【”痛むこころ”の回復】 | 【こころのエステ・フィットネス鹿児島】 ~貴方を内面から輝かせる愛 ~ 聖書のことば・智 慧[EQサプリメント]

【”痛むこころ”の回復】

みなさま、本日もこころのエステ・フィットネスに

立ち寄ってくださり、有難うございます。


冬休みに入りましたので、学期中まったく手づかずで

放置しっぱなしであったブログを

少し更新します。


クリスマスが終わりましたが・・・

ぜひ、クリスマスに思い起こされた

大切な人へのやさしい気持ち・・・


これは、クリスマスの日にだけでなく

できれば、毎日、大きなことでなくても

大切な方へ与え続けていただければと

思います。


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さて、わたくしは、牧師という職務上、

「聖書」という本について、みなさまにお伝えすることを

本職としておりますが


本日は、みなさまに、聖書を読むことのメリット利点を少し

私見ではございますが・・・お伝えします。


聖書をお読みくださる利点、

わたくしは、それを「痛む心の回復」と

お伝えすることがあります。


「痛むこころの回復」・・・この真意は大きく二つの意味をもたせていますが


① 傷ついた、痛んだこころが修復される。 神様の愛、救いを理解して

  くださるところで、実現する


という意味と


② 痛むこころ・・・が回復する・・・少々難しいことなのですが

  「痛み」が回復する・・・これは、「良心が痛む」というのでしょうか。


 「痛み」が戻ってくる・・・のです。


つまり、今まで「痛まなかったところ」が

「痛むようになる」という意味です。


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人はできたら、誰も「痛みたくない」これが本音だと思います。


また、「痛み」は避けるものだと思いますが・・・


厳しいですが、「痛み」があることは、「安全」なのです。

かつて病院で勤務していた経験がありますが

「痛み」のない病気ほど、発見されたときには

「手遅れ」というものがあり、

痛みのないことは、実は恐ろしいことなのです。


聖書でいうところの「痛み」とは、

罪悪というものについての「痛み」です。


「罪悪」を見極める部分、その部分を「良心」といいます。


聖書を読む時、「人の良心が回復する」のです。

「人の良心」のことを、聖書でいうところの「愛」と

置き換えてもいいと思います。


ただ、「良心が回復したとき」

「痛む」ため、


その「痛み」が生じたとき、どのように「対処」

すればいいか、その方法をしっておく必要があります。


そうすれば、安心して「痛む」ことができるのです。


その方法とは、「イエス=キリスト」の十字架の痛み

「死」を知るということなのですが・・・


このことは、また、機会を改めまして

お伝えできればと思います。


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本日もお読みくださって、有難うございます。

今日もみなさまの一日が良い日でありますように。

神様のお守りが豊かにありますように。


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