宣言通り、秋斉さんの物語です。
別サイトにアップした「仮面」は秋斉さんサイドの視点で書きましたが、今度は主人公視点で現代ストーリーです。
大まかな設定として、主人公と翔太君は幼馴染で同じ大学に通っています。
慶喜さんと秋斉さんは兄弟です。
今回目指しているのは、旦那様が主人公を好きになっていく流れではなく、主人公が旦那様に対して片思いするところから始めたいなぁ、と。
艶シーンを押さえてどこまで切なく書けるか、勝手に自分の中の課題ですw
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【黙想】(藍屋秋斉)
「それでっ、どうするんだよ?」
幼馴染の翔太君がぐいっと鬼気迫った顔を近づける。
「翔太君、近い近い」
私が背を逸らして翔太君の顔から遠ざかると、照れ笑いしながらゴメン、と浮かしていた腰を椅子に下ろす。
「今のバイト代で貯めた貯金じゃ全然足りないから困ってたんだけど・・・」
「うん、それで?」
「そしたらね、その人の屋敷で住み込みで家事手伝いしてくれないかって。1か月働いたら修理代は必要ないって」
「なんだよそれ!?めちゃめちゃ怪しいじゃん」
「やっぱりそうかな・・・でもその一橋さんって人は凄くいい人っぽかったんだよね」
「いい人っぽいって・・・お前は昔っから男を見る目がないんだからさ」
「翔太君、ちょっとそれ酷くない?」
私達は大学を出て駅に向かう途中のマクドナルドで向かい合って座っていた。
今話している内容は、昨日私が運転していた車を他の車にぶつけてしまい、その相手の車の修理代に関して、だった。
相手の名前は一橋慶喜さん。
メーカーだとか車種だとか、そういう事に疎い私でもわかるぐらいの高級車に乗っていた。
初歩的な操作ミスで、バックギアに入ったままの車を後進させて、後ろに停まっていた一橋さんの車にぶつけてしまったのだった。
幸い一橋さんの車の運転手さんにも、後部座席に乗っていた一橋さんにも怪我はなく、穏便に物損で済ませてもらえた。
しかし、任意の自動車保険に加入していなかった私が自力で修理代を出せる範疇を遥かに超える損傷具合で、後部座席から現れた一橋さんは大したことないから大丈夫、だなんて言ってくれたけど、はいそうですか、それじゃ、なんて出来る訳もなく・・・。
どうしても弁償しますと私が押し切った結果、一橋さんが折衷案として「1ヶ月間の住み込みの家事手伝い」を提案したのだった。
「結局どうするんだよ?」
「う、ん・・・今日、一橋さんのお宅にお邪魔してから決めようかと思って」
「本気か?」
「だ、大丈夫だって・・・ほら、名刺だって貰ってるし」
一橋さんから渡された名刺を取り出して、翔太君に見せる。
翔太君は受け取って、表裏じっくりと眺める。
「一橋コンツェルン・・・会長・・・って」
「え?翔太君、知ってるの?」
「知ってるも何も、国内有数の商社だよ」
「そう、だったんだ・・・」
それを聞いて、運転手付きの高級車にも納得がいった。
「住み込みで家事手伝いって、何やらされるんだよ?」
「う・・・ん、まだ詳しくは聞いてないんだけど」
その後しばらく翔太君と話しこんでしまい、一橋さんと約束していた18時に遅れそうな事に気がついた私は慌ててマクドナルドを飛び出し、駅に向かって走った。
「うっわ・・・大きな家・・・」
携帯アプリのナビを見ながら、指定された住所の家に辿り着き、驚きの声を漏らしてしまった。
一橋と書かれた表札があるから間違いない・・・しかし、想像以上に大きな門構えに動揺を隠せなかった。
門の前に立ってしばらく躊躇した後、ドキドキして震える指でインターホンを押す。
(ピンポーン♪・・・ピンポーン♪・・・)
『はい』
インターホンから聞こえたのは年輩女性の声だった。
「あ、私・・・一橋さんと18時にお約束してます・・・」
声まで震えてしまったけど、何とか名乗り終えると
『はい、伺っております。少々お待ち下さいませ』
ギギギギと音を立てて、目の前の門が開いた。
うわっ、自動なんだ・・・。
ガシャンッ、と門が開き終わると再びインターホンから女性の声が聞こえる。
『そのまま真っすぐお進み下さい』
「あっ、は、はい」
真っすぐと言われ正面を見るが、どれだけ進めばいいのか、すぐには玄関らしきものは見えなかった。
とりあえず石畳が伸びている方へ道なりに進んでいくと、昨日とは違うまた別の高級車が停まっている玄関らしき場所に出た。
車の近くまで歩いて行くと、
「こんにちは、慶喜さまはもうお戻りになってますよ」
昨日の運転手さんが車から降りて来て私に声をかけてくれた。
「あ、こんにちは・・・昨日は本当にすみませんでした」
深く頭を下げると、運転手さんはにっこりとほほ笑んで玄関まで案内してくれた。
重々しいドアを開けて、どうぞと中へ入る様促される。
靴はどこで脱げばいいのかと足元で視線を彷徨わせていると、
「お待ちしておりました、こちらへ」
さっきインターホンに出た女性だろうか、靴はそのままで、と言って奥へ歩いてゆく。
海外のドラマに出てきそうな大きな洋館風の階段横を抜け、広いリビングに通される。
「やあ、時間通りに来たね」
スーツ姿の家主、一橋慶喜さんがソファから立ち上がって友達にするように手を振った。
「お、お邪魔します」
大きな門の前からずっと忙しなかった鼓動が、一層激しく動き出す。
一橋さんは私のロボットみたいな動きにふふっと笑って、こっちへどうぞと手招きした。
ソファに腰を下ろすと、また先ほどの女性とは別の年輩女性が紅茶を運んで来た。
2人とも地味だけどセンスの良い制服らしき服装だった。
一橋さんはすぐに本題に入らずに、なんでもない世間話をした。
君は今何歳だい?
どこの大学に通っているの?
住まいはどこ?
趣味は?
彼氏はいるの?
もう最後の方は世間話というより尋問みたいになっていたけれど、私はひとつひとつ、正直に答えていく。
「で、いつから来れそうかな?」
「えっ、と・・・私は一橋さんのお宅でどんな事をすればいいんでしょうか?」
「ああ、まだ説明してなかったっけ?」
あはははと声を上げて明るく笑う。
とてもじゃないが、翔太君が言った「日本有数の商社」の会長だなんて思えない。
どう見ても一橋さんはまだ30歳、下手したら20代だ。
笑った顔には少年っぽさすら感じられた。
「実はね、半年前に父を亡くしてね。兄と二人で家と会社を継いだんだけど」
私の疑問を解決するように、彼が会長を務めているいきさつを語って、その後に「家事手伝い」の内容に触れた。
「で、その兄がつい先日怪我をしてしまってね」
「一橋さんのお兄さん・・・?」
「そう・・・あっ、一橋さんってなんか嫌だな。慶喜さんって呼んでよ」
彼は悪戯っぽく微笑んだ。
私は思わず、黙ってコクコクと首を縦に振る。
「ふふっ・・・今は松葉杖で生活してるんだけど、完治するまであと1カ月はかかるって医師に診断されてね」
その完治するまでの間、慶喜さんのお兄さんの身の回りの世話をして欲しいという事だった。
看護師でもない素人の私に、そんな仕事が務まるのだろうか・・・。
私は不安になって、暫く考えを巡らせていると
「あっ、秋斉」
慶喜さんが私の背中の方へ視線を投げて、声をかける。
その方向へ振り返ると、右腋に松葉杖を挟んだ男性が立っていた。
儚げな瞳と白い肌が印象的な人。
気怠げな雰囲気を纏った麗人。
「兄の秋斉だよ」
私はこの時、秋斉さんと合った視線を逸らせずにしばらく固まってしまった。
「こんにちは」
秋斉さんは標準語とは違うイントネーションでそう言い、涼しげに微笑みながらゆっくりとこちらに向かって歩き出した。
包帯の巻かれた左足が痛々しいけれど、それさえもさまになっている、なんて思ってしまった。
秋斉さんは慶喜さんの隣に座ると、どちら様?と慶喜さんに尋ねた。
「ああ、彼女は・・・明日から、で良かったかな?」
まだここでの住み込み家事手伝いを決めると返事をしていなかったのに、やや強引に慶喜さんにそう聞かれて、勢いに流された私は首を縦に振ってしまった。
「うん、ありがと」
その答えに満足したようににっこりと笑って、私を秋斉さんに紹介した。
「よ、宜しくお願い致します」
立ち上がってぺこりと頭を下げる。
「こちらこそ、よろしゅう」
座ったままの秋斉さんに手を差し出され、それが握手を求めているのと分かり、私はおずおずと右手を差し出した。
秋斉さんのその細い手を握ると、見た目よりも男性らしく骨ばっていて、しっとりとしたその肌触りに艶めかしさを感じて、私の胸は高鳴り始めた―――――――
≪黙想2へ続く・・・≫