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takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

本ブログの無断転載はお断り致します。

日時: 2021年9月18日(土)14時

場所: タワーホール船堀大ホール

曲目: サリエリ 序曲「海の嵐」、ヴォジーシェク 交響曲ニ長調、ベートーベン 田園

指揮: 平川範幸

 

狙いは田園、他の二曲も普段聴く機会の少ない曲なのでちょっと期待して行った。

しかしながらサリエリは構造が分からぬままあっと言う間に終わり、ヴォジーシェクの方は演奏が始まった時「あっ、今までに聴いたことの無い音響だ」と思ったのも束の間、あまり変化のない音が延々と、実に延々と続き、自分がこの曲のどういう部分に居るのか、どういう部分を聴いているのかが全く分からなくなった。ベートーベンと同時代の作品だから耳を覆うばかりの不協和音が出てくるわけでもなく、理解可能な気がして聴き続けるのだがやはり分からない。そして辛くなってきた。

 

「田園」は演者も観客も良く知っている曲であり、楽しく聴かせていただいた。パート間で凸凹があり音の受け渡しがスムーズに行かない場面が見受けられたが、皆さんの音楽に包まれた悦びが感じられて羨ましかった。最終楽章の聴かせどころがうまく発音できなかったのは独奏楽器の宿命でありお気の毒でしたと言うしかない。こればかりは楽しめなかった。

日時: 2021年9月12日(日)14時

場所: 杉並公会堂

曲目: モーツアルト39、40、41

指揮: 安藤亮

 

早稲田大学フィルハーモニー管が母体の団体のようだ。このブログを検索してみたら、秋にやる定期とは別にやってるスプリングコンサートを2018年に聴きに行ったことがあり、今度で二回目の機会だった。その時の感想を読み直してみたら、今回受けたのと同じような印象を受けていた。隣席のいびきでメインステージの楽しみを奪われたことを読み返して「ああ、あの時の演奏会か」と思い出した。それ以来、そういう不心得者に悩まされたことは無い。

 

弦の響きが厚すぎるようで管楽器は隠れ気味。昔、モーツアルトの演奏と言えばワルターだったりベームだったりした時代の響きを思い出さずには居られない。時節柄、演奏の間も付けざるを得ないマスクのせいもあり「もわ~っと感」が増し、40、41は時折意識が跳んでいたような気がする。モーツアルトの交響曲はノリントンの古楽器奏法の響きでようやく好きになった分野であり、アマオケを頻繁に聴くようになってからは古楽器奏法でなくても「頑張れ頑張れ」と応援しながら聴く聴き方で、響きは別にして楽しめるようになっていたつもりだった。それでもこの日は楽しめなかった。上手な団体の演奏だとハラハラドキドキが無いから、却って音楽そのものの好き嫌いが出てしまうのかもしれない。重い曲の3連発というのも私には無理だったようだ。

日時: 2021年8月22日(日)18:00

場所: ミューザ川崎

指揮: 久世武史

曲目: ストラビンスキーのバレエ組曲「プルチネルラ」、ラフマニノフ交響的舞曲、プロコフィエフ交響曲5

 

プルチネルラの小さな編成での演奏を聴きびっくり仰天。以前に一度この団体の室内オケ版演奏会を聴いたことのあるはずなのだが、こんなにも上手だったっけ!? 皆さん達者で、レベルの高い楽しい音楽を堪能させていただいた。

ラフマニノフは何回か聴いたことがあるはずだったが、恥ずかしながら殆ど覚えていない曲だった。前のステージで大感激した反動か、上手だなあ、と思いながらもあまり楽しめないまま終了。

プロコフィエフ交響曲5はほとんど聴いたことが無く、”思いがけぬ巡り会い”があったらいいな、と思っての鑑賞だった。しかしある程度の事前理解が必要だったのだろう、どこが良いのか分からないまま沈没してしまった。FM放送のクラシック番組をかけっ放しにしておくとたまーに耳にする程度にしか取り上げられないし、自分からCDなどの録音を求めて聴くことも無い。この日のような上手な楽団の演奏会はこの曲の良さの一端を知るのに絶好の機会だったろうに、残念でした。

 

なお、アンコールとして1964年東京オリンピック開会式のファンファーレと入場行進曲が演奏された。時節を踏まえた楽しい選曲だったが、金管の張り切りのせいか少々バランスが良くないように思えた。

日時: 2021年8月21日(土)14:00

場所: サンパール荒川

演目: こうもり序曲、交響曲第4番「イタリア」、伊福部昭「シンフォニア・タプカーラ」

指揮: 室賀元一

 

前掲の江戸川フィルの会から今日に至るまでの間にプロのオーケストラを一回、アマオケを一回聴きに行った。プロのはそれなりのメンツが揃ったがっちりした会であり十分満足。でもプロの演奏に感想を述べるのは気が引けてパスした。「いいね」ボタンがあれば押しただろうけど。

アマのは、何故か、聴いていてあまり楽しくならず、せっかくタダで聴かせて頂いたのに「良いと感じなかった」との感想は書けずまたパスとなった。こう思うようになったなら、そろそろこの感想ブログもお仕舞いかな、という感じです。

 

今回の楽団は聴きに行くのがもう4回か5回目。これまで同様今回も演奏会が終わると幸せな気持ちで帰路に就くことが出来た。ありがたいことである。

 

最初の序曲の演奏はテンポが終始遅めであり、進行が心もとない、という印象だった。でも聴いている自分の頭の中では、次に出てくるはずの音と実際に鳴る音に差がないことを常に喜んでおり、アマオケを聴きに行くのが好きになった理由を再確認することとなった。頑張って音楽を編み出す姿や姿勢に接すること、そうやって音楽が鳴り響く現場に居合わせること、そして演奏が予想外に素晴らしければ望外の満足を得られる場所なのである。今回のこの序曲の演奏はそういう望外の満足とまでは行かなかったけど、とても楽しいひと時だった。こういう楽しさに包まれたのは本当に久しぶり。

 

「イタリア」では金管のボリュームが大き過ぎて他が聞こえなくなった。それで聴く集中力も低下し、ぼんやりしているうちに終了。あとに残るのはゴジラの音楽を担当した伊福部昭の作品であり、「クラシックの迷宮」で割りと頻繁に紹介されたのを聴いたから多少はミニマル音楽としての楽しみ方を勉強したつもりではあっても、さて楽しめるのかなあ、という心持ちだった。

しかし伊福部が素晴らしかったのです!! 同じオケが舞台で演奏しているのになぜ?と思うほど響きの充実度がこれまでのステージと違う! 伊福部昭の音楽ってこんなに良かったっけ!? 恐らく初めて耳にする曲だから何が正しいバランスなのか分からないけど、「イタリア」で感じたバランスの悪さをここでは全く感じなかった。正直なところひたすら音楽に包まれ豊かな気持ちになれた。これは望外の喜び以外の何物でもない。これ以上書き立てても嘘っぽくなるだろうから素晴らしさに関する感想はここまで。作曲の動機となったアイヌの雰囲気も充分に感じられたし、ストラビンスキーの影響も色濃い曲だった。曲終了直後に指揮者が見せた弦トップ奏者との肘コッツンハイタッチに、この好演の秘密が隠されていたのだろう。

 

なぜこれほどステージが変わると演奏が違うのか。想像するしかないのだが、一点集中型の練習をする楽団なのかな、というのが現在の私の見方です。

日時: 11月8日13:30

場所: 江戸川区総合文化センター大ホール

曲目: 威風堂々1、眠れる森の美女よりワルツ、マイスタージンガー前奏曲、新世界より

指揮: 藤岡幸夫

 

何とも久しぶりに聴きに行ったアマオケのコンサート。前回聴きに行ったのは3月21日の都民響だから、半年以上も生のオーケストラを聴いていなかったことになる。都民響のコンサートについては感想を書き掛けていたにもかかわらず結局途中で書くのを止めた。感染が爆発的に増加していた当時、書くことが如何にも能天気に思えたからだった。

 

この度の演奏会も、聴きに行った頃から感染数がぐんぐん伸びてしまうという後味の悪さが残った。この歴史的苦境が収束しない限り、どっぷりと演奏会に浸る日々は戻らないのではないか。

 

感染対策の一環として今回はプレトークをしなかった藤岡さんであったが、休憩なしで通された演奏会の曲間で、奏者が出入りする間の繋ぎのトークを当たり前のようになさり、そのトークの中で、如何にこういう社会情勢の中で練習を積むのが困難であるのか、に触れられていた。

 

演奏会の始まりからの小品三曲の演奏が何となく乗れない想いを抱いたのはそんな事情のせいだったのかもしれない。

 

しかし「新世界より」ではがらっと様相が変わった。それまでも時折生じた小さなミスは変わらなかったと思うけど、テンションの高さが全然違っていたように感じたし、楽曲への没入度が凄かった。こういう時期にこのような演奏を聴けたことに感謝したい。

 

「go to トラベル」とか「go to eat」とか、全然足りないと言われながらも資金が供出されている業界があるのに、「go to コンサート」は無かったのである。一律給付金から苦境に立つ音楽業界人へ、藤岡さんのおっしゃっていたような支援をすべき時だろう。

いろいろ問題があってこちらに同居させてきた写真のページですが、元のブログの容量の問題が改善されたので出戻ることにしました。写真の掲載は今後ココログで行います。まだ新しい記事はありませんけど、ココログはこちら

 

 

 

 

 

 

演奏会のほうは、第一波を上回りそうな第二波の感染増で先行き暗いですね。

ここのハスはピョンと背の高いのが多く、おかげさまでいろいろな組み合わせの写真を撮れます。

 

背景の土手の向こうは駐車場や売店のある側です。

 

空を背景にするのも簡単。

 

こちらは蓮池脇の遊歩道を背景に。

 

このくらいなら人が入ってもいいかな。

 

たくさん咲いていて気分良いです。

 

これは可愛いが存在感のある蕾です。

 

こちらの主役は咲いているハス。

 

でかいハチも飛んでました。

 

中には倒れているのも。

 

遊歩道に倒れて来ていたハス。しかし綺麗です。

 

開き掛けの花の濃い濃いピンクもいいですね。

 

(K-70 + 18-250mm)

古代蓮の里の開花状況を伝える園のTwitterを見ていると見事なハスの姿に魅了され、遠くて行き難い場所ではあるけれどどうしても行きたくなり、5時起きして行田駅を目指した。

駅には7時に着いたが、そこからのバスの連絡が悪く、一回乗換えて到着したのは8:15頃だった。

 

 こういう大きな蓮池が幾つもあってたっぷり楽しめました。

日曜ということもあって人出も多かったです。

 

園の入り口側は小さなプールがたくさん並ぶように置かれ、世界の蓮園としていろいろなハスを観ることが出来ました。下の写真はその中の一つ。

 

(K-70 + 18-250mm)

2番花が見頃との広報につられて旧古河庭園へ。

 

最近の情勢だと出来るだけ公共交通機関でさえ使いたくないので

23区のうち10区共通で利用できるシェアサイクルを利用する。

そうすると目的地最寄りのポートである文京区最北端(六義園の南)から

旧古河庭園まで15分弱歩くことになる。庭園は北区に在り、北区はその

シェアサイクル連合に参加していないからこういうことになる。

 

我が家最寄りのポートから自転車による所要時間は1時間1分だった。

350円+10%TAXの利用料であり、あと1分早く着ければ250円で済んだところ。

地下鉄で来ると税込み242円だから、この1分の超過は口惜しい。

とか何とか考えながらも楽しんで走っているのであり、無理な走行はしていない。

 

肝心のバラはやはり数が少なく寂しかった。花も小さかった。

5月の自粛閉園は仕方のないことながら残念としか言いようがない。

 

そんな中からきれいだと思ったのを8枚掲載します。

 

  

 

  

 

 

 

(K-70 + 18-250mm)

千葉公園のHPを毎日のようにチェックし、そろそろ見頃と判断し千葉公園へ。

梅雨時に関わらず素晴らしい晴天、その上気温も低めで、素晴らしいひと時を過ごせた。

これで去年(どんより曇り空)に続き連続で涼しいハス撮りが実現!

 

蓮池を巡る遊歩道は一方通行であり、複数の係員から「長時間立ち止まらないようお願いします。」と「密」を避ける配慮があり、そうは言われつつものんびり撮り歩いていると、私が一回りする間に同行の写真仲間はとんとんと三周なさっていた。

 

写真は強烈な光に押され気味だったけど、何枚か気に入ったのがあり、その中から3枚掲載いたします。

 

 暗めに撮った一枚

 

 寄って撮った中の一枚

 

 葉から出たギザギザが気になって撮ったのから切り出した一枚。予想通り水滴でした。原寸に拡大してみると水滴それぞれにハスが逆さまに写り込んでましたが、さてこの縮小版でどのくらい見えるかな。

 

(K-70 + 18-250mm)