2,800円も払って乗った新穂高ロープウェイ、その山頂は猛吹雪であった。
しかも、そこらじゅうが雲の中で、景色はなんにも見えなかったのである。
山頂はそれはそれはものすごく寒かったのであるが、その山頂に唯一ある喫茶店の燃えさかるストーブの横で、私は晴れ間が訪れるのを待ち、ねばっていたのである。
一時間半もねばっていたにもかかわらず、晴れ間は訪れず、そして、あたりまえというか、当然というか、ロープウェイで登ってくる人などだれもいないのである。
ところが、である。
1時間ほど経ったとき、日本人の女性とフランス人らしき男性が登ってきたのである。
そして、そのフランス人男性はとても不機嫌で、怒鳴り散らしているのである。
彼が発するエネルギーだけで理解するに、こんなかんじであろうか。
「くそったれ! 2,800円も払ったにもかかわらず、なに一つ、見えやしねえ!
しかも、なんて寒いんだ! 楽しみにしていたのに、さんざんだ!!」
その彼女か愛人らしき日本人の女性も、小声でブツブツ言っているのである。
「しょうがないじゃないの、こんなときもあるわよ。ほんとうにもう、男らしくない態度ね、フンッ」
なんだか険悪な雰囲気なのである。
そして、することがないからであろうか、猛吹雪でただでさえたいへんだというのに、二人は雪の回廊となっている表に出て、歩きはじめたのである。
無謀であった。
5分後、雪だるまのようになり、さらに暴れまくっているフランス男性と、「もう、あんたにはつきあえないわよ!」と怒りまくっている日本人女性が帰ってきた。
そして、ストーブの横で身を温めながら、たぶん、フランス語で別れ話をしはじめたのである。
この私の横で、である。
“カップル・カウンセリングのカリスマ”といわれた私が横にいるにもかかわらず、である。
当然のことながら、私は下りのロープウェイに乗った。
「だって、フランス語、わかんないんだもーん」
そして、ロープウェイでふもとに降り、びっくりしたのである。
なんと、吹雪だったのは、山頂だけではなかったのである。
4月も半ばになろうというこの時期に、猛吹雪で道路は積雪状態なのである。
私の車ときたら、さんざん書いてきたようなボロ車であった。
タイヤにいたっては、すりへってツルツルなのである。
そんな車で、吹雪の中、私は宿までたどり着けるのであろうか‥‥?
とりあえず、ゆっくりゆっくり、走りはじめたのであるが、宿までは8kmの道のりなのである。
それはまるで、「温泉行脚を中止せよ」という天啓なのであった。
「あんたは、いったいなにをやっているの?」と、天からお叱りを受けるがごとくなのである。
しかも、宿まであと3kmほどの地点にきたころには、後ろのタイヤがどうにも滑るようになってきたのである。
俗にいう、「オシリをふりふり、前に進む」状態になったのである。
「このままなれば、遭難やむなし‥‥」
支援に向かったはずの私が救出されるようでは、物笑いのタネ‥‥、いや、ブログのネタなのである。
そして、東京に向かったはずのわが夫が、なにゆえか、「飛騨高山の北アルプスのふもとで遭難した」などという知らせを受けたうちの奥さまは、この状況をどのように理解するのであろうか‥‥?
さらに、旅立つ際、思いきり深刻そうな表情を見せつけてきた事務所のメンバーたちには、なんと言い訳すればいいのか‥‥?
課題が山積みなのである。
「もはや、これまでか‥‥」
そう思ったとき、平湯温泉の町並が見えてきた。
そして、オシリをふりふり、力わざでなんとか宿屋に到着したのである。
宿屋の人も、「この時期に、こんな豪雪はめずらしい」と言うほどの豪雪だったのである。
さらに、雪はしんしんと降り続いた。
私の心配はただ一つ‥‥。
こんな雪の奥飛騨の山中から、明日、私は松本に行き、無事、中央道に乗ることができるのであろうか?
そして、明日の夜までにこの車を東京に届けられなかったとしたら、私の悪事はすべて露見してしまうのである。
平準司、危機一髪!なのである。
しかし、窓の外ではしんしんと雪が降りつづくのみだったのである。
冒険の書〈その6〉に続く>>