店を飛び出した後、とめどなく涙が溢れて来た。
(どうして?・・・秋斉さん、どうして?)
T/GIRLから少しだけ離れた場所までなんとか歩いてその場でしゃがみこんでしまった。
行き交うホストや酔っ払いのサラリーマンに何度か声を掛けられたけど、誰もがただ泣くばかりの私にすぐ興味を失くしてその場を立ち去ってゆく。
自分が漏らす嗚咽で息が止まりそうになる。
(なんであんなに冷たい態度をとったのだろう?私、なんか彼の気に障る事、したのかなぁ?)
どれだけ考えても答えは出なかった。
でもひとつだけ分かった事があった。
それは、さっきみたいな態度を取られて、これほどまでに傷つき悲しくて仕方がないほど、いつの間にか私は秋斉さんに惹かれていたと言う事だった―――。
一度接客を受けただけ、ただそれだけなのに。
(私、こんなに惚れっぽかったんだ・・・)
なんだかそう思うと自分に嫌気がさしてくる。
涙も枯れて、呼吸を整え終わる頃にはもう電車はもうとっくにない時間になってしまっていて、派手なネオンや喧騒が、今の私には痛かった。
ふと思い出したようにバッグに中から携帯を取り出すと、花ちゃんから鬼の様な着信とメールを受信していた。
(あ、やばい・・・返信しなきゃ)
あれこれと追及されてもうまく説明できそうになくて、私は電話ではなくメールで当たりさわりのない言い訳を書いて送る。
花ちゃんからの返信はすぐに届いた。
『まぁ無事なら良かった、匡くんと心配してたんやで』
花ちゃんも、私が戻らぬと分かってからすぐに店を出て自宅へと戻っているとも書いてあった。
(なんか、悪い事しちゃったな・・・学校であったらちゃんと謝らないとな・・・)
私はもう一度、ごめんねと謝罪のメールを送ってタクシーを拾おうと歌舞伎町の入り口辺りまで歩いて向かった。
はぁ、と大きな溜息をついた時、ぽんと誰かに肩を叩かれて思わず変な声を上げてしまった。
「ひゃぁっ」
振り返ると、そこに立っていたのはT/GIRLのオーナーさんだった。
「あっ・・・」
(確か、名前は慶喜さん・・・だったよね)
「け、慶喜さん」
思い出したと同時に名前を言うと、
「やっぱり、君だった。後姿を見かけて、ね」
なんて優しげな表情で笑うんだろうか。
なぜか反射的に秋斉さんの顔が浮かんで、また泣きそうになってしまうところだった。
「あ、あの」
「さっきはどうしたんだい?大丈夫?お友達、随分と心配していたけれど」
「はい、大丈夫、です・・・す、すみません」
「どうして謝るの?うちのホストが君に不快な思いをさせてしまったんじゃないかと、こちらこそお詫びしなくてはと思っていたんだよ?」
「いえっ!ち、違うんです・・・そんなんじゃないので、その・・・秋斉さんは、悪く・・・ないです」
「・・・そう、それならいいんだけど」
「・・・はい」
「ところで、こんな時間までどうしてたんだい?目も、真っ赤・・・だよ?」
慶喜さんの綺麗な指先がすっと伸びて来て、私の目許に微かに触れた。
(号泣してました、なんて言えないよね・・・)
「あ、ちょっと酔ってしまって・・・その辺で、気分良くなるまで休んでました」
「その辺で、って・・・あれからもう3時間は経ってるけど」
「えっと・・・」
「ま、君が無事だったみたいだし、何もなかったと言うのなら信じるよ」
包み込むように柔らかな声色が心にじわっと浸み入ってくる。
「送っていくよ、タクシー止めるところだったんだろう?」
そう言って慶喜さんは車道に向かって視線を投げ、空車のタクシーを探した。
「いえ、大丈夫ですから」
「ふふっ、何もしないから安心してよ」
「そ、そんなっ・・・事、心配してません」
「そぉ?じゃあ送らせてよ。あ、その前に・・・と」
慶喜さんはポケットから携帯を取り出して、どこかに電話をかけ始めた。
「あーもしもし。俺」
電話の内容を聴いていたら悪いかな、と思い、私は少しだけ距離を取って慶喜さんから離れた場所へ移動した。
「そう、さっき突然帰られたお客様にね、偶然会ったんだよ。うん・・・で、このまま俺が彼女を家まで送り届ける事にしたからさ」
会話をしながら慶喜さんはこちらをチラッとみて、目が合うとにっこりとほほ笑んだ。
「ん?なんで?別に問題ないでしょ・・・え?何が?」
(なんか、揉めてるのかな・・・?)
聞こえて来る言葉の端々は、私と話す時とは少し違った刺を含んだ口調のように思えた。
「今どこかって?・・・聞いてどうすんの?」
まだ電話をしている慶喜さんの表情から、笑顔が消えた。
耳に携帯を当てたまま、こちらに向かって歩いてきて
「あ、ごめーん。周りが五月蠅くて良く聞こえないや・・・じゃあね、秋斉」
(えっ?最後・・・秋斉って・・・言った?)
慶喜さんは通話を終えた携帯の上部のボタンを長押しして電源を落とすと、ジャケットの胸ポケットにすっと仕舞った。
「ごめんね、お待たせ」
そして、また笑顔を浮かべて私の前に立った。
「ちょうど空車が来たよ、さぁ、行こう」
慶喜さんはスマートな仕草で私の背中にそっと手を添える。
私は横に立つ慶喜さんを見上げながら、促されるままタクシーへと乗り込んのだった。
≪秋斉編5に続く・・・≫