靄とも夜の色とも片付かないものの中にぼんやり描き出された町の様は
まるで寂寞たる夢であった。
明暗 / 夏目漱石
これが百年前の作品とはとうてい思えないなぁ、、また、あらためて読んでも、
これまでの漱石とはずいぶんと調子が異なる、だからこそ本当に惜しい...
いくつか理由があると思うけど、今回は、
これは次作への試金石なのだとの印象を持った、
あるはずのないこの先をますます読みたくなった
「どうして」
「いいかい。男と女が張り合うのは、互いに違った所があるからだろう。今云った通り」
もしⅢを出した後でバンドが解散していたら、また、
インスルージアウトドアで解散していなかったら、、
とか
名作と云われるⅣは想像だに出来なかっただろうし、あるいは、
CODAではなく未知なる名作が生まれていたかもしれないし
とか
そんなことも思った
「ええ」
「じゃその違った所は、つまり自分じゃない訳だろう。自分とは別物だろう」
則天と云い去私と云うけれど、配置された津田やその妻お延をはじめ登場人物に、
その巧みさという一点で作為性を感じないわけでもないのは、
まだまだこの先があり、その前の段階だと感じたからかもしれない
漱石の参禅の師であった釈宗演老師によれば、漱石は、
禅味を帯びた人だったとして 「則天去私」 の思想を評価されていたそうだ
とするならば、、
「明」 でもない 「暗」 でもないところの、
りんごを齧る前のどうとも分かち得ない領分に入り込むような、そんな、
自ずと落ち着き先を得るような作品が屹度予感せらるるところなのだけれど、、、
「ええ」
「それ御覧。自分と別物なら、どうしたって一所になれっこないじゃないか。
何時まで経ったって、離れているより外に仕方がないじゃないか」
最晩年に漱石は再び老師に再会する、
そのくだりは北鎌倉は東慶寺山門前に碑として今に刻まれている
東慶寺は釈宗演老師の墓所でもある