「俺、行こうかな・・・」
手を上げたのは永倉だった。
「ええええっ!?マジでか?新八っつぁん」
「どうした、新八?何か悪いもんでも食ったか?」
いつものように藤堂や原田が大袈裟に驚いてみせたが、それに反論する事もなく永倉は黙ってひとつ、頷いた。
―――俺だって、分かってんだ。
今の俺と天霧じゃ、誰が見たって奴の方が上回っている。
devilのファンでなくたって、奴の事を「世界が注目する日本一のドラマー」だって口にする人達は少なくない。
悔しい。
あいつを越えたい。
俺は・・・この肉体美だけでなく、ドラムのテクニックでもあいつを越えてやるんだ!!!
永倉はぐっと決意を込めた目で土方と近藤の方を見て
「ま、ジムはいつでも行けるしよ」
にかっと大きく口を開けて笑った。
「そうかそうか、永倉君が一緒に行くか」
近藤が満足そうに言うと、土方や山崎もふっと表情を緩めた。
「さぁーて、そうと決まればちゃっちゃと撮影終わらせちまおうぜ!」
山崎の読み通り、撮影はほどなくして終了した。
メイクを落とし着替えを済ませた永倉と、近藤・土方・山崎の4人は事務所の移動車で急いで武道館へと向かった。
山崎の運転するワンボックスは武道館正面より北側にある関係者入り口に駐車して、楽屋口から会場へ入った。
間もなく開演時刻が迫っているため、ロビーの方からは係員の大きな声や急いで座席に向かう客たちの慌ただしい足音が響いてきた。
「楽屋へは終演後にご案内致します、間もなく開演致しますのでこのままお席の方へご案内致します」
イベンターの誘導係に連れられて、4人は関係者席へと向かった。
会場内へ足を踏み入れた瞬間、会場内を埋め尽くしている客席を見た永倉は思わず感想を口にした。
「すっげえな・・・半分ぐらい、いや、それ以上が男の客じゃねえかよ」
「あぁ、彼らの実力が支持されている証、だな」
「そうですね」
「おい、歳も永倉君も山崎も、座ろう。もうすぐ始まるぞ」
座席には近藤、山崎、土方、永倉の順に座る。
4人の為にキープされていた場所は南1階スタンドの最前列。
いわゆるステージの真正面に位置する場所だ。
すぐ横の並びにはdevilと同じ事務所の後輩アーティストの姿があった。
後ろ辺りにはモデルやタレントらしき人物もちらほら見える。
しばらく廻りをきょろきょろと見渡していた永倉が、ぴたりと動きを止めた。
「あれ?あの子・・・」
彼が見つけたのは風間千景の妹、風間千鶴の姿だった。
(そりゃそうか、妹だもんな。ここに居たって別におかしくねえか)
何気なくそんな事を考えながら千鶴を眺めていると、ふっと客席の灯りが落ち、その途端に怒号のような歓声が唸りを上げて足元から駆け上がり、頭上から降り注いできた。
永倉は迂闊にもぞわっと全身を粟立たせる。
(な、んだ・・・この感覚は?)
薄桜鬼のファンは9割が女性客だから、こんなに地を這う様な迫力のある歓声は聞いた事がなかった。
オープニングのSEが流れ、ステージ両端で大きな炎が黒煙を上げて燃え上がり、同時にステージ中央に配置された巨大なスクリーンに3人のシルエットが映し出された。
devilのライブが始まった。
ここに向う車内で近藤が話していた事を思い出す。
「どうやら今回のステージ演出は海外のヘヴィロック界で、大物アーティストのライブ演出を手掛けているプロデューサーを起用しているらしいぞ」
ど頭から、なんだかゾクっとする奇妙で巧妙なライティングワークや、ポイントを押さえた特効が3人の存在感や完璧な演奏とマッチングしていて、知らないうちにdevilの世界へと引きずり込まれてしまうようだった。
開演前に「終演後は混み合いますので、ラスト前にお迎えにあがります」と言っていた先ほどの案内係が約束通り、最後の1曲が始まる少し前に迎えにやって来た。
近藤と山崎は最後まで観てから向かうと言うので、土方と永倉だけ先に楽屋の方へと行く事になった。
「なぁ、土方さん」
「ん?なんだ、そんなあらたまった声出して」
案内係の少し後ろをついて歩きながら話す。
「俺達、もっともっと頑張らなきゃいけねえな」
「・・・そう、だな。でもお前らなら、きっと越えられるって俺は信じてるぜ」
「・・・あぁ、そうだよな、俺達なら出来るよな」
「あぁ」
ライブは2時間ちょうどで終了し、最後の曲まで観て来た近藤・山崎もゲスト控室に到着した頃、挨拶をとdevilの所属レコードメーカー担当者が永倉たちを呼びに来た。
すぐ隣のdevilメンバーの楽屋を訪ねると、そこにはすでにバスローブ姿になった風間と、いっこうに引かない汗を未だに拭い続けている天霧、缶ビール片手にスタッフと話している不知火が居た。
「む、なんだ・・・永倉ではないか」
姿を見るや否や、風間は不機嫌そうに顔をしかめた。
「おう、風間!先日ぶりだな」
「何しに来たのだ」
「んだよ、ご挨拶だなー」
「ふん・・・」
二人のやり取りに天霧、不知火も参加する。
「久しぶりだなー、永倉」
へらへらと笑いながら不知火が声をかける。
「わざわざお越し下さって、有難うございます」
誰に対しても礼儀正しい天霧は、近藤・土方・山崎に向かって頭を下げた。
「で、どうだった?俺達のライブは」
余裕たっぷりで風間が問いかけた時、
「お兄ちゃん、お疲れさまー」
明るい声が聞こえ、皆の視線が一斉に楽屋の入り口に注がれた。
「あ・・・ご、ごめんなさい!来客中だった、ん・・・だ・・・って、新八さんっ!!!」
千鶴は驚きの表情のまま固まってしまった。
「よ、よう!千鶴ちゃん」
「おい、慣れ慣れしく妹の名を呼ぶでない!」
「んだよ、いちいち・・・」
「おい千鶴、親族部屋で待っていろ」
風間は入り口で立ちつくしている千鶴の肩を掴んで回れ右をさせると、楽屋から追い出してしまった。
「おーおー、相変わらずのシスコンっぷりだな、風間」
「ふん、何とでも言え。お前のような筋肉バカを近寄らせない為だ」
「けっ!まぁ、今日のところはお前たちのステージの出来に免じてこれ以上は黙っといてやるよ」
「ほぉ?実力の差を思い知ったか」
「・・・残念だが、今のところはな。だが俺はいつか天霧を越えてやるからな!総司だって、左之だって、平助だって斉藤だって。俺達の方がすげーってお前らに思わせてやるぜ」
「ふん・・・まぁせいぜい頑張れ」
「くっそー、相変わらずムカつくな、お前」
しばし風間と睨み合っていると
「永倉」
背後から天霧が声をかけた。
「なんだよ」
「今日、打ち上げに来ないか?お前とじっくりと話がしてみたいと思っていたのだ」
「おっ、な、なんだよ・・・」
「俺もお前のプレイスタイルには興味がある。色々と話そう」
「へっ、そうかよ、そんなに言うんなら行ってやってもいいぜ」
「おい、新八、あんまり飲みすぎるんじゃねえぞ。明日だって雑誌の撮影があるんだからな」
「わかってるって、土方さん」
「では、後でな」
「おう」
天霧の誘いによって打ち上げに参加する事になった永倉は、打ち上げ会場まで山崎に車で送ってもらう事になった。
「では永倉さん、あまり遅くまで飲み過ぎないで下さいね」
「ぅるっせー、お前は土方さんか!?わかってるっつーの!じゃあな!」
車を降りて、打ち上げの行われるダイニングバーの階段を下りる。
入り口には「本日貸切」のプレートが下げられていた。
「いらっしゃいませ、こちらでございます」
広い店内はすでに関係者たちでひしめき合っていた。
「お、永倉。こっちこっちー」
永倉の姿を見つけた不知火が、奥の個室の入り口から手招きした。
呼ばれるままその方向へ向かう途中、知り合いの雑誌編集やラジオパーソナリティ、カメラマンやレコードメーカーの人達と軽い挨拶を交わしながら進む。
「ちょっと人が増え過ぎちまってよ、俺達はしばらくこの個室に入っておけってさ」
不知火のところに辿り着くと、彼は皮肉っぽい笑いを浮かべて言った。
「さ、飲もうぜー、永倉!」
不知火匡、彼はどこか人懐こい性格で憎めないタイプだった。
酒が大好きな原田とは特にウマが合うらしかった。
(つーか、風間以外はいいやつ、なんだけどな)
個室に入ると、そこには風間と天霧の他にも数人の関係者が座っていた。
天霧の姿を見つけ、彼の方へと近寄って行くと突然風間に呼び止められる。
「待て、永倉。お前の席はここだ」
「ここ、ってお前の横かよ!?ふざけんなっ」
再び天霧の方を見ると、すぐ近くに千鶴の姿があった。
(なんだよ、そういう事かよ・・・ったくめんどくせーなー)
「じゃあお前が天霧と場所変われよ」
「・・・ふん・・・」
風間は不服そうな表情のまま、仕方あるまい、と言いながら目の前のワイングラスを掴んで天霧の方へと歩いて行った。
入れ替わって風間が居た場所へ天霧がやって来た。
2時間ほどドラムの話をして、個室内に居る全員が程良く酔い始めた頃。
「ったくよー、あいつのシスコンっぷりは半端ねえな」
話題は風間のシスコン話になっていた。
「まぁ、千鶴がお前のファンだって言うから、牽制してるんだろうな」
そう言って天霧は冷酒の入ったグラスをぐっと傾けた。
もう何杯目か数えられないほど飲み続けているのに、天霧はいっこうに酔っぱらう気配はなかった。
相変わらず冷静沈着で、周りを良く見ている。
「ふーん、そっかぁ、あの子俺のファンだったのか、そーかそーか・・・って、ええええええええっ!?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「いや、だってさ、バンドのファンだってのは勿論知ってたよ。ほら、この前の件」
「あああ、あれな」
「だけどよー、まさか俺のファンだなんて、いや・・・そんなもの好きな」
「それを自分で言うのだな、お前は」
「だってよー」
さらに皆の酒が進み、時刻は深夜の2時を回った。
この場はいったんお開きとなり、場所を移してさらに飲み直しという流れになる。
打ち上げが始まった頃、100人近くいた関係者もこの時には20人程になっていて、永倉が知っている顔はdevilのメンバーと千鶴だけになっていた。
「じゃ、俺は明日撮影だからって釘さされちまってるからよ。まだまだ飲みたりねえけど帰るとするぜ」
「そうか、残念だな。また今度、ゆっくり話そう」
「おう、そうだな」
永倉と天霧はがっちりと握手を交わした。
「よーっし、じゃあ次行くぜー!」
千鳥足の不知火が先陣切って店を出てゆく。
ここに残っているほとんどが次の店に行くらしかったので、永倉は1人でそれを見送るつもりで手を振った。
「じゃーなー」
気がつくと、少し離れた場所で千鶴も皆に手を振っていた。
「あれ?次に行かないのか?」
永倉が声をかけると、千鶴はびくっと肩を跳ねあげた。
「は、は、はい・・・明日、休日出勤なので」
「そっか、大変だなー」
「は、はい・・・」
「家はどこなんだ?送って行こうか?」
「と、と、と、とんでもないですっ!」
「遠慮すんなって、どうせこの時間タクシーで帰るしかないんだし」
「で、でも」
千鶴がもじもじして俯くと
「許さんぞーーーーーーーーーー!」
階段を上って行ったと思われた風間がまた店に戻って来て永倉の胸元に掴みかかった。
「千鶴は俺が送って行く!永倉に送り狼されてたまるものか!さ、帰るぞ!」
風間が千鶴の手を引いて階段を上がろうとした時
「なにを言ってるんだ、主役に帰られては困る」
「そーそー、千鶴は永倉に任せて俺達は次行こうぜー」
店内に引き返して来た風間を追って戻って来たのか、天霧と不知火が風間の両脇をがっちりと抱えて引きずり出して行った。
「お、おい!離せ!貴様ら!斬るぞ!こら、おいっ!」
「はいはい、斬るなり焼くなりどうぞお好きにー」
「じゃあな、永倉」
「お、おう・・・」
「天霧さん、不知火さん、お兄ちゃんを宜しくお願いします」
「はいよー、ばいばーい」
喚き散らす風間の声が聞こえなくなると、隣で千鶴が大きな息を吐き出した。
「はぁ・・・すみません、兄が失礼な事言って」
「い、いやいや・・・ははは」
「あの、私ここから歩いて帰れる距離なんで、大丈夫ですから」
「そうなのか?」
「はい、ですので永倉さんお先にどうぞ」
「でもよ、こんな時間だしお嬢ちゃんのような子が1人歩きは危険すぎるって」
「お、お嬢ちゃんて」
永倉の言葉に千鶴がぷっと吹き出した。
「なんだよ、笑うこたねえだろう」
「でも、お嬢ちゃんだなんて・・・あははは」
「んん~・・・ま、とにかく。それならそれで家の近くまで歩いて送って行くからよ」
「・・・はいっ。ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げた後、千鶴は顔を赤らめて嬉しそうに微笑んだ。
この後、2人は恋に落ちる事になるのだが、その話はまたいずれどこかで―――
攻略対象外特別編 【新八ルート】 おわり