こき下ろしてきたつもりはないですが、
- けち
- ドけち(強調)
- 自分勝手
と紹介したことのあるしゅーと。
* 詳細は、しゅーと善人説part1、2、3を参照
しかし、訪問リハビリも含めた施設利用を始め、介護に対応した自宅改修、また、
リハビリと言いながらの、毎晩のショッピングモールでの外食等、これらが全て、
しゅーとの経済力の賜物であることは間違いなく、口に出して、
「ありがたや、ありがたや」とまではなくとも、何となく認識していました。
しかし、その認識をさらに強くする出来事がありました。
それは、アルツハイマーの実母を介護した、50代の独身男性の体験本を読んだこと
でした。
その本には、(物理的に)1人で実母と向き合い、症状が進む中、精神的肉体的に
追い込まれていく男性の姿が、綴られていました。
我々も、どちらかが1人で介護することになっていたら、こうなっていたのだろうか、
しゅーとめが受け身体質でなかったら、ものすごい口げんかをしていたのだろうか。
そんなことを考えさせられながら読んだのですが、1番印象的だったのは、
金銭問題に関する話でした。
男性は、1人で介護をしていたため、必然的に仕事に割く時間が取れなくなります。
それは収入が減ることを意味し、ひいては、実母に手厚い介護が出来なくなる、
よって働かざるを得ない、けど働けない...の悪循環に陥ったのです。
実際に、介護経験がある私でも、ぞっとするような体験談でした。
と同時に、我が身がいかに恵まれていたか、ひしひしと感じました。
しゅーとは(意識していたかどうかは別として)、しゅーとめの介護に当たり、
我々に一切、お金の持ち出しをさせることはありませんでした。
それどころか、介護によるものだったからとはいえ、主人は2度も介護うつで
休職しましたが、その時も、「今無収入だから、切り詰めなきゃ」といった
気遣いどころか、後になって「あの時、実は無収入だったんだわ!」と
気がつく程度のお気楽な生活を送れるだけの蓄えを遺してくれていたのです。
今更ながら、しゅーとのすごさに気がつきました。
(我々が)遊びに来る孫のために買っておいた○○牛と名のつく肉を、横取りして
食べたり(←やっぱり根に持っている)、○割引のものしか買ってこない等、
あの行動の全ては、ここに繋がっていたのね!
ありがとう!お義父さん!
...となんか、半分茶化したみたいになってますが、ホントに感謝しています。
そのおかげで、しゅーとめは何を心配することもなく、ニコニコと暮らせているの
ですから。




