今日は音楽雑誌の表紙巻頭特集の撮影で都内にあるハウススタジオに来ていた薄桜鬼メンバー。
都内でも屈指の高級住宅街に佇むこのハウススタジオは、元々外交官僚が住んでいた建物らしく、それを改装工事して写真・映像の撮影用スタジオとして貸出しているのだ。
白く瀟洒でヨーロピアンな外観、手入れの行き届いた芝生が印象的な中庭。
すっかり秋めいてきたこの頃でも、天気の良い今日は庭を吹き抜ける風がとても心地よい。
「まずはここで原田君を撮りましょうか」
カメラマンの雪村の提案で、個人カットのトップバッター原田の撮影が中庭で始まった。
移動して背景を変えつつ、撮影は順調に進んでいった。
すると突然。
「パパー!」
小さな女の子が、レンズに向かってポーズを決めていた原田の足元に走り寄って来た。
「えっ?ちょ、おいっ!」
戸惑う原田に、その場に居た全員の視線が注がれる。
「みんな、ぼーっと見てねえで、何とかしてくれって。あ、ちょっと・・・こら」
女の子が両脚にしがみつくように手を回していたので、原田は倒れそうになりながらも必死にふんばって、雪村やアシスタント、藤堂、斎藤、山南、山崎に助けを求めた。
「一くん、あの子・・・パパって・・・言ってなかったか?」
「うむ、確かにそう言ったようだな・・・俺達の聞き間違えでなければ、だが」
「え、ちょ、っと・・・原田さんに・・・?ええええぇぇ!?ひ、土方さんにお知らせしないとっ・・・」
山崎は1人でパニックを起こし、慌てて建物の中にいる土方の元へとダッシュした。
「原田君・・・意外です・・・この私も、さすがにちょっと驚いてしまいましたよ」
「さ、山南さん・・・何言ってんだよ!つーか、おいっ!斉藤!平助!何とかしてくれって」
「パパー」
「・・・うん、聞き間違いじゃねえみたいだな、一くん・・・」
「そのようだな」
中庭に居た皆が撮影中の距離のまま微動だにできずにいると、
「おいっ、何やってやがんだ!?」
山崎に呼ばれた土方が血相を変えて走って来る。
「あっ、土方さん!ちょっと、助けてくれよ」
「助けてくれって・・・原田、お前の子供だって山崎が言ってるんだが、一体これは・・・」
「馬鹿な事言ってねーで、早くこの子を何とか・・・・ぅわっ危ねぇ」
女の子にじゃれつかれた結果、体勢を崩した原田が芝生の上に尻もちをついてしまった。
「痛ってぇぇ・・・」
「パパー」
女の子は、今度は原田の背後にまわって首元に抱きついた。
「何かあったのか?」
「皆、どうしたの?」
土方に続いて、何事があったのかと心配した永倉、沖田が姿を現す。
「あっれぇ?左之さん、そんなちっさな子まで・・・もう女なら誰でもいいって見境つかなくなっちゃったのぉ?」
「おいおい、総司、いくら左之でもそりゃねえだろ」
「だってさー」
「お前らふざけた事言ってねえで、本気で何とかしてくれって」
もう怒るというより呆れた口調で原田が言うと
「あっらー、ちょっとかしこ!」
なよなよ走りでようやく建物から出て来た伊東が、女の子に駆け寄った。
「・・・かし、こ?」
一同がポカーンと口を開けて伊東を見る。
「あ、かしたろちゃんだ!」
かしこと呼ばれた女の子は伊東をそう呼んで、パパいたよーと愛らしく笑った。
「ちょっと・・・伊東さん、どう言う事か説明してくんねーかな」
片眉を吊り上げて、今にも斬りかかりそうな形相で伊東に迫る原田。
「いやん、左之ちゃん・・・こ、これには・・・深い訳があって、ね」
かしこを手元に引き寄せて、伊東は原田から距離を取る。
「なぁ、一体何がどうなってんだ?」
「さぁ・・・俺にはわからぬ」
「えーっと・・・左之がパパって事は・・・伊東さんは?」
「新八さん、ばっかだなぁ。左之さんがパパなら伊東さんがママ、でしょ?」
などと、メンバーが口ぐちに言うと
「ばっかやろう!んな訳ねーーーーーーだろがっ!?」
土方の大きな怒鳴り声が庭じゅうに響き渡った―――
撮影は一時中断し、中庭に設置された大きなテーブルの周りに皆が集まった。
伊東の説明はこうだった。
『かしこ』と呼ばれた女の子は、伊東の妹がシングルマザーとして1人で育てている娘だと言う事。
その妹が最近体調不良である事、そして今日は病院で1日中検査をするので伊東が預かって現場に連れて来てこの庭で遊ばせていた、と言うのだ。
かしこがものごごろついた頃にはもう父親は存在しなかったので、かしこが「パパ」という存在を知ったのはつい最近の事らしく、ただどうして原田をパパと呼ぶ事になったのか、その経緯を皆に追求され・・・。
「だからぁ、かしこがしつこくアタシに聞くのよー。“かしこにはパパがいないの?みんなのおうちにはパパっていう男の人がいるんだよ”って」
伊東は少し離れた場所で沖田と追いかけっこして遊んでいるかしこを見ながら言った。
「で、それが薄桜鬼が出てた音楽番組を一緒に観てる時だったからぁ・・・つい左之ちゃんの事を、この人がかしこのパパよって」
「おい、おい、アンタ子供になんて嘘つくんだよ」
永倉は呆れた表情になって、はぁと大きなため息をついた。
「だってぇ~、みんなに居てかしこには居ないのよって、アタシとても言えなかったんだもん」
「だからと言って、そのようなすぐバレそうな嘘をつくのは賢明ではない気がするのだが」
「そうだよなぁー、あの子がそれを嘘って知った時の事考えてなかったのかよ?」
至極当たり前な斉藤と藤堂の一言に、伊東はしゅんと項垂れた。
「悪いと思ってるわよ・・・ごめんね、左之ちゃん」
「んんん・・・いや、まぁ、そういう事だとは知らなかったからよ・・・」
あまりにも落胆している伊東を可哀相に思った原田が口ごもる。
「ったく、しょーがねーなぁ。とにかく、撮影の邪魔にならないようにきちんと目を離さないで見ててくれよ、伊東さん。それに、怪我でもしたらどーすんだ?」
土方がそう告げると、はい、みんなごめんねとその場の全員に頭を下げた。
すると・・・
「パパー!」
沖田と追いかけっこしていたかしこが、今度は土方目がけて勢いよく走って来た。
「あ゛あ゛ぁぁぁ?」
「かしこのほんとのパパー!」
土方の目の前にやって来て、ぎゅっと抱きつく。
「お、おい・・・どう、なってんだ・・・?」
あたふたと回りを見まわし、土方はある一点で視線を留めた。
「・・・おい、総司・・・てめぇ、まさかっ!?」
かしこの後から皆の方へ歩いてきた沖田に向かって、突き刺すような鋭い視線を向ける。
「え?なんの事です?知らないなぁ」
沖田はニヤニヤ笑いながら、
「ほーら、早く撮影再開しないと、日も暮れちゃいますよ?」
そう言い残して、くるっと身体を回転させて再び建物の中へと戻って行った。
「・・・おいっ、待ちやがれーーーーー!総司ぃぃーーーーっ!」
さっきよりも大きな怒鳴り声は、敷地内どころか、近隣中に響き渡ったのだった・・・。
【番外編 左之がパパ!? End】