予報によると今日は昨日よりだいぶ気温が下がるようだった。
降水の確率が高く出ているけど、ここ最近の傾向を考えると降っても雨具を装備して行けば凌げるだろう。そう思って水元公園に自転車を走らせた。
果たして、公園に到着したら雨はほとんど止んでいた。
花菖蒲が期待通りきれいでした。
しかしここから雨足が強くなり
雨に駆逐されるように帰路に就いたのであります。
公園の風情とマッチした景色をもっと撮りたかった、、、
(K-70 + 18-250mm)
昨日は最近日課になっているアジサイ撮りで歩き回りました。すると
隅田川に架かる永代橋の歩道で、大勢の人がカメラを持ち上流方向を眺めていたのです。
さては対岸か上流から来るボートで有名人でも現れるのかな。こんなことは今まで無かったこと。
そこで私は一眼レフのレンズを花撮り用のマクロレンズから望遠ズームに付け替え待機しました。
すると現れたのは上流上空を左から右に真っ直ぐ、スモークの航跡を引きながら飛ぶ小型ジェット機の編隊でした。慌ててカメラを向けるもピンボケが一枚撮れただけ。
人々が溜まったままなので5分ほど待つと今度は上流方向から現れ都心上を南西に抜けて行きました。
後刻家族から聞いたところでは、ブルーインパルスによる医療従事者への感謝を込めたフライトだったそうです。
(K-5 + 18-250mm)
日時: 2020年2月24日(祝・月)14:00
場所: なかのZERO 小ホール
指揮: 加藤諒子 野村洸太朗
曲目: フィガロ序曲、「プラハ」、シューベルト交響曲4「悲劇的」
この施設の大ホールはたびたび行っているが小ホールは初めてだった。客席数550。大ホールが舞台も間口も天井も広々として堂々たる趣きであるのに対し、こちらはロビーも含めて少々くたびれた感じがした。それでも小規模なオケが演奏しても音が飽和しないのは良い。但し残響は少なくデッドな響きだった。
新型コロナウィルスの影響もあるのだろう、客の入りは悪くて100人前後に見えた。それでゆったり聴けたのは良かった点。しかし私の後ろの客が開演直前に咳き込み始め、今更移動する訳にも行かず懸命にマスクの上に手を当ててガードを固めた。もう平時のコンサートという気分で聴けなくなってきているのを痛感した。
プログラムに指揮者の名前が二つ書いてあってどういうことなのかと思っていたら、最初のフィガロ序曲だけを楽団のオーボエ奏者でもある女性が指揮した。短い曲ではあるもののなかなか統制の取れた演奏だと思ったのだが、演奏後の動きがしどろもどろ。初々しいと言えば初々しいけど、むしろ素人っぽい印象だった。よほど演奏に集中し過ぎて演奏後に何をするのか何も考えていなかったのだろうか。或いは大きなへまをして照れていた? 現在音大で勉強中とのことだが、東京農大農友会が母体のこのオケで活躍し部分的ながら指揮も務めるとは、いまどきのアマオケ事情は分かりにくい。
「プラハ」と「悲劇的」の指揮者は他の音大の作曲指揮専攻を経て現在は芸大の指揮科で勉強中の方だった。プラハのほうは終楽章で少し退屈したけど全体的に楽しませていただいた。シューベルトの悲劇的はどうにも私には良さの分からない曲であり、プラハの方で演奏会を閉めたほうが良かったのに、と思うばかりだった。
日時: 2020年2月22日(土)14:00
場所: なかのZERO大ホール
指揮: 喜古恵理香
曲目: 「ナブッコ」序曲、プロコフィエフ「ロメオとジュリエット」より抜粋、ベートーベン7
他の音楽愛好家が悩んでおられるのと同様に私も悩んだ末、この日は演奏会を聴きに外出することにした。まだ新型コロナウィルスによる肺炎が蔓延しているとも思えなかったからだ。会場までの経路は、利便性よりも空いているほうを選び、浮遊しているであろうウィルスの少なそうな経路にした。しかしそのようなことを考えながらもうっかりしていて、マスクを持参するのを忘れていた。
ナブッコ序曲は気持ち良く響いていた。
「ロメオと・・・」は組曲で耳に馴染んでいる曲も含まれていたし、全体的に組曲の雰囲気が漂っていたから分かり易かったはずながら、選ばれた曲のそれぞれが今回の演奏の中でどういう位置付けになるのか、と言うか有機的繋がりが理解できず、楽しめなかった。それと、バレーの曲はバレーを観ながら聴きたいものだと思った。
ベートーベンの7番ではどの楽器ものびのびと音を出し切っていたようだった。そうなった場合に決まって勝者になる金管群とティンパニーが聞こえ過ぎて困った。弦は金切り声を上げる時に存在感を示せたが、木管群は埋もれている時間が長かった。演奏後の熱狂的ブラボーが飛び交ってめでたいことながら、私の好きな響きの演奏ではなかったようだ。