今日の観光はない。ただ日本に帰るのみ。

早朝、まだ暗い5時20分にホテルを出発。大阪の方、名古屋の方、また、別の台北市内観光ツアーの方も一緒だ。昨日までのメンバーと違う。早朝出発はきついが、免税店を寄っての空港もきつい。車中にてサンドイッチと飲み物が配られる。しっかり食べてこれから会津までの長旅に備える。

今回のはじめての台湾パックツアーは、値段の割には、満足の行くものであった。確かにアワビ、ふかひれスープ等高級中華料理はなかったが、十分おいしく、口に合う。最後の鼎泰豊の小龍包もうまかった。台湾1周と移動が多く、また、お土産物屋の時間が長かったため、観光見物も各都市の代表的なものだけに終わってしまっている。太魯閣も入口のさわりの部分だけである。ほとんどが定年退職となった、熟年者であり、歩くにしてもそんなにきつくはなかった。台湾の全体像を知るにはいいコースかもしれない。

しかし、もっと日本人には台湾を知ってほしいいと思う。日治時代の古蹟が多く残る。昨年、辰野金吾氏設計の東京駅の建物が創建当時の輝きを戻した。ようやく、日本でも産業遺産、重要建築物としての認識が高まってきている気がする。しかし、今の日本には100年前の建物は少なくなってきた。台湾では古蹟にならなくても日治時代の住居がまだ残っている。台湾人は親日的だといわれる。日本が植民地にしたのに、なぜ、同じ韓国とは違うのだろう。中国語を話すからと言って大陸人と同じ中国人と見ていいのだろうか。決してそんなことはない。台湾人は台湾人である。台湾にもっと興味をもって、ガイドさんももっと台湾のことを日本人に紹介してほしいと思うこのごろである。


おまけ、今回のツアーでは往復ともEVAAirでした。


キティジェット



キティジェット座席



キティジェット飲料



キティジェット食事


キティジェット2


花蓮からトンネルを越えるごとに雨脚はだんだん強くなる。海は濁り、遠くの亀山島もかすんで見える。蘇澳から礁溪までは温泉町が続く。宜蘭站(http://ameblo.jp/taichu/entry-11090173169.html )を通過した。この素晴らしい雄姿を車内からは見ることができない。この宜蘭の平野にも日治時代の遺跡がたくさん残っている。というより、私にとっては残してもらっているという表現のほうが正しいだろうか。日本では、古い建物はスクラップ&ビルドで近代的な建物にどんどん代ってきている。しかし、台湾では、古蹟(産業遺産)として昔のままで補修され残され、現在でも使われているところが多い。


宜蘭 設治紀念館(http://ameblo.jp/taichu/entry-11090170270.html

宜蘭農林学校校長官舎(http://ameblo.jp/taichu/entry-11097337555.html

宜蘭廰庶務課長官(http://ameblo.jp/taichu/entry-11097335688.html


現在では雪山隧道が開通し、台北から高速道路が抜け、葛瑪蘭客運(http://www.kamalan.com.tw/route.php )などの高速バスで宜蘭まで80分程度で行けるようになった。

鉄道はさらに北上する。途中の三貂嶺站からは鉱山のために開発された平渓線が走っている。ここも観光地である。今はランタン祭りの季節。1929年に創建された菁桐站(http://ameblo.jp/taichu/entry-11027381637.html )は今も現役である。瑞芳を通り過ぎると、間もなく台北站である。


<忠烈祠>

午后3時前に台北站に着いた。まずは台北忠烈祠にバスは急ぐ。忠烈祠は第2次世界大戦後、蒋介石によって大陸から渡ってきた国民党兵士を祀った廟であり、戦前はここに神社があった。そのようなことはガイドさんは説明しない。訪問の目的は衛兵の交代式の見学である。台湾人の友人によると、この衛兵は台湾軍のなかでも選び抜かれた人が当たるそうで瞬きひとつぜずに立ち続ける。


忠烈祠衛兵交代1


<故宮博物院>

言わずと知れた故宮博物院。2時間では見きることはできない。ガイドさんも足早に案内を進める。日本からの出張者があり、仕事上、空時間ができたときにはここに案内したものだ。もちろん館内は撮影禁止。あの有名な白菜(翠玉白菜)や豚の角煮(肉形石)には大勢の人が集まり、種の舟(後赤壁腑橄欖核舟)は拡大鏡に列を作っている。象牙の珠(雕象牙透花人物套球)もいつみてもすごい。どうやって作ったのだろう。


<お土産物屋>

とうとう最後のお土産物屋。格安ツアーは必ずお土産物屋による。しかもその滞在時間が長く、大事な観光地の時間が短くなる。毎日立ち寄れば、置いてあるものも似たり寄ったり。だんだん買うものもなくなり、時間を持て余してくる。私は自由時間があれば市内のスーパー(愛買等)で購入する。免税店ほど高いところはない。そうはいっても、また、買ってしまった。バスにてマンゴープリンのプレゼントがついてきた。


<鼎泰豊>

ここ永康街の鼎泰豊本店は金曜日の夜と言うこともあり、来客で大勢である。家族で来るのは2回目である。鼎泰豊といえば小龍包。台北市内にも数店の支店があり、支店のほうが店は広く、きれいである。日本にも支店はあり、台北ツアーといえば、故宮と鼎泰豊と言えるほど人気度は高い。しかし、昔ながらのこの永康街の本店が好きだ。今回のツアーでここに来ることができるとは思っていなかった。本店は狭く、客でごった返し、建物も古い。でも、店には活気があり、店員の教育も行き届いている。なんとなく容姿端麗でもある。

待つこと30分、テーブルごとに8名程度のグループを作り入店する。今日の一般客は1時間待ちとのことだそうだ。狭い階段を登っていく。席に着くと毎度のことながら早速台湾啤酒を頼む。今日は台湾最後の晩なので、隣の客もビールを頼んでいる。店員が小皿に生姜を細長く刻んだものを運んできた。早速醤油と酢を入れて準備万端。最初に運ばれてきたのは、やはり名物の小龍包である。やけどに注意しながら、薄皮、肉汁たっぷりの小龍包はいつものようにうまい。隣の人が、

「鼎泰豊の小龍包は持ち帰ることができますか?」

と私に聞く。

「以前来たときは、プラスチックの入れ物をもらえた気がしますが。」

「そうではなくて、日本にですよ。」

「あっ、そうですか。以前、確か、スーパーに冷凍の鼎泰豊の小龍包が売っていましたね。前任の駐在員のひとは、別の店のものですが、冷凍小龍包を日本にお土産に持って帰っていたそうですよ。」

このH社の台湾1周コースを申し込んだのも、格安はもちろんのこと、この鼎泰豊の小龍包夕食がつくところに決め手があった。妻もここの小龍包の味は覚えて、満足げだ。


鼎泰豐


自由行動

<士林夜市>

ホテルの戻って、今日は台北の夜市に行こうということになった。地下鉄の駅も歩いていける距離にある。以前は饒河夜市に行ったので、今回は近くの地下鉄駅から乗り換えなしで10分で行くことができる士林夜市にした。ご存じのように、士林夜市は士林站ではなく剣潭站から歩き始める。もう9時過ぎと言うのに、いつものように込み合っている。しかも、若い人が多い。お土産物屋で会社への定番、鳳梨酥を購入。ドライマンゴーもいける。妻は、乾燥梅にはまったようである。

道を歩いていると、果物屋のおばちゃんが試食をくれた。産地の台東で食べそびれた「釈迦頭」である。1cm角のものが3つほど入っている。甘くてうまい。

「これ今食べられる?いくら?」

「180」

これは高い。いくらなんでもNT$50がいいところだろう。昔、台東ではNT40が相場だと聞いたことがある(http://ameblo.jp/taichu/entry-11320110417.html )。どこの産地か知らないが、輸送代としては高すぎる。夜市とはいえ暴利ではないか。

「高い、もっと安くして」

台湾では値切りの文化がある。

「だめ」

おばちゃんの愛想のない言葉が返ってくる。日本人観光客だと思い甘く見ているな。店頭に試食用にカットされたものが透明なカップに入っている。1個分はない。半分ぐらいだろうか。

「それじゃ、これNT$100でどう?」

「だめだめNT150」

さっきの試食分も入っているな。おかしい。

「じゃ、いらない。」

こうしてお土産を抱えて士林の夜市をあとにした。

ホテルに着いたら11時。明日は朝5:20ホテル発とハードな1日を終了した。


花蓮(太魯閣、大理石工場=お土産物屋)・・・(太魯閣號)・・・台北(忠烈祠、故宮博物院、お土産物屋)・・・夕食(鼎泰豊)


今日は、今回のツアーのメインとなる「太魯閣」に行く。このような渓谷は、日本ではなかなか見ることができない。日本からの台湾ツアーの多くが、台北、次は高雄、その中での故宮、夜市、エステ、変身写真、茶藝、中華料理と定番はあるが、東海岸を訪れる人は少ない。台湾にももっと素晴らしいものは、たくさんある。原住民の生活に触れることもいいでしょう。日本の教科書にはなかなか出てこない台湾の歴史に触れる日治時代の遺産もおすすめです。阿里山などの山岳風景、野柳や蘇花公路の海岸線、緑島、蘭嶼、金門、馬祖の島々。太魯閣の自然。見どころはたくさんある。


<太魯閣>

朝食を済ませると、さっそく北上し太魯閣に向かう。ここは省道9号線。右手に花蓮空港が見える。ここは軍民共用のため戦闘機も見える。台湾の空港は大陸との関係もあり軍民共用が多い。太魯閣のある秀林郷に入ってきた。右手には、林田神社(http://ameblo.jp/taichu/entry-11044133560.html )探索や銅門発電所(http://ameblo.jp/taichu/entry-11331422262.html )探索でお世話になった鐘さんの大理石お土産店、左手には秀林郷の議員の巫さんの民宿も見える。近所の妹さんや他の泊り客と一緒に庭で行ったバーベキューは今でも忘れません。心でお礼を言いながら太魯閣を目指す。新城站は現在では太魯閣站と名称を変えた。新城には、今では教会となってしまった神社跡(http://ameblo.jp/taichu/entry-10925431655.html )がある。ここで9号線とは別れ台中へつながる横断公路の8号線に入る。花蓮でタクシーで「太魯閣」と言うと、ここ管理所のある太魯閣の入り口となってしまう。ここ太魯閣では台中からの山越えで2回も自転車の修理をしてもらったバイクやさん。毎度宿泊した太魯閣旅店、思い出(http://ameblo.jp/taichu/entry-11299608145.html )がたくさんある。


太魯閣東西横貫公路門3

太魯閣入口


ここ、太魯閣の入り口で記念撮影。絵葉書売りのおばちゃんが付きまとう。

車中でガイドさんが、

「太魯閣は峡谷で、岩を掘って作った道路もあり、以前は落石のあったところもありますが、今回のコースは安全なところを訪問します。ご安心ください。」

はて、確かにそうなのだが、その部分が太魯閣の醍醐味でもある。特に台風の後は渓谷が滝となり、川は濁流となり、自然の猛威を感じるのだが。

その後、この10km先の天祥に渓谷を眺めながら行くかと思ったのだが砂卡礑歩道(http://ameblo.jp/taichu/entry-11330894050.html )の駐車場に着いた。30分程度の散策のため、今回は亞峡谷まで戻ってきた。ここも、先人が一つ一つ手で岩を削り歩道を作っていた。この川の上流に1時間ほろ歩くと原住民の住居がある。”小”太魯閣を感じることができた。


太魯閣砂卡礑橋から歩道1

砂卡礑橋から見た歩道


太魯閣砂卡礑隧道1

砂卡礑隧道


太魯閣砂卡礑歩道伊亞峡谷

砂卡礑歩道(伊亞峡谷)


太魯閣砂卡礑歩道A6

戻ってきました。この岩を削って道を開きました。


次はもちろん天祥かと思ったら、長春祠(http://ameblo.jp/taichu/entry-11760143013.html )である。東から順に上流にさかのぼるのだろうか。遊歩道を歩き長春祠まで行って戻ってきた。長春祠はこの横断公路工事で亡くなった方の慰霊祠である。戻って来て出発まで時間があるので駐車場の売店でコーヒーを飲むことにした。NT$150、台湾のコーヒーにしては高い。茶藝店でもNT$100ぐらい、7-11ではNT$40が相場だろうか。観光地だからだろうかと思ったら、チーズケーキ付きであった。


長春祠2
長春祠(駐車場からの遠景)

次は8km程度上流の天祥か、九曲洞か、燕子口か。駐車場にあるバスに乗り込みバスのなかでガイドさんからの説明は

「もうお昼なので花蓮に戻ります。電車は12時15分発になります。」

あれ?太魯閣と言えば九曲洞は見せたかったのだが、がっかり。そんなに遅がなくてもバスで通るだけでも見ることができるのでは?たしかに、ここまでなら、安全で、早い太魯閣見学である。でも、日本人観光客に、これが太魯閣だと紹介されると、前菜だけで主菜は?といった感じである。

皆さんには、以前通った時の太魯閣を紹介しましょう。九曲洞は歩行者専用です。よく落石があります。私は自転車用のヘルメットかぶって自転車を転がしながら歩きました。

http://ameblo.jp/taichu/entry-11321961511.html

http://ameblo.jp/taichu/entry-11299608145.html


<大理石工場>

太魯閣から戻ってくると、途中で大理石工場(つまり、お土産物屋)に立ち寄った。なるほど、ここの時間がたっぷりほしかったのだ。

あれ、ここは以前鐘さんと阿美族舞踏を見に来たところだ。その隣に大理石工場があったのだ。確かに鐘さんのお土産物屋は、石の芸術品をお土産として販売していた。結局大理石はどうでもよく、その先の石の高級芸術品の販売があった。鐘さんによると、秀林郷の桟北渓では台湾特産の玫瑰(薔薇)石が採れる。黒い台紙にピンクのバラが咲いたようにも見える。川原には今でも小さい玫瑰石を見つけることができるそうだ。残念ながらお土産物屋は撮影禁止。ほかに猫目石(キャッツアイ)、トルコ石、大理石の彫刻。台湾人の大好きな「玉」が数多く販売されている。私には価値はわからないが、日本円でも万単位である。一番安い小さな緑の根付けをお土産に買った。玄関にでも厄除けで置いておこう。車中では無料の中国結びストラップの配布がされていた。


石工場7

大理石工場

石工場1
大理石工場


<太魯閣號>

12:15発の太魯閣號(http://ameblo.jp/taichu/entry-11322698185.html )で台北に向かう2時間の電車の旅の始まり。太魯閣號は台湾の特急電車であり、車両は日本製の振り子電車である。

花蓮站は鉄道公園になっていて、蒸気機関車等が展示されているが、そちらの見学はなかった。

駅の7-11でビールを調達。もちろんこれはツアー費用には含まれていない。今日の昼食は太魯閣號車内での弁当である。

台日交流記-太魯閣號
太魯閣號


太魯閣號弁当

今日の昼食。日本の弁当と違い、ご飯の上におかずが乗っている。台湾では花蓮と台東の間にあるコメの産地の池上弁当が有名。

太魯閣號
新型車両です。

出発したら小雨が降りだした。台北までの北廻線は難所が多く、蘇奥まではトンネルが続く。雨が降ると、電車も道路も通行止めとなる。


花蓮と蘇奥を結ぶ道路は蘇花公路(http://ameblo.jp/taichu/entry-11299564717.html )と言われている省道9号線の一般道で、工事が難航した。日治時代は、船で来るか、太魯閣からの3000m級の山道を歩いてくるしかなかった。今は2時間で台北に着く。しかし、この太魯閣號の切符はすぐ売り切れてしまう。なかなか思うように買えない。乗ることができたのは今回が2回目である。昨年新しく台東まで電化がされたので、ピュマ號が走るようになった。これも太魯閣號と同じ日本製の振り子電車である。

ぼんやりと遠くに亀山島を望みながら台北の帰路は太魯閣號で昼寝の時間となる。


太魯閣號切符
座席には切符ホルダがあり、検札が来ても安心。

<台東>

3日目、2日間で600kmもバスで走ってくると、さすがに旅行客にも疲れが見え始めてきた。旧台東站近くで昼食。


金針2

昼食。チキンカレー、金針湯、にんにくの芽といかの炒め等


旧台東站(http://ameblo.jp/taichu/entry-11320225154.html )の説明はない。日治時代の鉄道公園になっている。また、食堂のとなりの鯉魚山公園には台東神社(http://ameblo.jp/taichu/entry-11043593989.html )があったのだがそんな説明はない。昼食後、出発まで15分ほどあったので、さっそく鯉魚山公園に散歩に行った。

台東にも、古い日本家屋があるのだが、昼食を食べると通り過ぎるだけとなる。


ここ台東から花蓮に続く省道11号線花東海岸公路(http://ameblo.jp/taichu/entry-11299604370.html )は約200kmあり、台湾のサイクリストにも、海岸線を走る有名なコースでもある。富岡漁港からは、近くの緑島(http://ameblo.jp/taichu/entry-10871007964.html )や蘭嶼(http://ameblo.jp/taichu/entry-11060914667.html )にも高速船が出ている。


<三仙台>
成功に到着。とうとう小雨が降りだした。三仙台にてトイレ休憩。


三仙台
三仙台


長濱の八仙洞は台湾の古代文明発祥の地。左手にそれを見ながらバスは進む。皆さんお疲れのようで、ぐっすり眠っている。


<北回帰線標誌>

豊濱、ここはもう花蓮縣。北回帰線標誌(http://ameblo.jp/taichu/entry-11320591842.html )を見物。バス車中では北回帰線通過証明書が配られる。他にも台湾には北回帰線標誌がある。まだ、ここで花東海岸公路は中間地点。多くの橋とトンネルを抜け、花蓮に着くころには、日も暮れていた。

北回帰線標誌 舞鶴:http://ameblo.jp/taichu/entry-11320562533.html

北回帰線標誌 嘉義:http://ameblo.jp/taichu/entry-11320560078.html


ホテルに着いたのは夕方6時過ぎ。7時からホテルの食堂で夕食だ。今日のホテルは、今回のツアーで一番きれいで大きいリゾートホテルだ。格安ツアーなのでビジネスホテルのようだったが、ここは違う。


自由行動
<花蓮の夜市>

早速フリーの時間となり、今日も花蓮の夜市へホテルからタクシーで行ってみる。花蓮の夜市は南濱夜市とガイドさんが言っていたので行ってみた。半分以上が閉店、というか出店していないのだろう。閑散とし、顧客はほとんど見ることはできない。ここは失敗だ。こんなさびしい夜市も初めてだ。タクシーもいない。やはり、夜市はにぎやかでないと見ていてつまらない。それではと、夜道を歩いて旧花蓮站(http://ameblo.jp/taichu/entry-11425136123.html )近くの鐡路夜市に行ってみた。花蓮鉄道管理所も台湾の古蹟ある。

まだ明るい。若い人たちも多い。果物屋さんには、釈迦頭が売っている。

「これ今食べられますか?」

つまり、熟していますかと言うことなのだが、釈迦頭は傷みやすいため、日本も桃と同じように固いうちに収穫し数日置いたところが食べごろになる。

「だめだめ」

と、素っ気のない店員のこえが遠くから聞こえる。

角に切ってすぐに食べられるようにした蓮霧が売っている。2袋NT$100。10個分ぐらいは入っているだろうか。夕食後のデザートにしては多すぎる。

「2袋は多い。1袋でいいから安くして」

もうお客さんのいなく、閉店間際なのだから安くしてくれるかと思ったら、外国人とみて、安くしてくれない。仕方なく、NT$50で1袋買い、つまみながら夜市の散策に行った。でも甘くてうまい。

花蓮には原住民の阿美族の人が多い。阿美族の名物は「もち」である。台湾でも、日治時代の名残で「もち」と発音する。ここに来ると必ず行く店がある。「曽記もち」と「阿美もち」の看板を街の至る所で見かける。その中でも、この旧花蓮站近くの「曽記もち」には、日本でいうところの大福がここだけはおいてある。小豆、ゴマ、と数種類ある。これがうまい。店に入っていくと大勢の客が押し寄せている。お土産の小さい饅頭のようなお菓子を買っている。日持ちがいいからなのだろう。大福は好きなものをトレイに乗せて会計に行く。会計に並んでいると同じツアーの中国人家族と会う。さっき夕食で同じテーブルだった。彼女たちは上海出身で、現在、東京に住んでいるそうだ。娘さんは日本語、北京語、上海語と流暢なのだが、両親は移住して間もないため日本語を話せない。

「你好」

と私が言うと、

「あら、こんばんは」

と彼女は日本語で返答。

「珍しいところでお会いしましたね。」

「ガイドさんに花蓮のお土産を聞いたらここがいいと言っていたので、買いに来ました。」

「この大福もおすすめですよ」

「そうですか」

と、このツアーで知り合った人と会話が進む。

夜市を散策しているうちに、もう10時近くになった。交差点で、なるべくきれいなタクシーを捕まえて乗った。

ホテルの名前を忘れた。

「中信飯店」

「中信飯店?」

私はいつも出かけるときに、部屋にあるホテルのカードを持ち歩くことにしている。それを運転手に見せると、ホテルのマークを見て理解したようだ。

「もう中信飯店はないよ。今は新しい名前になったんだ。」

と教えてくれた。

花蓮にも日治時代のものが数多く残っている。

妻に、走るタクシーの窓越しに、右手の日式住居を見つけて説明していると、運転手が

「松園別館を知ってるか」

「ええ、3年前に行ったことがあります。」

「あれは日本軍の特攻隊の建物だ。」

と教えてくれた。

それからは、運転手は中国語で花火のように喋り捲る。こっちは、早すぎてよくわからないほどだ。

「こおこだよ、ここ。左に行ったところだよ。」

「3年前に行きました。」

でも、丁寧で、親切な運転手であった。

軍用宿舎(http://ameblo.jp/taichu/entry-11425130613.html

松園別館(http://ameblo.jp/taichu/entry-11089230096.html

高雄(蓮池潭) ・・・三仙台・・・北回帰線・・・花蓮


ホテルで朝食を済ませると、なんと、今日は朝から免税店回り。愛河のほとりにあった。この前を何度も通ったことがあるが、ここに来るとは思わなかった。またここでも1時間。みんな店からでて、まだ、バスが来ていないので外でジュースを飲んだり、たばこを吸ったりしている。私は愛河の散策。


<蓮池潭>

今日は台湾の南半分を回る、昨日同様の400kmの長旅である。まずは、高雄市の北部にある蓮池潭(http://ameblo.jp/taichu/entry-11339513351.html )に行く。ここは、私にはあまり感動する場所ではないが、数多くの日本人観光ツアーで縁起を担ぐため、この龍の口から入って虎の口から出る。台湾の廟の多くは、入口の山門の右側の壁画には龍が描かれている。逆に左側には虎が描かれている。そこにかかるジグザグの九曲橋は魔除けになる。


蓮池潭14

蓮池潭


蓮池潭の駐車場は清国時代の鳳山城の城壁(http://ameblo.jp/taichu/entry-11153566058.html )が残っている。もちろんこちらも台湾の古蹟である。こちらのほうが文化的価値があり、台湾をよく知る上では重要かと思うが、ガイドの説明はない。



高雄は天然の良港でもあり、軍港、工業都市としても栄えてきた。旗津は海鮮料理やさんも多い。また、台南同様に日治時代の建築物がたくさん残っているところでもあり、日本のツアーには含まれないのが残忍に思う。


旧高雄港站:http://ameblo.jp/taichu/entry-11168281311.html

高雄武徳殿:http://ameblo.jp/taichu/entry-11101477445.html

橋頭糖廠:http://ameblo.jp/taichu/entry-11118150877.html

高雄市役所:http://ameblo.jp/taichu/entry-11089182582.html

今日は天気が悪い。天気予報では午後から雨のようだ。高雄から屏東に入る。高速道路も南洲で省道1号線(http://ameblo.jp/taichu/entry-11317043540.html )下りる。


南洲には日治時代からの南洲糖廠(http://ameblo.jp/taichu/entry-11069918450.html )がある。ここで回りには冬が季節の蓮霧(http://ameblo.jp/taichu/entry-11578056485.html )畑が続く。


この1号線(屏鵝公路)は台湾の本島最南端の鵝鑾鼻(http://ameblo.jp/taichu/entry-11299599986.html )に向き合う道路でもあり、夏には海水浴の若者でにぎわう。


枋山の小さな食堂でトイレ休憩。さっきガイドさんから蓮霧の紹介があり、食堂の角にちょっとした菓子や果物があり、蓮霧も売っていた。昨日、六合夜市の値段の倍はする。産地なのに観光客相手だと、食堂もただでトイレは貸さないのか、しっかり儲けている。日本人にとっては、珍しい食べ物なので、皆うれしそうに食べている。


楓港から南に行ったところに車城と言うところがあり、牡丹社事件で犠牲なった琉球藩民の墓(http://ameblo.jp/taichu/entry-10992529419.html )が手厚く祀れてている。近くにはその石門古戦場(http://ameblo.jp/taichu/entry-10992546858.html )や四重渓温泉(http://ameblo.jp/taichu/entry-11317080354.html )もあるが、ここは日本の観光コースには入っていない。

楓港からは省道9号線に入り、山道を横断し太平洋側に向かう。壽峠(http://ameblo.jp/taichu/entry-11299601460.html )からは曲がりくねった狭い山道が続き、狭いバスの中の旅行客もさすがに疲れ切っている。


ようやく山道も終わり達仁に到着した。ここ9号線(南廻公路)は、天気が良ければ青い空、青い海ときれいな海岸線が続くのだが、本日はあいにくの曇り。海は波が高く濁っている。

沿道には釈迦頭(http://ameblo.jp/taichu/entry-11320110417.html )の街頭販売である。

省道11号線で台東市内を通り抜け昼食。



埔里の名物と言えば、ビープン(米粉)である。台湾では新竹が有名ではあるが、埔里も負けず劣らずのいいものが生産されている。また、蝶好きの方には、ここはたまらない。数多くの蝶を見ることができる。


また高速道路から台南に向かう。台南までは約2時間。台南は台湾の古都。歴史的建物が数多くある。もちろんあ日治時代の建築物が産業遺産として残っている。

台南州庁舎(http://ameblo.jp/taichu/entry-11089165940.html

台南站(http://ameblo.jp/taichu/entry-11034874453.html
台南武徳殿(http://ameblo.jp/taichu/entry-11101500641.html

数が多くて紹介しきれない。しかし、日治時代の建築物の紹介はなかった。


台南(赤崁樓)

高速道路を下りると間もなく、台南公園を抜け赤崁樓(http://ameblo.jp/taichu/entry-11375476696.html )に到着。もう、夕刻になった。赤崁樓の夜景である。赤崁樓は1653年オランダ人の要塞で、現在は煉瓦の石積だけは残っている。オランダ人を駆逐した台湾の英雄 鄭成功はここに承天府という役所を建てた。台南では赤毛のオランダ人にちなんで紅毛城と呼ばれている。赤崁樓は手前が鄭成功を祀った海神廟、奥が文昌閣となっている。ツアーでは、海神廟の2階に上り、文昌閣を見ずに通り抜け東門からバス停に出てしまった。赤崁樓を通り過ぎたといっていいだろう。


日治時代の台南市長羽鳥又男は城壁の復元を図った。海神廟手前の石碑は土に埋もれていたものを発掘し、復元されたものである。ツアーではもちろんそのような説明はない。


赤崁樓夜景1

赤崁樓(海神廟)


赤崁樓夜景2

赤崁樓(海神廟)


赤崁樓夜景4

赤崁樓(海神廟)


赤崁樓夜景3

赤崁樓(文昌閣)

文昌閣魁星像5

赤崁樓(文昌閣)


これは、学問の神様である。ユニークな姿に感動してしまいます。このツアーでは紹介がないので、個人で見に行きました。ツアー客は短い時間とはいえ、フリー時間があるにもかかわらず、もうバスに戻っていた。出発時刻前に戻った我々でも最後であった。もっとゆっくり回ったらどうだろうか。それとも夕刻で食事の時間なので早めに戻ったのか、台湾の第1級古蹟には興味がないのだろうか。

この台南は名物料理がたくさんある。

漁師のまかない料理の担仔麺(http://ameblo.jp/taichu/entry-11578131941.html

名前がユニークな棺材板(http://ameblo.jp/taichu/entry-11578134588.html


また、バスに乗り宿泊地の高雄に向かう。高雄で夕食。皆さんもツアーの夕食は楽しみにしていることだろう。今日は「客家菜」。台湾では、16世紀ごろに大陸からの移民が多く、広州等から客家人が移ってきている。現在でも人口の15%程度が客家人と言われている。栗苗、北埔(http://ameblo.jp/taichu/entry-11315200165.html、東勢、美濃(http://ameblo.jp/taichu/entry-11331601721.html )等に住んでいる人が多い。客家菜は日持ちのする乾物や山菜が特徴であり、質素で少し味が濃い。私は特に板條という麺(http://ameblo.jp/taichu/entry-11579304230.html )がおすすめである。でも、今日の食事にはなかった。野蓮という水の中で栽培するセリのような、にらのような野菜を始めて食べた。癖はなくおいしかった。


野蓮


ホテルは高雄站に近い。20:00にツアーは終了。


早速自由行動。本日は台湾名物「夜市」である。高雄と言えば「六合夜市」である。高雄駅から地下鉄で1駅なので、歩くことにした。高雄は五番の目のように道路が組まれているためわかりやすい。日治時代の旧高雄站を右に見ながら道を急ぐ。歩行者天国となった「六合夜市」が見えてきた。私の好きな胡椒餅をつまみ、季節の果物「蓮霧」をデザートの食べ歩き。いま、夕食が済んだばかりなのに、まだ食べることができる。臭豆腐が香る。なに、名前の通り、臭いという人がいるが、これは、香りである。皆さんも話の種に一度食べてみてはいかがでしょうか。一度食べると、結構おいしいものですよ。煮込んだものと油で揚げたものがあります。油で揚げたものは、醤油と七味をかければ厚揚げでしょう。


ボラの卵は「からすみ」ですね。夜市では空港やデパートよりも安く購入できます。もちろん真空パックに入っていますので長持ちします。少し小ぶりではありますが、火であぶって、にんにくの芽と大根に挟んで食べるとチーズのような味がします。


六合夜市
六合夜市


このようにして、2日目の夜は暮れて行った。

台北(総統府、中正記念堂、お茶お土産屋)・・・日月潭(文武廟)・・・台南(赤崁樓)・・・高雄泊


いよいよパックツアーの始まりだ。朝ホテルのロビーに集合すると、台北市内ツアーと私たちのように台湾一周ツアーの日本人でごった返していた。大型連休でもない平日なので、定年を過ぎた老夫婦が多い。迎えに来たのは、ベテランの台湾人ガイド。日本語はもちろん上手である。今日は台湾縦断400kmの移動である。


<総統府>

日治時代の台湾総督府(http://ameblo.jp/taichu/entry-11160174875.html )である。車窓からの見学だ。この近辺には日治時代の古蹟がたくさんあるのに説明がない。

台湾博物館:http://ameblo.jp/taichu/entry-11160178962.html

台湾専売局:http://ameblo.jp/taichu/entry-11160181416.html

監察院:http://ameblo.jp/taichu/entry-11196185127.html


<中正記念堂>

ホテルを出発すると、まずは中正記念堂。正面デートでバスを降りると、写真をとってまた乗車。ほとんどトイレ休憩に近かった。なぜそんなに急ぐのか。


<お茶お土産店>

その理由が、そのあとのお茶お土産店につながってくる。バスがアパートの一角に横付けされると、店の名前も出ていない地下店舗に案内される。お茶屋さんだ。まずは店主が日本語で烏龍茶、プーアール茶等説明がある。お茶だけではなく、お茶うけのへちまの種や大根の漬物、乾燥マンゴウの説明もある。さあ試飲だ。まずは、安値の烏龍茶。まずくはないが、香りと甘みがない。これは、台湾人にとってはとても烏龍茶とは言えないだろう。次は高級烏龍茶。これはまずまず。素人の私にも、一般的な烏龍茶だとわかる。値段は市販の倍くらいだろうか。つぎはプーアール茶。これはもう漢方薬である。値段も万単位。ここに1.5時間はいただろうか。お土産の買わない私には退屈で仕方がない。日本人だ。結局1/4斤の烏龍茶を購入してしまった。まだいい。出口がわかっているからだ。これが大陸(http://ameblo.jp/taichu/entry-10994434998.html )に行くと買うまで出させてくれないという苦い経験もしている。

その後、バスの中で無料のお土産茶が配布になっていた。


中正記念堂ゴミ箱
中正記念堂とごみ箱


高速1号線を南下している。私の連れは、いつものように朝から昼寝。このまま行くと、台中の住んでいたアパートが車中から見える。あれ、新竹で高速3号線に入ってしまった。台中高鐵站を越してから3号線かと思ったら残念。


<日月潭(文武廟)>

台中を抜けると、埔里まで高速道路が開通しているため、時間が大幅に短縮された。遠い将来は、合歓山を抜けて花蓮までの台湾の屋根を横断する高速道路の計画があるそうだが、いつになったら開通するのだろうか。

埔里も観光地であるが、日本人にはなじみが薄い。


今回のツアールートに入ってはいないが、

紹興酒の埔里酒廠(http://ameblo.jp/taichu/entry-11359827080.html

台湾のへそと呼ばれている台湾地理中心(http://ameblo.jp/taichu/entry-11467186932.html

台湾の花見と言えば油桐花(http://ameblo.jp/taichu/entry-11467192274.html

能高神社跡(http://ameblo.jp/taichu/entry-10925484974.html

その先には、

霧社事件の霧社(http://ameblo.jp/taichu/entry-10871034548.html

最高地の廬山温泉(http://ameblo.jp/taichu/entry-11359750639.html

台湾のスイスと言われる合歓山()

お茶の梨山(http://ameblo.jp/taichu/entry-11038217890.html

花蓮に続く道(http://ameblo.jp/taichu/entry-11299608145.html

がある。

皆さんも訪れてみてください。


高速を降り、埔里を抜けると魚池。ここには、原住民のテーマパークの九族文化村がある。また、日治時代には魚池神社(http://ameblo.jp/taichu/entry-10925488823.html )があった。


魚池う過ぎるとT字路となり、日月潭にぶつかる。周囲は30km程度。右に曲がるとバスセンターであるが、文武廟は左折。

日月潭(http://ameblo.jp/taichu/entry-11348708238.html

日治時代に造られた魚池気象台(http://ameblo.jp/taichu/entry-11049180902.html )や紅茶試験場(http://ameblo.jp/taichu/entry-11049178950.html )もある。


もちろん、以上のような解説はガイドさんからはなかった。

孔子を祀った文武廟にて日月潭を眺め、次の台南に移動。


文武廟1

文武廟


文武廟大聖殿
大聖殿


文武廟關帝天井

關帝


文武廟大成殿

大成殿


文武廟孔子像

孔子


文武廟屋根2
大成殿屋上より日月潭を望む。


埔里に戻り、昼食となる。

さあ、九份の夜景を楽しみましょう。

以前は休日の昼間に来たら、7-11横の老街(基山街)はまるで原宿のように若者の観光客でいっぱいだった。

現在、20:30。帰りのバスは21:30金瓜石発なので、10分後に九份に着くことを考えると、1時間の夜景観光ができる。老街は観光客もいない。外灯のみがついていて、店は閉まっている。これが、あの九份?あのにぎやかな九份?信じられなかった。日が暮れる夕方、しかも休日であればもっと観光客でにぎわっているのだろうが、あまりにもさびしい。


九份基山街夜1

基山街


老街の中ほど、日本では「千と千尋の神隠し」で有名になった豎崎路に着いた。

台湾ではここ九份は鉱山の街であり、その閉山に伴い街がさびれていたが、戦後の台湾を描いて映画祭で入賞した「悲情城市」という映画で、現在では有名観光地である。千と千尋以前から有名である。台北から近いこともあり、淡水と同様に、最近の日本からのツアーのも組み込まれることが多くなった。この先に金瓜石(http://ameblo.jp/taichu/entry-10932432401.html )という地区があり、ここは日本統治時代、同様に金鉱で栄えた町でもある。そちらには日本統治時代の建物が復元され、黄金博物館もある。そちらはまた機会があれば詳細に紹介しましょう。

九份豎崎路夜2

豎崎路


ひときわ明るい建物が見える。阿妹茶館である。湯ばーばの建物だ。


九份阿妹茶館夜

阿妹茶館


若いカップルが数組写真を撮っている。夜景がきれいだ。あかるすぎず、ほの明かりの中にきれいに並んだ赤い提灯と室内の明かりがとても印象的である。


九份阿妹茶館夜入口

阿妹茶館入口。


中に入っていくと、入口でおばちゃんが

「お茶、それとも食事」

と優しく迎えてる。夕方に桃園空港から来て、ドタバタしながら何とかバスに乗って九份に来たため空腹だ。

「食事がしたいのですが。」

「それじゃ、こちらへ」

と右手の2階に案内してくれた。時間も遅いので、茶藝館には、お客さんは見えない。2階は昔ながらの作りで、窓からは夜景がきれいに見える。

隣には若いカップルが食事をしている。夜景をバックに写真を撮っている。やはり、九份の夜景はここが一番かもしれない。


九份阿妹茶館夜基隆方面

阿妹茶館の窓辺にて基隆方向


おばちゃんがメニューを持ってきてくれた。もうすぐ9時になる。最終バス到着まで残り30分である。

麺が目に入った。

「牛肉麺と海鮮麺お願いします。」

「今は、小吃が付いていますよ。」

確かに、市内の麺に比べると、観光地だけあって値段も少し高い。そうはいっても日本円で600円程度である。

「なにか飲み物は?」

「台湾啤酒」

ビールは大瓶1本で牛肉麺が食べられるから、なかなかいい値段である。


九份阿妹茶館夜牛肉麺

阿妹茶館の牛肉麺


台湾の牛肉麺の牛肉には牛筋肉が高級品と言われている。日本でいえば「霜降り」が好まれるが、一般の牛肉には霜降りはない。脂肪分はいらないのであろうが、この霜降りは、味がいいと思うのだが、日本料理屋さんでしか見かけない。一般には赤みが食されるのだろう。筋肉というと固いイメージがあるが、やわらかくチャーシューのように煮込んである。スープは色が濃いが、思ったほどしつこくなく、あっさりしている。うまい。


もう、9時20分だ。

おばちゃんに

「おいしかったよ。いくら?」

というと、

「ありがと。下で会計をしてください。」

という。

そういえば入口に会計があった。

会計を済ませると、一目散に基山街を戻っていく。


7-11に戻ってきた。さて、帰りの台北行のバス停は7-11の向かいにあったがバス停の標識が見えない。さてどうしよう。もう9時30分だ。金瓜石を出発した時刻だ。もうすぐバスが来てしまう。7-11に入って聞いてみた。

「すみません。台北行きのバス停はどこですか?」

若い女性の店員は、おもむろに後ろにあった壁掛け時計を見て、

「もうバスが来ますよ。向かいの坂を上ったところです。急いで!」

昔のバス停より坂を上ったところにあるようだ。

「ありがとう」

駆け足でバス停に向かう。7-11では何も購入せず申し訳ないと思いながら、息切れしながらバス停に着いた。

九份は道幅が狭く、曲がるくねっているため、乗用車がようやくすれ違うほどしかない。そのため、坂を上った道幅の確保できるところに、バスが2台停車できるスペースを確保したようだ。バス停には、瑞芳と台北の文字がある。バスは9時45分に着た。数人の乗客が乗っていた。仕事帰りだろうか。曲がりくねった道を通り瑞芳の街中に入ってきた。順に降車していく。台北市内に入って饒河夜市を越え、松山空港を過ぎるころには乗客は誰もいなくなった。地下鉄の高架線が見える。そろそろバスに乗車した忠孝復興站のはずだが、まだだろうか。バスが停車した。運転手が

「終点の中崙です」

と告げてくれた。

「忠孝復興站ですか?」

運転手は、先を指さして、向こうに忠孝復興站があるという。

最終バスは、中崙で終わりになる。

忠孝復興站は歩いて5分だ。ビールが効いてきた。忠孝復興站でトイレ休憩だ。無事台北に帰ってきて、地下鉄でホテルに帰る。

ドタバタした1日が終わった。


九份の夜景(http://ameblo.jp/taichu/entry-11758058331.html

日本に戻って以来、何度か仕事で台湾を訪問しているが、日本の台湾ツアーではどんな案内をするのか興味を持った。なにより、妻にダイジェストではあるが、台湾一周のプレゼントをしてみたかったのである。もちろん自分でも案内はできるが、東海岸の交通の不便さを考えると、3食、ガイド付きのパックツアーに参加することにした。最近では海外旅行も身近になり、価格的にも手ごろになってきた。今回のパックツアーは、H社を使い、成田火曜日出発の成田土曜日着4泊5日で4万円前後である。 もちろん、航空便の指定はできない。


1日目(火曜日)

桃園空港に着くと現地の旅行会社の人が看板を持って立っていた。日本語のできる若い台湾人の女性と運転手である。何と迎えは我々二人だけであった。大型のワゴン車に乗り台北のホテルに向かう。

19:00台北のホテルにチェックインすると本日のツアーは終了。後は自由である。


フリーツアーでは、経済的に、いかに時間を有効に、また、台湾庶民の生活に触れるかを考慮した。、事前にどこに行きたいか尋ねておいたところ、千と千尋の神隠しのモデルとなった「九份」に行くことにした。九份の夜景は私も初めてである。パックのオプショナルツアーで行けばNT$1500ぐらいとられるであろう。

基隆客運(http://www.kl-bus.com.tw/content/routeContact.aspx?t=2&id=5 )にて九份(最終地は金瓜石)行きの路線バスも出ている。金瓜石からの台北行の最終バスは21:30なので、台北と九份は約1時間かかり、散策を最低30分とみても19:50の台北発のバスには乗りたい。料金は地下鉄カードも使えて、片道NT$90(現金ではNT$102。バスに両替機はありませんので要注意。)


ホテルの近くの7-11で地下鉄カードにNT$300をチャージし、もう1枚新しいのがほしいというと、ちょうど、そこにはなく、バス停に行ってくれと言う。やむなく、バス停のある忠孝復興站までタクシーを飛ばした。タクシーもバスも地下鉄も、公共交通機関は日本と比べると大幅に安い。バス停はSOGOの向かい。19:40着。サークルKにて新しい地下鉄カードを買うことができた。昔乗った時にはSOGOのむかにバス停があったが、金瓜石の表示がない。あと3分で出発というのに。近くにいたひとに金瓜石のバス停はどこかと聞いたら、今は先の交差点を左に曲がったところに移ったという。走って向かう。バス停を見つける前に交差点に金瓜石のバスを見つけた。ちょうど赤信号で止まっているところであった。すでにバス停を出発していた。バスに近づき入口の前で運転手に手を挙げたら、ドアを開けてくれた。「九份?」と言って入口で地下鉄カードを清算機に着けて乗車した。乗せてくれた。ドタバタしたが、何とか乗ることができた。後は1時間の仮眠である。瑞芳站からは、大学生らしき若い男女が数人乗ってきた。ここ過ぎると山合いに入り、曲がりくねった道が続く。山の上に明かりが見えてきた。九份である。7-11前で下車。九份夜景の始まりである。



台湾では停電になることは、台風が上陸した時ぐらいで、まず、なることがない。台湾では3000m級の高山が多くあるが、資源と言えば水力と風力であろう。地熱発電所はあるのだろうか。炭坑は、今はなく、油田も苗栗(http://ameblo.jp/taichu/entry-11316726044.html )にはあるものの商業ベースには至っていないであろう。


(1)原子力

台北縣(http://ameblo.jp/taichu/entry-11299564302.html )や屏東縣にあるようだ。

台日交流記-核一廠

台北の原子力発電所


(2)火力

澎湖 縣尖山發電廠(http://ameblo.jp/taichu/entry-11275062854.html

台日交流記-尖山發電廠
尖山發電廠。きれいに彩られた煙突である。


台中縣龍井(http://ameblo.jp/taichu/entry-11299570116.html

台日交流記-火力発電所

龍井の火力発電所


(3)風力

新竹縣(http://ameblo.jp/taichu/entry-11299565559.html

台日交流記-風力発電

新竹の風力発電所


澎湖 白沙郷 中屯風力發電廠http://ameblo.jp/taichu/entry-11275113994.html

台日交流記-中屯風力發電廠1
澎湖の風力発電

(4)水力

花蓮縣太魯閣(http://ameblo.jp/taichu/entry-11331524616.html

台日交流記-太魯閣発電所遠景



太魯閣発電所


花蓮 銅門 東部發電廠http://ameblo.jp/taichu/entry-11331422262.html

台日交流記-銅門東部發電廠5

銅門発電所


南投縣日月潭にも水力発電所があり、これは、日治時代に建設されたものである。