黙想(藍屋)2 | ぶーさーのつやつやブログ

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艶が2次小説と薄桜鬼ドラマCD風小説かいてます。

こうして、私は一橋邸に「1カ月住み込み家事手伝い」という名目で秋斉さんの身の回りのお世話役をする事になった。


入学祝いに買ってもらった車をぶつけてしまった事を実家に電話して報告すると、お母さんは呆れた声を出して延々と小言を続けた。
もう仕送り減らすからね、なんて怒っていたけど、お父さんが取り成してくれたおかげでなんとかそれは免れた。

さすがに修理代弁償の為に、他人様の家に1カ月住み込みで働く事は言えなかったけど。



次の日、いつも通りに大学に行き、その日の講義を終えて一旦自宅に戻った。
大きな旅行カバンに着替えや化粧品などを限界まで詰めてファスナーを締める。

「ふぅ、入った」

1カ月分の荷物を詰めたカバンは今にもはちきれんばかりで、持ち上げた時のとんでもない重さにめげそうになった。

これを持って電車に乗るのか・・・ちょっと減らそうかな・・・。

よいしょ、と荷物を再び床に下ろした時に携帯が鳴った。

相手は慶喜さんからで、今車でこのマンションの目の前にいると言うのだ。




「きっと荷物が重いかなと思ってね。女の子は色々大変だよね」

トランクに荷物を乗せ終えて後部座席に乗り込むと、慶喜さんが楽しそうに笑った。

「はい、ちょっと入れすぎたみたいで・・・有難うございました」

なんだか恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになりながらお礼を述べる。


私のマンションから車で都内を30分ほど走ると、昨日訪れた一橋邸に到着した。

世田谷の高級住宅街の中でもひときわ大きなその家を改めて見て、1カ月とはいえ自分にちゃんと務まるのかという不安と、秋斉さんと同じ屋根の下で暮らすと言う密かな楽しみが入り混じって、複雑な気持ちになった。

昨日少し話しただけの秋斉さんに、私は説明し難い興味を抱いていた。

一目見た時に吸いこまれそうになった瞳の中に、底知れぬ何かを感じたから・・・。

ひょっとしたらこれが一目惚れってやつなのかな?


「どうしたの?」

不意に慶喜さんに声を掛けられて、自分が無意識のうちにニヤついていたのだと知る。

「あっ、いえ、なんでもないですっ!」

全力で否定する私を見て

「ふふふっ、君は面白い子だね」

と、楽しそうに笑った。










「秋斉、入るよ」

階段を2階に上がって一番奥の部屋が秋斉さんの寝室だった。

「へえ、ほなまた、失礼致します」

秋斉さんはちょうど電話を切るところだったようで、携帯で話しながら私たちを見て頬笑みを返した。

「お帰りなさい」

デスクの方を向いて座っていたチェアーをくるっと回転させて、入り口の私達へ向き直る。
昨日とは違って和装の秋斉さんに見惚れてしまいそうになったけれど、包帯で固定された左足が見えて私は我に返った。

「うん、ただいま。大事な姫様をお迎えに行って来たよ」

慶喜さんの発言にぎょっと目を見開いた私を見て、秋斉さんが目許を緩めた。

「あんさんはいちいち言葉が大層なんや」

咎めるような口調で言って、傍らに置いていた杖に体重をかけて立ち上がる。

「そうかなぁ?僕から見たら、どんな女性だって姫様なんだけどなあ」

慶喜さんは優しく目を細めて隣に立つ私を見る。

「まったく、相変わらずやな」

口説かれんよう気ぃつけなはれや、と秋斉さんは私に向かって苦笑する。

「は、はい」

そう答えて慶喜さんを見上げると、にっこり笑って

「秋斉にも気をつけてね」

小さくウィンクする。

「まーた、余計な事言うて」

秋斉さんは溜息をついて、部屋の奥の方へ向かった。
そこには入り口のドアよりも少し小さめのドアがあって、それを開けると向こう側にも部屋があるのが見えた。

「このコネクティングルームを使っとくれやす」

コネ・・・ルーム?

私が首を傾げると、部屋同士が繋がった部屋って事さと慶喜さんが説明してくれた。

「もちろん廊下側からも出入り出来ますよって」
「じゃあ、この荷物はそっちに入れちゃうね」

慶喜さんは私のバッグを持ち上げて、スタスタと部屋の中へ入って行った。

別の部屋のようで、別の部屋じゃない??
って事は、秋斉さんと、この壁1枚隔てただけの場所で1カ月暮らすの・・・?

想像して勝手にじわじわと頬が熱くなる。

「安心して、ちゃんと向こう側からかけられる鍵がついてるからね」

荷物を置いた慶喜さんが言いながらこちらに戻って来て、私の肩に手を回す。
その手の甲を秋斉さんがつまみ上げて、

「廊下側の鍵もちゃあんと閉めとかなあきまへんで」

冷たい視線で慶喜さんをじろりと見る。

「痛ててて、やめてよ、もうっ」

慶喜さんはつままれた手をぶんぶんと振って、唇を尖らせる。

「あはははっ」

つい声に出して笑ってしまって、私は慌てて口を押さえた。

「す、すみません・・・」
「ええんよ」

秋斉さんはやんわりと笑った。

その綺麗な笑顔にまた目を奪われる。

トクン、トクン、と大きく鳴る胸の中で、何かがじわりと広がってゆくのを感じた。







「ところで、私は具体的に何をお手伝いすればいいのでしょう?」

荷解きを終えた私は、1階のリビングルームでお茶を頂きながら慶喜さんに尋ねた。

「うん?そうだねぇ、秋斉の着替えの手伝いとか?」
「きっ、着替えですか!?」
「そう、あとは・・・入浴とか?」
「にゅっ、入浴!?」

衝撃的な仕事内容に、手に持ったカップを落としそうになってしまう。

「嘘だよ、冗談。秋斉が君を必要とした時に呼ぶだろうから、それ以外は僕たち同様のんびりしてればいいさ。とは言っても、君も大学があるだろうし僕も昼間は会社だからね」

実際に大学4年の私は、卒業後は実家が営むスーパーに勤務するつもりだったので特に就職活動もしておらず、残った単位を取る為だけに週に何度か短時間だけ大学に行っているだけだった。

それを慶喜さんに話すと、そうかい、じゃあほとんどここに居られるって訳だねと嬉しそうに手を叩いた。

そこまで喜ばれるとなんだかくすぐったい気持になってしまう。


その後、何か質問はあるかいと尋ねられ、私は気になっていたいくつかの疑問を聞いてみる事にした。

秋斉さんはなぜ標準語とは違う訛りなのか。
仕事は何をしているのか。


「ああ、やっぱり気になるかい?」


秋斉さんは亡くなられた先代の妾さんの一人息子で、その方は京都で芸奴さんをしていた。
秋斉さんのお母さんにあたるその方が早くに病気で亡くなって、彼が高校生の頃に一橋家で引き取られたそうだ。
だから秋斉さんは今でも京訛りが抜けないのだとか。

仕事は着物デザイナーをやっているらしく、基本的には自宅でデザインや打合せをするのが仕事だそうで、展示会や取材以外ではほとんど外出しないらしい。


だからあんなに色白なのかしら・・・。

昨日見た白い手元を思い出して、ドキっとする。


そして、秋斉さんが怪我をした理由も聞いてみると、慶喜さんは目を伏せて寂しそうに表情を曇らせた。

「あれは子犬が車に轢かれそうになったのを救う為に道路に飛び出してね・・・」
「えっ!!」

私が思わず口を手元で押さえたその時、

「阿呆か」

不意に背後から声がして振り返ると秋斉さんが呆れた顔で立っていた。

「わてが怪我したんは、階段から足を滑らしたからどす」

まったくしょうもない冗談ばっか言うて、と慶喜さんの顔を見て溜息を漏らす。

「あは、そう言ったほうがドラマチックかなと思ったのに」

慶喜さんは悪戯っぽく笑って、肩をすくめた。








それから私達は夕食を済ませ、またリビングに集まっていた。

「あの方達はここに住んでいないんですか?」

昨日見かけた年輩の女性2人の事について聞いてみた。
夕食の準備と片づけをしてくれて、その後すっかり姿を見ない。

「あの人達はハウスキーパーみたいな感じでね、通いで来てもらってるのさ」

基本的には掃除と洗濯、食事の用意と片づけが仕事らしい。

「・・・って事は、この広い屋敷に住んでいるのは慶喜さんと秋斉さんのお2人だけなんですか?」
「そやね、えらい寂しいもんやけどね」

秋斉さんは目許を和らげて優雅に微笑む。

「でも、ほら暫くは3人だから、仲良くやろうね」

そう言って慶喜さんに肩を抱き寄せられた私は、バランスを失って彼の胸にしなだれかかってしまった。


「・・・全く、あんさんはしょうがおへんな」

やんちゃな弟を窘める様に言うと、ふぅと息を吐いて、秋斉さんはソファから立ち上がった。

「ほなわては仕事の続きに戻ります、おやすなさい」
「あ、おやすみなさい」

私は慌てて体勢を立て直し、ぺこりと頭を下げる。

「おやすみ、秋斉」

慶喜さんは朗らかに笑って秋斉さんに手を振った。





≪黙想3へ続く・・・≫