約束の午後8時少し前。
新宿東口の交番前に到着して、しばらく周りをきょろきょろと見渡していると、近の駅出口から階段を上って来た花ちゃんを発見する。
花ちゃんも同じタイミングで私を見つけて、お互いに駆け寄る。
「ごめん、待った?」
「ううん、まだ時間前だし」
「そっか、もぅ何着て行こうか迷ってしもて」
そう言って、自分の格好を見下ろした花ちゃんにあわせて私も彼女の全身をよく見る。
「大丈夫、相変わらず可愛いよ!」
「ほんまー?」
歌舞伎町へ向かって歩きながら、そんな他愛もない話で盛り上がる。
「・・・花ちゃん、その手に持ってるのは?」
「これ?んふふ・・・永倉さんへのプレゼント。あ!でも貢いでるとか、そんなんちゃうからね!」
このお酒はそんな高いもんちゃうし、と大事そうに紙袋を両腕で抱え込む。
「彼、お酒がごっつい好きやって言うから」
「そうなんだぁ、確かにお酒、強そうな感じするー」
そんな会話を交わしているうちにT・GIRLの前に到着した。
相変わらず暗い通路を進んで行くと、入り口のドアがすっと開かれた。
「いらっしゃいませ」
今回出迎えてくれたのは先日ホストのアルバムで見た覚えのある男性だった。
「あー、総司!」
総司と呼ばれた目の前の男性が振り返ると、奥から永倉さんが現れた。
「永倉さぁーん」
トーンを上げた花ちゃんの甘い声に反応して、永倉さんがニカっと大きな口を開けて笑った。
「おおおぉ、待ってたぜー」
なんだかお店の雰囲気に合わない彼の明るさと大きな声に、私が一瞬ひるんでいると、二人はさっさと手を繋いで奥へと歩き出す。
独り残された私に、総司さんが声をかける。
「御客様、本日のご指名は?」
(あ、っと・・・どうしよう)
ここに来るまでの道中、花ちゃんは晋作さんが嫌やったら指名ホスト変えたらええやん?と私に勧めたけれど、結局私は
「晋作さん、お願いします・・・」
と消え入りそうな声で総司さんに伝える。
「畏まりました、それではお席までご案内致します」
総司さんは丁寧に頭を下げて深い礼をし、花ちゃんたちの後ろを誘導してくれた。
前回とはまた違う雰囲気のソファ席へ通されると、すぐに晋作さんがやって来た。
目が合うなり、ちょっとびっくりしたような表情になったけれど、すぐに見慣れた不敵な笑みを浮かべる。
「これはこれは・・・こんなに早いうちに再会できるとは」
まだ立ったままの私の腰をぐっと抱き寄せて、傾れ込むようにソファに腰を下ろす。
引っ張られる形になった私は、晋作さんの身体と密着したままぴったりと横に座る事になった。
「ちょ、ちょっと・・・あの・・・」
腰にある彼の手と顔を交互に見て、あたふたとしていると
「お前、髪を切ったんだな。やっぱりその方が似合ってるな」
無遠慮な視線を私に向けて、じろじろと眺める。
すぐに気付いてもらえた嬉しさと恥ずかしさで、私は目線を逸らしてお礼を言う。
「・・・あ、ありがとう・・・ございます」
言ってから顔が熱くなり始めたのを意識してしまい、彼の方へ視線を向けるのを戸惑っていると
「別に思ったまま正直に言ったまでだ、礼を言われる事じゃない」
顔を見なくても、鼻を鳴らして笑ってる気配を感じた。
まだ腰に置かれたままの手と、くっついた右半身から晋作さんの体温が伝わって来て、私の鼓動は加速する一方だった。
オーダーをと係の男性がテーブルにやって来て、助け舟だとばかりに身を乗り出して晋作さんから身体を離すと、今度はメニューを取ろうとした私の手をぎゅっと掴んで
「ふん、ネイルも変えたようだな・・・」
晋作さんの息がかかる距離まで手を引かれてしまった。
「お前、素直で可愛いな・・・嫌いじゃないぞ、そういう女」
自信をたっぷり含んだ口調で私を見下ろす。
その鋭い視線に射すくめられて、鷲掴みにされたように心臓がぐっと収縮する。
「べ、別に・・・この前言われたからじゃありませんから・・・」
一生懸命言い訳をしたけれど、晋作さんはそれさえも可笑しそうにして余裕の表情を見せる。
「・・・晋作さんは何飲みますか?私はアフロディテ・・・」
自分のペースを取り戻そうと、話を切り替えるようにオーダーをする。
晋作さんがいつもの、と告げると目の前の男性は畏まりましたと一礼して去って行った。
「お前、口ではそうは言ってるが、その真っ赤な顔がなによりの証拠だろ?」
また話の続きに戻されて、掴んでいた私の手をぱっと離して指先で髪を掬って耳にかける。
「ほら、耳まで赤いぞ」
私の耳元に口を寄せて、低く囁く。
「あぁっ!」
思わず反応して声を上げてしまい、背後の花ちゃん達を見たけれど、元々声の大きな花ちゃんと永倉さんが笑いあって盛り上がっていたので私の声は聞こえなかったみたいだった。
ほっとしてまた晋作さんの方へ顔を戻すと、くっくと笑いを堪えて愉快そうに肩を揺らしていた。
「感度の好い女も、嫌いじゃないな」
切れ長の目をすっと細めて見つめられ、まだ一滴のアルコールも飲んでいないのに全身がかっと熱くなる。
「か、感度とか・・・やめてください」
「ん?・・・どうして?」
こんなにも色香を含んだ男性の声など聞いた事がなかった。
誘われているような、そんな気分にすらなってしまう。
「今度は褒め言葉のつもり、だったんだけど」
「そんな、褒め言葉・・・聞いた事ありません」
「ははっ、そうか?」
「・・・」
黙って睨み返すと、余計に楽しそうに笑う。
(きっと私がどんな態度を取ったって、無駄なんだ・・・)
諦めに近い溜息をついてから、
「今日だって、花ちゃんのお供で来ているだけですから・・・別に、あなたに会いたくて来た訳じゃありませんから」
目を合わせないまま少し強めにそう言いきった。
すると晋作さんはしばらく黙って私を見た後、
「・・・ふぅん、そうなんだ?・・・ま、それならそれで別にいいけど」
突然、興味を失ったように突き放す言い方をして密着していた身体を離した。
(えっ・・・・・・?)
きっとまた、強がるなよとか、俺に逢いたくて来たんだろ?なんて言葉をかけられるものだとばかり思っていた私は晋作さんのそっけない態度に唖然としてしまう。
直後、さっきまで触れていた部分が急に熱を失ったのを感じて、私は自分の放った一言を後悔し始めたのだった―――
≪晋作編4へ続く・・・≫