バーに戻ると、心配そうな顔をした花ちゃんがすぐ声をかけてくれた。
「大丈夫?気分ようなった?」
「うん・・・ごめんね、酔っちゃったみたい、もう大丈夫だから」
「そっかぁ、せやけどさ」
「うん?」
「そない嫌な男やったら電話番号もアドレスも交換せんほうが良かったんちゃう?」
「だって・・・向こうの連絡先を教えられたのに、こっちの教えないって訳にも・・・」
「まぁ、そやけどさ」
「うん・・・」
「・・・なに?さっきまでの勢いはどこ行ったん?」
あれだけ散々愚痴を言ってた私の歯切れが悪くなったのを察して、花ちゃんが顔を覗き込む。
「べ、別に・・・なんでも、ないよ!もう、帰ろっか?」
取り繕ってバッグの中から財布を出してチェックして下さい、とカウンターの中のマスターに告げる。
「あれー?もうこんな時間やったん?終電間に合うかな」
花ちゃんも慌てて立ち上がる。
「うん、急ごう」
お会計を済ませ、私たちは足早に新宿駅へと駆けだした。
なんとか終電に間に合った私達は、それぞれの利用線に向かって別れた。
それから1時間後。
家に着いてすぐにシャワーを浴び、汗を流してさっぱりした私はベッドにごろんと寝転んで就寝前の時間を過ごしていた。
バッグから携帯を取り出して、アラームのセットをしようとすると、新着メールの表示があった。
『高杉晋作』
その表示にドキッとする。
お店で連絡先を交換した際、彼のプロフィールのバーコードを読み込んだので、自分で設定しなくても名前が表示されるようになっていたのだった。
『ちゃんと無事に家に帰ったか?』
「あ・・・」
思いもよらない内容の出だしにゆっくりと心拍数が上昇してゆく・・・。
『一応、お礼のメールだ』
『お前が店でつまらなさそうにしてたのがどうも気にかかったんだが・・・もし今度来る事があった時はちゃんと楽しませてやるからな』
内容は短いものだったけれど、彼の人柄がよく表れていた。
最後まで読み終えて、ふと物思いに耽る。
(花ちゃんが言った通り、今後お店に行く事もないかもしれないし、もう会う事はないよね、きっと。それにしても、つまらなさそうにしてたってバレてたんだ・・・)
(って言うか、初対面でいきなりズバズバと言われて、つまらなさそうにしちゃったのは晋作さんのせいなんだけどな・・・)
そこまで考えてから、慶喜さんの説明を聞いた上で彼を選んだのは他ならぬ自分ではないか、と思いだして少しだけ反省してしまう。
(・・・せっかくメールくれたのに・・・無視って訳にもいかないよね、一応返事返しておこうかな)
『さきほど帰宅しました』とか『またお店に行った時には宜しくお願いします』などの、あたりさわりのない文章を書いて送信する。
送信完了の画面を見て、私は安堵と疲れの混じったような重い溜息をついた。
―――数日後。
「なあ、明日T・GIRL行かへん?」
大学の授業が終わり、大学近くのカフェでお茶を飲んでいた時だった。
花ちゃんの一言にぎょっとして、アイスティーの入ったグラスを手から滑り落としそうになる。
「えぇっ!?そこって、この間のホストクラブでしょ?」
まわりにいる学生を気にしながら、後半部分は声を潜めて尋ねると
「そうそう、あん時うちが指名した人覚えてる?」
言われて、う~んと目を閉じる。
確か、あの日花ちゃんが指名したのは永倉さんというちょっとガテン系で、やけに賑やかな男性だったのを思い出す。
「あー、はいはいはい。うん、覚えてるよ」
うんうんと頷くと、花ちゃんは嬉しそうに顔を輝かせて
「あんなー、あれからうちら毎日メールとか電話とかしてんねやんか」
こんな乙女な表情は見た事ない、って程に可愛らしく照れて笑う。
「そ、そうなのっ?」
「うん・・・ほんでな」
これは恋の始まりだとも言わんばかりのテンションで、メールや電話での内容を聞かされる。
「で、明日お店に行くって事・・・?」
「そうそう、永倉さんがな、うちに会いたぁてしゃあないんやて」
「・・・でもっ、この間は花ちゃんがごうちそうしてくれたけどさ、私そんなお金ないもん、無理だよ!」
バイトはたまにしていたけれど、生活費のほとんどを親からの仕送りに頼っていた私は、そうそう無駄遣いする訳にはいかなかった。
「大丈夫やって、明日もうちが出すから!」
「だ、ダメだよ!そんなの、悪いよ」
必死に遠慮する私に向かって
「なっ!お願い!ついて来てっ!!」
花ちゃんは目の前でパン!と手を合わせて頭を下げる。
その声と音で、まわりのテーブルに居た人達が一斉にこちらを見る。
「ちょ、ちょっとやめてよ、花ちゃん!」
「じゃあ、ついて来てくれる?」
「いや、そうじゃなくって・・・決して安くないお店だよ?花ちゃんだって同じ学生なんだし・・・そう軽々しくおごってもらう訳には」
「あんな、うち・・・実はめっちゃお嬢やねん」
「・・・は?」
ぽかんと口を開けて呆けた顔で聞き返すと、花ちゃんの実家は関西方面でいくつもパチンコ屋を経営しているのだと言った。
「せやから、いらんゆうても過保護なお父はんがなんぼでも仕送りしてくれるし・・・お願い!一生のお願い!」
まるで私に拝んでいるように、また目の前でパン!と手を合わせた。
「わ、分かったから・・・それ、やめてよ」
花ちゃんの手を掴んでテーブルの上に置くと
「ほんま?ありがとう!!やったぁー」
複雑な笑顔を浮かべている私とは正反対に、花ちゃんは本当に嬉しそうに笑って、携帯電話でその永倉さんに電話をかけ始めてしまった・・・。
通話を終えた花ちゃんは一層弾んだ声で
「ほな明日は大学休みやから、20時に新宿で待ち合わせしよ」
と、私の手をぎゅっと握り締めた。
「う・・・うん・・・わか、った・・・」
勢いに押された私は、ぎこちない笑みを浮かべて頷きを返した。
花ちゃんと別れて家に帰る途中、ふっと晋作さんに言われた言葉を思い出していた。
前髪の事とか、ネイルの事。
(そんなに・・・長い、かな・・・?)
前髪をいじりながら、すぐ横のショーウィンドウに映る自分の姿を眺めた。
(ネイルも・・・派手って言われたけど)
今度は自分の指先を見つめる。
(・・・ちょうど美容院行かなきゃって思ってたところだし、ネイルだって・・・ちょっと飽きてたから変えたかっただけだし・・・)
自分に言い訳しつつ、まだ16時過ぎだと時間を確認し、携帯に登録されたサロンの番号にダイヤルした。
≪晋作編3へ続く・・・≫