神輿がゆく祇園祭の神幸祭と還幸祭 | 京都の春夏秋冬とプラスα

京都の春夏秋冬とプラスα

京都・奈良・滋賀の春夏秋冬とプラスαをウォーキングで探訪する

祇園祭宵山(16日)と翌17日の山鉾巡行の主役は文字通り山鉾であるが、17日の夕方から主役の座は八坂神社の3基の神輿(みこし)に移る。祇園祭は平安時代初めの貞観11年(869年)全国に疫病が流行した時に、これを鎮めるために平安京内の広大な庭園・神泉苑の池のほとりで行われた御霊会(ごりょうえ)に始まる。この御霊会では当時の国の数と同じ66本の鉾を立て、同時に祇園社(現在の八坂神社)から素戔嗚尊(スサノオノミコト)などを祀った3基の神輿が送り込まれた。この御霊会よる祈りが、1143年後の今も神幸祭(17日)と還幸祭(24日)として八坂神社の氏子達によって受け継がれいる。年に一度、氏子地域を賑やかに練り歩く3基の神輿の後を追い、こころを躍らせた。


関連記事:祇園祭と八坂神社の3基の神輿
http://ameblo.jp/taka-hannari/day-20110726.html


        〔西御座〕               〔中御座〕                 〔東御座〕

京都の春夏秋冬とプラスα

【 神幸祭・還幸祭と御旅所
神幸祭と還幸祭は、八坂神社の祭神を祀った3基の神輿〔・中御座素戔嗚尊(スサノオノミコト)・東御座:櫛稲田姫命(クシイナダヒメノミコト)・西御座八柱御子神(ヤハシラノミコガミ〕が同社の氏子区域内を巡行する祇園祭の祭事で、その際に神輿を迎え仮安置したり、拝礼するところが御旅(おたびしょ)。この3基の神輿が巡行する御旅所とゆかりの地には、四条御旅所(マップでの④)、大政所御旅所旧跡(マップでの③)と八坂神社御供社(マップでの①)がある。

京都の春夏秋冬とプラスα

〔八坂神社作成「市内の八坂神社関連お宮マップ」掲示板より引用〕

【 7月17日の神幸祭
八坂神社の氏子圏は広く、神幸祭での神輿巡行コースは河原町通以東が中心(南北は二条通~松原通・仏光寺通)。午後6時頃に3基の神輿が八坂神社を出発し、それぞれの所定のコースを経て、夜に四条御旅所に着き24日まで駐輿される。八坂神社の出発から四条御旅所着輿までの所要時間は先頭を行く中御座の場合で約3時間半(3基全ての御旅所への着輿終了予定は23:30)。
□八坂神社・西楼門の石段下で3基が揃い踏みの出発式

京都の春夏秋冬とプラスα

□四条御旅所に到着の中御座神輿

京都の春夏秋冬とプラスα

【 7月24日の還幸祭
還幸祭の神輿巡行は寺町通以西~千本通・大宮通の地域が主体(南北は御池通・姉小路通~高辻通)。午後5時頃から3基の神輿が四条御旅所を順次出発し、各々所定のコースにゆかりの深い神泉苑の史跡に近くの八坂神社御供社(ごくうしゃ)を巡り、八坂神社に還られる。四条御旅所の出発から八坂神社着輿までの所要時間は約5時間。
□八坂神社御供社(ごくうしゃ)とオハケ
中京区三条通黒門の北西角に建ち、平安京時代の神泉苑の南端にあたるところと言われている。御霊会祭日である7月24日には斎場が設けられた。傍らのは神泉苑の水辺を表し、三本の御(ごへい)は「オハケ」と呼ばれ、神様の休まれる場所とされている。
京都の春夏秋冬とプラスα

□御供社前に駐輿する中御座神輿

京都の春夏秋冬とプラスα

□寺町通の東御座神輿と神泉苑前の西御座神輿

京都の春夏秋冬とプラスα

【 プラスα:輿丁(よてい:神輿を担ぐ人たち)のサポーター 】
神輿巡行コースの途中には、御旅所の他に輿丁が休憩したり、待機する場所が設けられている。「ぎおんさんのおみこっさん通らはるえ」との声に町々の老若男女が出迎える。こうした町会所や商店街の一角で、地元の人々や家族が輿丁をおにぎりやドリンクでサポートする状況を目にし、祭の源泉と伝統行事を守り続けるエネルギーを強く感じた。