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takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

本ブログの無断転載はお断り致します。

この日も最近の例に漏れず猛暑の一日でした。実は都バス一日乗車券を使い、車内で涼を取りつつ都内を移動して過ごしていたのですが、この夏空なら夕空も綺麗になるだろうと思い、亀戸から西葛西で乗り継ぎ葛西臨海公園に向かいました。しかし、途中から曇ってしまい、公園の浜辺に着いた時にはこんなどんよりしたお空になっていました。

 

 多少なりとも雲の切れ目があったのが救いでした。

 

すると日没方向の空から真っ赤な光が漏れて来て一面を照らしました。

 

 余りにも強烈な日差しなので物陰から撮っています。

 

その輝きは数分で終わり、僅かに漏れてくる光線だけになりました。

 まあ、一瞬にしろ楽しめたから良かった。

そう思っていると、漏れてくる光線が垂れこめている雲の下を舐めるように照らし始めました。

 これはドラマチック。

雲に空いた穴を通過する光は、中の雲の縁の凹凸を反映して縞模様を作っています。

 その左側も入れた一枚

雲の割れ目が南方向に伸びていました。

 割れ目ではこんな色合いも楽しめました。

 

 これは右側を入れた一枚

こちらには幾つか雲の穴から光が漏れて、少しずつ違う色の斑を作ってました。

 

 南側の景色。

テント張りのように見える施設の先は人工海浜になっていて、盛夏の間だけ海水浴ができるとのこと。

 

あと二枚、とっぷりと暮れていく浜辺の写真です。

 

 

 最後は薄暮に浮かび上がる大観覧車

 

思いの外きれいな夕空を楽しむことができました。暑ささえも浜を吹きわたる強い南風に相殺されて忘れてしまいました。暑い間にもう一度夕涼みに行きたいな。

 

このあとはまた路線バスを四つ乗り継いで帰宅。

 

(E-M10m2 + 14-150mm)

日時: 2019年7月20日14時

場所: ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮: 松尾葉子

曲目: ラヴェル「クープランの墓」、プーランク「牝鹿」、幻想交響曲

 

高齢者はご招待ということで、受付時に3階の横向きの席をあてがっていただき聴く。このホールでは何回も聴いていて、響きの良い素晴らしいホールだという印象を持っていたから3階だろうと何処だろうと問題ないに違いない、と思っていたのだけど、意外や意外、よく聞こえない席だった。その上、舞台を見る視線上に手すりが頑張っており、指揮者や木管奏者の顔が見えない。身を乗り出すと見えるようになるけど、そうすると左手奥から舞台を見ている観客の視線を遮ることとなった。そうとなれば普通に座って見にくいのを我慢するしかない。

 

良さを理解していない「クープランの墓」や、思っていたより楽しげだったが軽い曲との印象を受けた牝鹿を聴いていた時には「さすがハモン」と舌を巻きつつ聴いたのだけれど、大好きであり非常に大きな思い入れを抱く幻想交響曲になると「あれっ、おかしいぞ」と思うようになった。曲の迫力が伝わって来なかったからだ。演奏が弱音の部分になると周りの客席から僅かに聞こえてくる身をずらす音や軽い咳払いの方がより目立って聞こえるように感じた。素晴らしいホールと思っていたけれど、よく聞こえない席もあるホールなんだと思わざるを得なかった。

聴いてから時間的に大きく間隔が空いた今となって、あれは大音響に頼らないで幻想を演奏しよう、表現しようとする指揮者の意図によるものだったかもしれない、と思うようにもなった。でもそれは推測でしかない。もしそうだったとしたら、あれは音量を落とし過ぎたでしょう。

 

日時: 2019年8月4日(日)14時

場所: 杉並公会堂

指揮: 小林幸人

曲目: マーラー花の章、R.シュトラウス「ドンファン」、アイヴズ1

 

同じ時間帯に他でベートーベン7の演奏会があったのだけれど、ここのところ聴いていないマーラーの響きが聴きたいと思ったことと、聴いたことの無いアイヴズの交響曲1番が気になり杉並公会堂へ。

 

マーラーはあまりマーラーらしい屈折した気持ちが窺える曲ではないらしく聞こえた。演奏会の出だしだし、短い曲だから分かりにくい面があったのかもしれない。

 

ドンファンは上手な演奏だったと思うが、あいにく好きな曲ではなく、あの心を高揚させるようなメインテーマが繰り返し登場するにもかかわらず、最後は急に萎んで元気なく終わってしまうところに何ともバランスの悪さを感じた。これはこの曲を聴くといつも感じることだ。

 

アイヴズは残念ながら良い曲だと思わなかった。プログラムの曲目紹介で「・・・いわば習作の交響曲である。」と書かれていたけれど、聴いてみると本当に習作の域を出ていない曲という印象だった。

ビゼーの1番も習作と記憶していて、聴きながら「ビゼーとアイヴズ、どちらが聴きやすいのかな、どちらが優れているのかな。」などと考えていた。ビゼーのほうは最初聴いた時「何だこの単純な作りは!?」と辟易したのだけれど、その後何度か聴いた後に良さを認識した。アイヴズはこれから私の中でどう変わって行くのだろうか。少なくとも今日聴いた曲は作曲家本来の特徴が出たものではないのだろう。私が比較的最近に聴く機会が増えたマーラー、ラフマニノフ、エルガーらと活動時期が重なる作曲家であるから、アイヴズも恐らく聴くことが増えるような気がしている。

 

この楽団は確か一度聴いたことがある、と思って自分の記事を検索してみたら、第81回定期を聴いていた。その時の感想はこちら

演奏会後、ホールの建物を出たところにある喫煙スペースの脇を通り過ぎる時にこんな話が耳に入って来た。

「今日は新宿文化でフォルチェもあったんだけど、住んでるところが近いこちらにしたんですよ。」

見知らぬ同士が演奏会の感想を交わしていたらしい。

 

あは、私も少しだが同じことを悩んだのだ。「実は私も少し悩んで、、、」と会話に参加したくなったが自重した。この方々はそうではなさそうだったけど、中にはすぐ偉そうに講釈を始めるのが居るからだ。私はこの二つの演奏会を前にして、「古典」とラフマニノフ2を演奏するフォルチェも聴きたかったのだけど、招待券を送ってもらっているフォイヤーヴェルクを優先することに関しては揺らがなかった。この楽団の演奏会を聴くのはこれで3回目。今回もまた素晴らしい演奏を聴けると思うとわくわくしていたのだった。

 

日時: 2019年7月14日14時

場所: 大田区民ホールアプリコ

指揮: 原田幸一郎

曲目: シューベルト2、ベートーベン「英雄」

 

どちらの曲も実によく磨かれている演奏であり、曲の隅々まで丁寧に仕上げられていた。この点に関して実に全く期待通り。

 

シューベルトの2番はたぶん初めて聴いた曲。ピンと来なかった。

 

英雄は出だしがピタッと合っていて気持ち良かった。あとはすらすらと流れていった印象で、自宅でCDを聴いている時のような安心感からか、私の聴くための集中力が少し落ちたせいだろう、第4楽章の冒頭がどんな入り方をしたのか思い出せないまま変奏曲はどんどん進んで盛り上がり、終わって行った。

持っていた中で一番良く写るが重くて使いこなせないカメラとレンズを買い取ってもらい、今月上旬に新機種を仕入れたものの、操作系の違いに戸惑い未だに使い方が良く分かない始末。めっきりピントが合わなくなった目に鞭打って取説を追っております。そんな中で今日試したのがローキーで撮影するモード。私が撮る対象に合いそうなモードなので使えそうです。

 ベランダの花です。種類は不明。

 

(X-T3 + 18-135mm)

日時: 2019年7月13日18時

場所: 習志野文化ホール

指揮: 小笠原吉秀

曲目: マイスタージンガー前奏曲、ベートーベン1、「巨人」

 

自分の記事を検索してみたら、今回はこの楽団を聴く2回目の機会だった。

かなり大きな編成での演奏で、それはスタートのワーグナーで曲に相応しい絢爛豪華な響きを醸し出していた。

 

ベートーベン1でも同じ弦の規模で演奏。小さめの編成でノンビブラート奏法、という演奏に私は親しみを感じているので、こういう編成のオケでどんな響きが出てくるのかなと興味を持って聴く。すると、私がこの曲に抱いていた印象ががらりと変わることとなった。

長い間好きだったこの曲だが、この一年ほどは習作の域を脱していない、中身の薄い曲なのではないか、と感じていたのだった。しかしこの日の演奏を聴いて、のっけからベートーベン特有の緊張感に痺れた。先日の演奏会で7番を聴き、疲れを感じたあと、アンコールで1番の最終楽章が演奏され、それに痛く感激したことを思い出す。この曲は造りは後の曲に比べると簡単ながら、紛れもなく「ベートーベン」なのであり、9曲の名曲のひとつとして挙げられるのに相応しい曲だと思わされた。ありがたいことだ。

 

「巨人」は概ね平穏な鑑賞が続いた。早朝に不忍池でハスを撮り歩いたつけが出てきたようで、居眠りこそ出なかったものの、聴く上での集中力が少し落ちたようだった。しかしチェロのソロや、ホルン群が立ち上がって演奏する場面で強烈に引き付けられた。

 

さて終演後、入場無料ではあるがカンパ制である。そこで困ってしまった。良い演奏を聴かせてもらったのだから私相応のカンパを、と思いながらも、事前に崩しておくのを忘れたため、私の懐には大枚と百円玉数枚しか無かったのだ。虎の子を出してしまうわけには行かず、かと言って百円玉をチャリンでは却って失礼だろう。一瞬の躊躇の後私が選択したのは払わず撤退することだった。会場の出口のドアが一カ所しか開いておらず、払わずに出難くしているように私には見えたけど、そこの人の淀みに揉まれながら会場をあとにしたのだった。こういうことがあるからいっそうのこと、入場料を取ってくれた方がすっきりすると感じた。

前の日の園のTwitterでカルガモ親子が見られるようになったと紹介され、昨日さっそく自転車を走らせ向島百花園に行ってきました。

園に着き、お花の写真を撮りながら池に向かいましたが姿は無く、池の周りを撮り歩いていたらようやく出て来てくれました。

 

 雛は6羽居て、御一行全部を写そうと粘りました。

 

 リラックスしているのか、園の前日の動画のように固まって移動する姿はありませんでした。

 

 無事に成長するといいですね。

 

 楽しく撮影出来て良かったです。

 

(E-M10m2 + 100-300mm)

著者が朝日新聞客員編集委員に就任した1982年ころの文章と、それに関連する雑誌記事や講演内容を取り集めた一冊とのこと。

「刺身は食べられますか」とか「漢字は読めますか」など、著者が辟易するほど聞かれ続けた質問に対する考えが主たる内容であり、著者の日本観、文学観、芸術観などが続いていた。

 

読んだ中で特に注意を引かれたのは次の二点だった。

 

1.日本語が国際語として使われ易くするため、ひらがなのみによる、普通の日本語より簡単な、国際語としての日本語を作ったら良いのではないか、という提案。これには敬語も省き標準的な表現を使うことも提案されている。同意語の使い分けの煩雑さを除くため主要な言い方で統一する。これを外国人と話すときだけに使う言葉とする。

私が最近知り合った外国人が、せっかく日本語を習い始めたのに「漢字が難しくて歯が立ちそうもない。」として学習を止めてしまったことを思い出した。35年以上も前にこのような提案がなされたのに、現在においても外国人への配慮というのは駅名や路線図にローマ字表記を加えるくらいに留まっているのは少々残念でもったいなく思う。なかには漢字を勉強するのが大好きだというマニアックな方も居るけれど、漢字の障壁が無ければ日本語を勉強する外国人の数は大いに増加するのではないだろうか。

 

2.太平洋戦争末期、米軍将校として滞在した沖縄で、部下の沖縄出身のハワイの二世にその親戚の家に連れて行ってもらい歓待を受けた話。筆者自身も、今から思うと不思議な体験をしたように語っていたが、それほどまでに親族の結びつきが強く、そうすることが自然だったのだと思わざるを得ない。

日時: 2019年6月30日14時

場所: 武蔵野市民文化会館

指揮: 桑田歩

演目: ベートーベン2と7

 

もう何回目だか良く思い出せないが、もはやこの楽団の演奏会に行くことは楽しみの一つになっているので、他の楽団の会との競合があっても悩まずこちらに。

 

いつもと変わらず惚れぼれする演奏だった。そして会場の入りはこれまたいつものことなのだがスカスカだった。これは不思議で仕方ない。

 

2番はとても好感が持てる演奏で、今回特に感じたのはこの楽団が奏でる音の響きの良さだった。アマチュアの楽団ではしばしばボトルネックとなるホルンであるけど、ここではガッチリしっかり。いい音でした。

 

盛んな喝采を浴びていた7の方は私の苦手にしている曲であり、恥ずかしながらあまりピンと来なかった。耳が経年劣化により悪くなって、細かいパッセージを速く弾かれるとよく聞き取れなくなっているのかもしれない。

 

そしてアンコール。ベートーベン「1」の最終楽章だった。これは珍しい。そしてこれが始まると私はすごくほっとしたように感じた。何という心地よい響き! 住み心地の良いふるさとに帰ったかのように嬉しくなった。私にはこういうシンプルな曲の方が全体を聞き取れて楽しめるのだろう。

 

さて次回は9月29日、ベートーベンの5と6をやるそうだから楽しみだ。私がファンになりつつある佐々木新平の指揮だから尚更楽しみ。 (^o^)v

 

まだ最盛期ではないながら、上野の不忍池に行けば蓮の花を観られます。

この日の朝7時半頃池のほとりに着き、撮り歩いてきました。

 

蓮見回廊のような場所があって、その周辺が撮り易かったです。

 

 

手近で花の中が見え、しかもまだ元気な花はと言うと殆ど無かったです。

そのため横顔写真ばかりになりました。

 

次は開き掛けの蕾。

特に大きな蕾ではありませんが、丸さを出したくて画面いっぱいに撮りました。

 

不忍池には大賀蓮を含め幾つかの種類のハスが咲くようです。

自分が撮った蓮の種類は何だったのだろう。

 

 

(E-M10m2 + 100-300mm)