先日、自宅へ帰る途中、いつも通る道を車で通過するときのこと。

 

助手席から、何気なく景色を見ていると、ふと整体院が目に留まりました。

しゅーとめが一時期お世話になったなあ...、ほんの一時期だけど、と、懐かしく

思い出しました。

 

 

当時、しゅーとめは腰が痛いとか何とかで、マッサージをしてもらうために、

整骨院や整体院に通っていました。自転車で行ける範囲のところを、自分で

探してきて、通っていたようです。

 

なので、それほど詳しい内容は知らないのですが...

ちょっと不思議に思っていた事がありました。

「え!もうあそこの整骨院変えたの?」と言うくらい、数回通ったかなあ、と言う

タイミングで次の整骨院に転院することが続いたのです。

 

重ね重ね書いてきましたが、しゅーとめが怒ることはそれほどありません。

例えば、糖尿病のかかりつけ医が、自分の顔をちらとも見ずに、電子カルテばかり

書き込み続けているのが不満で、複数回愚痴ってはいても、病院を変えようと言う

発想は全くなかったと言っていいと思います。

 

血糖値が悪化し、夫のかかりつけ医に主治医を変えようとした時も、体裁を心配し、

夫に「大丈夫かな」と言ったようなことを尋ね、気にした程です。

 

そんな人が、整骨院を転々としているのです。

あれ、おかしかったよね、と夫に告げると、同意の上、当時、美容室も転々と

していたなあと言いました。

 

確かにそうでした!

 

長年、友人の紹介でずっと利用していた美容室を変え、

「今度は、あそこに行ってみた」

「ここにこないだ行った」

だのと、次から次に、転々としていたような発言がありました。

 

ジツは、いや、かなりの確率であれも兆候だったのでは?

 

違和感という程でもないのですが、夫も私も不思議な感じが残っていたので、

覚えていたのでしょう。

 

「今、アルツハイマーである」と言う事実があるから、「今だからおかしかったと

断言できる」とか、「違和感」として感じられるのだとは思いますが、認知症の

兆候というのは、ホントにこんな些細なレベルのものです。

 

両親の体力の衰えを認識するにあたり、階段を上るのに、息切れがするように

なったとか、時間がかかるようになった、とか、歩みが遅くなったとか、あると

思いますが、それらを認識できる兆候とは、質の違うものなのです。

 

それを、アルツハイマー患者と接したことのない人が、どうやって察したら

良いのでしょうか?

 

取り返せない見過ごしを、他の方にはしてもらいたくないと言う思いと、明確に

伝えることの出来ないジレンマと戦う毎日です。

 

ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 

 

しゅーとめがまだ、アルツハイマーと診断される何年も前のことです。

 

しゅーとめが「腕が上がらない」と言うので、かかりつけの整形外科に

連れて行くことにしました。

 

 

名前を呼ばれて、診察室に行ったしゅーとめが、何やら嬉しそうな顔をして

戻ってきます。

あんまり嬉しそうなので、

 

私:「どうしたの?もう治ったの?」

 

と聞いてみました。すると、

 

しゅーとめ:「うん、ヒアルロン酸の注射してくれたら、動くようになった」

 

とご機嫌な様子。

 

私:「そりゃ良かった。で、先生は何て?」

しゅーとめ:「それがさあ、私73歳なのにね、50代の肩って言われたの~♪」

私:「え~、そりゃ良かったけどさ、病名なんて言われたの?」

しゅーとめ:「五十肩って言うんだって~

 

・・・・・。

 

呆然としている私の横で、しゅーとめは、

「ヒアルロン酸だったら、肩も良いけど、顔にして欲しいって頼んだの」

「でも、それじゃ病気じゃないからお金が高くなるんだって、残念」

と、嬉しそうに話をしています。

 

とても五十肩についての正しい説明をできる状況ではありませんでした...。

 

誰か、教えてください。

これが、いわゆるアルツハイマー(と言うより、時期的にはMCIか?)の兆候なのか、

ただの天然だったのか、判断する術を!

 

 

 

しゅーとめは、心からの外出好き、ドライブ好きです。

それが分かったのは、訪問リハビリのT先生のお話でした。

 

T先生:「ドライブ中に寝るでしょう?(←それが一般的みたいな口ぶり)」

 

それが...しゅーとめは寝ないのです。

 

県外に住んでいる、義妹やしゅーとめの実妹に会いに、数時間のドライブがてら

出かけても、ちっとも寝ません。喜んで、外の景色を見ているのです。

外出への期待、外の景色が見られる等のドキドキ、ワクワク感が、しゅーとめを

飽きさせることがないのだろうと思います。

 

 

なので、我々も、外出さえしていれば、刺激になると思っていましたし、

実際のところ、そうでした。

 

しかし、一度だけ、ドライブ中に不穏な雰囲気になったことがありました。

あれは、隣県に住む、しゅーとめの実妹に会いに行ったときのことです。

 

だらだらと下道を通って行き、実妹家族との再会を喜び、ご機嫌で帰途に

つきました。その途中までは、いつもと変わりがなかったのですが、山越えに

さしかかり、そろそろ下りに入るかなあ、と言う頃に異変は起きました。

 

しゅーとめが、「ここはどこ?」と、いつになく不安そうに騒ぎ出したのです。

いつもは、山を見れば、自宅裏にある山かどうかを確認する程度なのですが、

「ここは○○?」「ここは○○?」と、しゅーとめになじみのある地名を挙げ、

立て続けに質問します。

 

夫と2人、「ここは隣県で今から帰るところ」と言っても、聞く耳を持ちません。

 

途中、トイレ休憩に寄った道の駅でも、

「あの人(=道の駅のお店の人)に、ここがどこか聞いてくる」

と、これも今までになく、積極的な行動を起こそうとします。

 

日が暮れかかっていたかもしれませんが、周りが真っ暗だったから不安を覚えた、

とか、そう言う要素はなかったので、何がしゅーとめをそんなに不安にさせたのか、

全く見当もつきません。

 

かといって対応策も思いつかず、先と同じ説明を繰り返すことしか出来ず、

ひたすら、自分達の住んでいる県に早く着く事を目指しました。

山越えさえ済ませてしまえば、自分たちの住んでいる県に入ります。

 

夫:「○○県(=自宅のある県)に着いたよ~」

しゅーとめ:「ふ~ん」

私:「良かったね~、もうちょっとしたらお家だよ」

 

ここで落ち着かなかった感じのしゅーとめに、やっといつもの雰囲気が戻って

来ました。我々も一安心しましたが...

 

ドライブ中に、と言うより、今まであれほど落ち着きがなくなったのは初めてで、

何がそんな風にさせたのか未だに分かりません。

あれが常に続くのが、本来のアルツハイマー患者の姿だったのかもしれません。

 

そうだとすると、我々の生活は全く違ったものだったろうと、少しぞっと

させられるような出来事でした。

 

ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 

 

大体、どの県にも、県の顔と言うべき山があるかと思います。

静岡県であれば富士山、福島県と言えば磐梯山ですよね。

 

我が家が住んでいるところにも、富士山ほどではありませんが、そこそこ知名度が

ある(と思っている)山があります。便宜上、A山とします。

 

我が家は、そのA山の麓にあります。

そのせいか、A山が見えるとしゅーとめは安心します。

A山の存在が、自分で理解できる場所にいる、と言う安心感を与えてくれている、と

感じているかのようです。

 

 

介護同居期間中、見当識障害(=時間や場所、人の判断がつかなくなっていく)を

起こすようになっていたしゅーとめは、外出中、たまにこんな事を聞いてきました。

 

しゅーとめ:「ここ、どこ?」

夫:「○○だよ、ほら、あそこにA山が見えるよ」

しゅーとめ:「ホントだ」

 

この一言で、しゅーとめは安心します。

A山に対して、絶大な信頼を置いているのです。

 

そんなわけで、県外にいる時でも、A山を探すのに余念がありません。

 

(高速道路走行中、山だらけの景色の中から1つを指さし)

しゅーとめ:「あれ、A山だよね?」

私:「お義母さん、A山大好きだよねえ~、どこにいてもA山作るもんねえ」

夫:「あれはA山じゃないよ~」

しゅーとめ:「じゃあ、どこにA山あるの?」

私:「(目の前の山々を指し)あれと、あれと、あれがA山かなあ~」

しゅーとめ:「もう!」

 

それほどA山を愛しているしゅーとめなので、お茶を飲みに行く時にも、

窓からばっちりA山を眺める事の出来る喫茶店に、良く連れて行きました。

A山の全体を眺めることのできる、大きな窓がある喫茶店です。

 

こちらの喫茶店の店員さんにも良くしていただき、お店が空いているときは、

我々の気に入っている席に案内してくれたりしました。

そこで、いつもカフェラテを飲むのです。

 

A山を眺めながらカフェラテを飲むと、しゅーとめは、「おいしいね」

「A山、キレイだね」と繰り返します。

 

時に、物騒な発言もします。

しゅーとめ:「(A山の景観を損なうから)あの家、なくしたら良いのにね」

私:「お金かかるよ~、お義母さんの財布から出せるかな~」

しゅーとめ:「無理で~す」

 

そして、家にいても、相変わらず居間の窓からA山を眺めています。

 

しゅーとめが、今の家に住み始めた頃は、A山全体をキレイに眺めることが

出来たのですが、この10何年の間に、大きな家が目の前に建ったり等の関係で、

A山全体が見えなくなってしまいました。

 

A山は、ずっとしゅーとめの生活と共にあったのです。

他の県に出かけても、探したくなるのも当たり前かな~。

 

 

 

認知症の兆候 Part1からつづく

 

「MCIの兆候」となると、どのようなものが該当するのでしょうか?

ネット記事などを読んでみても、認知症の介護経験者ですら、全然ぴんと来ない

内容なので、しゅーとめの場合、どうだったかなあ、と考えてみることにしました。

 

そこで、預金通帳や財布をなくしたりする前、ちょっとした違和感を覚えるような

行動がなかったか、夫と一緒に、記憶をたぐり寄せてみました。

 

すると、2つほど、ちょっとした違和感を覚える出来事が見つかりました。

 

1つが、お風呂の時間が妙に長くなったことです。

我が家では、冬場の週末、義実家と温泉に行くのが恒例行事でした。

その際、女性の方が時間がかかるので、待合室で待ち合わせをするのですが、

そこで、一番支度のかかるしゅーとめを待つのが、我々の習慣でした。

 

 

私は、しゅーとめと一緒にお風呂から上がるようにしていたので、待つといっても、

少し長めにかかる、しゅーとめの着替えとドライヤーの時間程度です。

後、稀に、ロッカーが隣あった同年代の人と、少し話が盛り上がった場合、

時間がかかる事がありました。

 

しかし、この恒例行事が絶える(=しゅーとが亡くなる)4、5年前から、

しゅーとめが待合室に来る時間が、ちょっとずつ遅くなってきたのです。

「見に行ってみようか」と言う程、異常な時間ではないのですが、今までよりは、

明らかに時間がかかっているのです。

 

これに気がついたのは夫だけでした。

 

もう1つの出来事は、それから1~2年後になるらしいのですが、しゅーとめが、

夫に、「夜、庭を横切る人影がある」と言ったと言うのです。

 

なので、夫は「じゃあ、人が通ったら光るライトでも庭に付けようか」と提案して、

その場はそれで済んだそうですが、それから、2、3度、同じような発言があった後、

ぴたっとなくなったそうです。

 

これらの話に共通するのは、

「絶対におかしいよ、それ」と言う違和感の低さです。

 

「いつもと違うなあ」と言うレベルの行動とか、人影が横切るなど、全く

あり得ない事ではない内容の発言、と言うのが、周りの人間が、「もしかして、

認知症なのでは?」と疑いを持ちにくいポイントなのではないかと思うのです。

 

上記の行動が、ホントにMCIの兆候に該当するかはさておき、「あれ、いつもと

違う」と言う些細な気づきを大事する事で、もしかしたら、認知症の発症を遅らせる

事が出来たかもしれません。

 

全部タラレバの話です。

でも、もしその「いつもとちょっと違う」が当たって、認知症の発症を遅らせる事が

出来るのなら、それにこしたことはありません。

 

認知症は、介護する方も大変ですが、一番辛いのは患者本人です。

自分が何かおかしいとかっていても、どうすることも出来ない苦しさから暴れたり、

泣いたりするのです。

 

ちょっとでも「違う」と思ったら、ためらわずに専門医に相談してみてください。