平成21年3月15日、「よい国つくろう!日本志民会議」の代表をつとめる上甲晃が、神奈川県箱根町にて「日本、この手で何とかする」と題した大会を開催しました。
それは当時の政治の実情に対する激しい怒りを込めたもので、「政治家をあてにしていたのでは日本の政治はますます悪くなる。私たち国民の手で、政治をかえてみせようではないか」との呼び掛けに、全国から志ある国民(後に「志民」と命名)約600人が集まり「もはや政治家にのみ任せておけない。日本をこの手で何とかする!」との声を上げました。
この大会には、「よい国つくろう!日本志民会議」の主要メンバーである山田宏、中田宏、中村時広も「日本よい国」構想とともに参集し、「国民の有志が立ち上がるのであるのならば、我々政治家も立ち上がる」と決意を述べました。
この思いを受け、今度は志ある首長たちが平成21年7月17日に東京の日比谷公会堂で「われわれが立ち上がる」と宣言し、全国の志民と大同団結して、「日本よい国」構想としてあたためられた新しい国づくりのための理念を実現するための国民運動が決議されました。
そして平成21年10月31日、志民と政治家が合流し、国民の手で新しい日本を築くため、「よい国つくろう!日本志民会議」が設立されました。
その後、呼びかけに賛同する国民の輪は大きく広がり、全国各地での大会も日を追うごとに盛り上がり、さらには「志ある国民の手で新しい政党をつくり、政治を国民の手に取り戻そう」という大きな声に変わっていきました。
日本創新党は、全国の志民の先頭に立ち、「誇りをもって日本の天分を活かしきる本物の政治」の実現に向け、結党されました。
「よい国つくろう!日本志民会議」が今までの政治団体と最も異なる点は、政治家だけでなく、全国の志民がそれぞれの立場で政治活動をするところにあります。
「よい国つくろう!日本志民会議」には、志民の運動を推進する「志民運動本部」と、日本創新党を生み出した、志ある政治家が政策を策定・実現する「政治委員会」の2つの組織があり、これらがいわば車の両輪となり、有機的に運動を展開することで、新しい国の形を作ってゆくのです。
日本創新党を生み出した「よい国つくろう!日本志民会議」は、「私たち国民の手で、政治を変えてみせようではないか」とのスローガンのもと全国から立ち上がった志民と、「日本よい国」構想という明確な理念とビジョンを掲げる地方自治体の首長とが結集して発足しました。