待ったけど顔を見せてもらえなかった。

 

 敷地に見慣れぬ花が。

サンザシ(バラ科)と立札がありました。初めて見た花です。

 

 寄って写したのがこれです。

 

 その後戻った八戸の繁華街。

ここは他の地方都市よりシャッターの降りた商店が少ない印象でした。

 

(E-M10m2 + 14-150mm)

2019年6月16日(日)14時、武蔵野市民文化会館

指揮: 須藤裕也

曲目: 牧神の午後への前奏曲、シベリウス7番、チャイコフスキー5番

 

プログラム冊子の挨拶文によると、都内を中心に活動するアマチュア演奏家によって2016年に結成され(中略)特定の母体を持たず、メンバーの出身団体は多岐にわたるオーケストラだそうだ。

 

牧神は弱音をベースとしたとても好感の持てる演奏だった。とても良い気分になれた。

 

シベリウスが始まると前曲のフランスから一転して馴染み深いドイツ系の響きが聞こえ、この調子ならなかなか良さの分からないこの曲も好きになれるかも、と気持ちが明るくなった。しかし曲が進んで行くと自分が曲のどういう意味のある場所に居るのか分からなくなってしまう。いつものことだ。そして、これもいつものことなのだが、曲が終わりそうになるとはっきり終わりそうだと分かる。あっ終わりそうだ、と分かると尚更のこと、今回も分からないまま終わってしまったか、と無念に思った。

 

チャイコフスキーの曲は、不遜にもどのように劇的効果を上げるのか私は分かっているような気になっており、最近この作曲家を聴くために演奏会に足を運ぶことが無くなっている。この日私は久しぶりに聴く牧神と、挑戦中のシベリウスを眼目としていたのだった。しかし80名くらい?の大人数が一心不乱に熱演しているのを正面で聴いていたら簡単に引きずり込まれてしまった。他のアマオケで聴いた時は途中で飽きてしまったのに、今回はそうならなかった。一糸乱れぬ演奏と熱意のおかげだと思う。有難かった。

公園のHPを見るとそろそろ見頃のようなので、今朝、なでしこがイングランドに負けた試合の中継を観たあと千葉公園へ。

まだ最盛期ではないけどそれなりに楽しく撮影しました。

例年ここでハスを撮る時期ってだいたい汗かきながらの撮影になりますが、今朝は涼しくて快適でした。

 

 これは開く途中

 

 整った形の花はバラにも負けない美しさがあるように感じます。

 

(K-5 + 18-250mm)

2019年6月15日(土)14時、第一生命ホールにて

指揮:高橋隆元

曲目:ブラームス第3、ドボルザーク第6

 

第18回演奏会がこの楽団を聴いた最初であり、どういう由来の楽団なのか分からない、という感想文を書いた覚えがあった。

 

この日の演目は割りと地味なもの、という印象を持って会場へ。

 

最初にブラームスの方が演奏された。私はてっきりこちらのほうをメインにしているものと思ったが、全体を聴き終わって感じたのは、ドボルザークのほうに練習のエネルギーを多く割いたのだろうということだった。

演奏を聴いていると、アマオケのブラームスを聴いて私がよく持つ印象である「ブラームスってアマオケには難しい作曲家なんだな。」という思いが頭に浮かんだ。ひとつのテーマを演奏するのにたくさんの楽器が出たり入ったりするから、楽器間のバランスが常に留意されていなければならない。しかしアマオケが音の粒を揃えるのは大変なのだろう。

 

ドボルザークは熱演であり、終演後盛んにブラボーを浴びていた。

私はこの曲をほとんど聴いた覚えがないのだけど、演奏を聴いていると第3、第4楽章に聞き覚えのある民族音楽的フレーズが出てきたので、FM放送で何度か耳にしていたのだろう。それでも私にはまだ楽しめるほど理解が進んだ曲になっておらず、この日聴き終えても良さを分かるには至らなかった。

 

幾ら生の音楽を手軽に聴けるからと言っても、自分が理解できない曲ばかり聴いていると音楽を聴くこと自体がつまらなくなってしまう恐れがある。今後はもう少し演目に気を付けて聴きに行かなければ、と思う。

 

日時: 2019年6月9日14時

場所: すみだトリフォニーホール

指揮: 田部井剛

曲目: 青少年のための管弦楽入門、ブルックナー7番

 

ブリテンのこの曲を演奏会で取り上げるアマチュアの楽団が増えてきたという印象を持っている。若い頃からずうっと好きだった曲であり今でも大好き。その曲を生で聴く機会が増えているなんて願ってもない状況だ。

因みに曲のどの部分が好きかというと、各楽器を紹介する変奏曲部分のトロンボーン・チューバ、第一第二バイオリンの掛け合い、強烈に魅力を振りまくハープ、それから精緻な作りでありしかもグッと来るフーガとクライマックス。

解説のアナウンスを付けないで演奏する楽団と付ける楽団と両方あるけど、私はどちらも好き。強いて言えば無いほうがいいかもしれない、という程度の差だ。この日は「無し」だった。

これまでに聴いた演奏と比べると弦の人数が多くて重厚な響きが印象的だった。この曲を聴き始めたバーンステイン・ニューヨークフィルのレコードのようなスタイルに聞こえた。表現はおとなしめに聞こえたけれども、しっかりした演奏であり、大いに楽しむことができた。

 

ブルックナーの交響曲はあまり頻繁に聴くことが無いけど、この日の7番は聞き覚えのある旋律に満ちていて、その点ではほっとして聴くことができた。それでも1・2楽章は長く感じ、そう感じると実際に長大なこの曲は本当に長く思えるのだった。静寂な部分になると周りの聴衆が姿勢を変えるに伴って発生する椅子の軋みが聞こえた。自分に照らして考えると、他の方も長いと感じているのでは、などと想像。

後半の2楽章は動きがあって引き込まれた。数々の「ブラボー」が飛び交いめでたく終演。

 

次回は11月に「キャンディード」序曲やコープランドを取り上げるそうだ。これはちょっとパスかな。