太極拳の呼吸 (1) | 健康・護身のために太極拳を始めよう

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太極拳は、リラックスによるストレス解消、血行改善、膝・腰強化、病気予防などの健康促進効果以外に、小さな力で大きな力に勝つような護身効果もある。ここでは、中国の伝統太極拳の一種である呉式太極拳の誕生、発展およびその式(慢拳・快拳・剣・推手)を紹介する。


「呼吸法」という言葉は大変魅力がある。筆者もよく生徒から太極拳の呼吸法を尋ねられる。自然呼吸でいいとよく答えるが、聞いているほうは、自分はまだ初心者だから教えてもらえないのかな、又は先生自身も分からないからごまかしているのかなと思われがちだ。 実際、通常の「呼吸」という概念においては、太極拳の呼吸は自然呼吸以外に何もないのだ。


太極拳の理論も指導している師匠なら 弟子は 「気沈丹田」や「以心行気」など「気」に係わる経典の言葉を一度は耳にしたことがあろう。 或いは古典の理論から太極拳を探求する者は 「吸,為合為蓄;呼為開為発」 (李亦畭氏著《五字訣》より)など直接「呼」と「吸」に言及されている絶句を目にすることもあろう。ところが、いくら絶句といえども 著者の詳しい解説が世に残っていない故、その「気」又は「呼」、「吸」を通常の呼吸に混同してしまう者が多いようだ。結論から言うと、これらはすべて通常の呼吸と無関係だ。 太極拳の呼吸は一種の特殊なものだ。

通常の呼吸と太極拳の呼吸との大きな違いは意識によるものかどうかだ。周知のごとく、我々人間の呼吸活動は体に酸素を得ようと呼吸系統が自動的に行うアクションだ。今まだ「吸」の段階で吐くのを我慢したり「呼」の動作だから吸わないように息を殺したりして意識制御すると体がおかしくなる。 通常の呼吸器の呼吸はやはり自然体にすべきだ。 一方、太極拳の呼吸は、呼吸器と切り離し、純粋に意識による、いわゆる「開」と「合」という独特な原理に基づいている。

「開」とは 丹田を中心にして気を四梢(手足の指)に向かって運び、内臓・肢体を膨張させ体の周囲の気勢を拡大しエネルギー(勁)を外に向かって発散するアクションのことを指す。これに対し、「合」とはその逆で体の周囲の気勢を縮小させ 膨張させた内臓・肢体を元に戻し 気を四梢から丹田へ取り入れ エネルギー(勁)を外から中へ集中(蓄積)するアクションのことを指す。 中→外の「開」と外→中の「合」の繰り返しが通常の呼吸とよく似ているので 「開」の動きを「呼」、「合」の動きを「吸」と、我々の先人が喩えていたのだ。

しかし同じ中→外でも 生命維持のための通常の「呼」と武術の必要性からの太極拳の「開」とは 根本的に異なるものだ。 通常の呼吸は息を吐き切った後、再度吐くことはできないが太極拳は「開」の後に更なる「開」も可能だし「開」の動きの中に「合」の動きの同時存在(「開中有合」)も可能だ。同じことは通常の「吸」と太極拳の「合」も言える。息を吸い切った後に再び吸うことはできなくても太極拳の「合」→「合」や「合中有開」はできる。あくまでも太極拳は武術なのだ。より破壊力の大きい「開」のために準備(蓄積)としての「合」が必要な一方、 「合」も「合」で 「接」・「走」・「粘」・「拿」において威力を発揮することができる。 我々人間の通常の呼吸はこのような用途ではなく 生命維持のために二酸化炭素を体外へ排出し酸素を体内に取り入れる仕組みだけなのだ。