今年の社労士試験の受付が始まったようですね。これからが受験生のヤマ場となります、皆さん頑張ってください!

 

さて、ちょっと早いかもしれませんが、実体験も含めて、今回は受験後の過ごしかたをお話したいと思います。

 

以前ブログで書いたとおり、2年目で合格しましたが、今回のメインはその合格した年の受験後のことです。というのも1年目は全然合格レベルに達していなかったので、受験後の過ごし方も2年目とは全く違いました。

 

1年目は全く手ごたえがなかったので、

1か月程度勉強を休んでから、講義で使用したテキストを何気なく読むようにしました。

この際もテキストの文字を目で追う程度でしたが、

記憶に定着していた部分は振り返ることで忘れない効果があったかと思います。

 

その後次年度試験のための講義に申し込んでからは、本格的に過去問を解き始めました。

ただ、この時も1日何時間とは決めずに、

あくまで講義が始まってから本調子が出るための準備として行っていました。

そして、講義が始まってからの勉強方法は以前のブログのとおりです。

 

さて、2年目の受験後ですが、1年目と明らかに違いました。

正直手ごたえはありませんでしたが、

(理由はこちらのブログをお読みいただければわかるかと思います)

勉強疲れもあり、しばらく社労士に関わるものから離れていたく、全く触れずに過ごしていました。

そのうちに「落ちてたらその時勉強をスタートすればいいや。基礎はできてるはずだし」と思うようになり、

合格発表まで一切勉強をしませんでした。

 

そして、2年目で合格したのですが、

人間は自分に甘いもので、合格したとたんテキストはもちろん

社労士に関わる本も読まず、ただただ合格の余韻に溺れておりました。

 

そして、恐ろしいことは突然やってきます。

とある社労士事務所の採用試験を受けた際です。

 

面接の前に1時間ほど筆記試験がありました。

どれも社労士試験に出題されそうな問題で、

択一ではありませんが基礎的な問題なので回答するのに手間取るような問題ではありませんでした。

ところが、一切回答が頭に浮かびません!

あれだけ勉強し、それからまだ1年も経っていないのに、

問題の半分くらいは白紙のままペンが全く動きませんでした。

 

「割増賃金の計算において除外されるものは?」

なんかこの問題が出されたことをひどく憶えています。

当時は通勤手当や臨時に支払われる手当、

1か月を超えて支払われる賃金(ただ、当時は「賞与」と記載したかと思います)

しか答えられなかったと思います。

もちろんこの事務所は落ちました、、、、、

 

また、やっと入社した社労士事務所でも苦汁をなめる思いをしました。

ある人事担当者から

「雇用保険って義務じゃないから加入しなくて大丈夫ですよね?」

お恥ずかしい話、当時はこの質問に自信をもって答えることができませんでした。

 

それからは

実務で経験したことはもちろん、社労士のこれからは労務相談が大事と考え、

関連本(菅野先生や水町先生の労働法やコンメンタール、石嵜先生や安西先生の書籍等)を

自費で購入し休みの日や空いた時間に読むようにしました。

気づけば160冊を超え、この数は業務への自信へとつながっています。

 

受験後あれだけ努力して覚えたことは

いとも簡単に記憶から離れていきます。

しかし、当然合格のあかつきには社労士業に関わっていきたいと

受験生の誰もが考えているかと思います。

そのためにも受験後少し羽を伸ばした後は、

いつでも記憶がよみがえるように少しばかりの努力をお勧めします。

また、合格された方は、是非労働関連の学術書や実務書を手に取ってみてください。

そこからがやっと社労士で飯が食える第一歩ですので。

 

 

今回は自分の無知ぶりをさらけ出します。

 

正直IT世界はようわからんです。

これでも(まだスマホとかが世に出てくる前の)だいぶ昔は

それなりにデジタルな世界のことは知識として持っていました。

HTML言語とかも勉強したのでちょっとばかりは分かっているという自負もありました。

 

そうした中で先月開設したホームページが

検索エンジンではどのくらいの順位に表示されているのか少し気になり、

GoogleとYahoo!で検索してみました。

ところが……

いくら検索しても出てこない!!!

 

『東陽町 社労士』『江東区 社労士』『東陽町 社会保険労務士』『江東区 社会保険労務士』

挙句には事務所名で検索しても一切ヒットしない。

????軽いパニックに陥りました。

昔ならホームページにかかれた単語の割合や

『キーワード』なるタグに単語を入れておくと検索エンジンが勝手に拾ってきたりで、

順位はともかく検索結果画面には表示されるものでした。

ところが事務所名を入れても全く出てこない。もう昔の知識では太刀打ちできない状況にありました。

 

そこでこの原因を究明すべく、想定されるキーワードをいろいろ試して

やっとただりついた答えが

「Googleでは個別に申請して登録してもらえないと検索結果に出てこない」

「GoogleでヒットされればYahooでもヒットされる」

ということでした。

 

よしよしここまで分かれば後は簡単!

早速Googleでホームページを登録するぞ!

と進めてみたんですが、すぐにフリーズしてしまいました。

 

なんでGoogleの説明文ってあんな日本語のわからない人がなんとなく翻訳したような文章なんでしょうか?

そしてなぜ専門用語を知っているという前提で文章が書かれているのでしょうか?

とにかく見慣れないカタカナ単語のオンパレードと

意味の分かりづらい文章のせいで何をどうしていいやらさっぱり分からず、

結局Googleへの登録方法を他の人の解説サイトを頼りに始める始末。

 

それでも悪戦苦闘しながらなんとか登録が完了しました。

Googleからも公開されたとかのメールも届き、

試しに検索してみるとヒットするようになったので一安心。

 

と思っていたら、ある日突然Googleから

「新しいページのインデックス登録の問題が検出されました」

というメールが届き再度パニック!!

一体何が起こったんだ??????

 

分からないなりにいろいろ調べてみたところ

どうも事務所のホームページのURLに「WWW」を入れずに登録したらしく、

その後「WWW」を入れてなんかやっちゃったらしく、

それが合わないとのことでメールが来たんだと推察しました。

とりあえず大きな問題はないようなので、そのまま放置することにしました。

 

さて、Googleマップに事務所の表示がされたので、

Yahooはどうかなと確認してみると……

Yahooのマップには表示されていない!

なぜ!?

がっくり肩を落としました、、、、、

さすがにもうこの辺まで来るといい加減やめようかなとか脳裏をよぎりますね。

 

でもへこたれず、理由を調べてみたところ

Yahoo!プレイスというのに申し込みが必要であることが分かりました。

で申し込んだんですが、これもいろいろ書類の提出があったり、

審査に相当時間が経過したりと簡単にはいきませんでした。

挙句にビジネスIDとかいうのが発行され、これの取扱いがまたよく分からない。

しかも説明サイトは読む気が失せるくらい文字数も多く、

こちらも説明が非常にわかりづらい!

 

もともとYahoo IDは持っているのですが、これとは別なの?

ビジネスIDがあれば何ができるの?

 

これらの答えを得られないまま何度も同じような操作を行いました。

結局連携とかいうのはやらなきゃいけないと分かったところで、

SNSに送られるコードが上限に達したらしくロックがかかり、

その日の連携作業はあきらめました。

 

翌日無事連携も完了し、ビジネスIDでのログインも完了しましたが、

アクセスしたページにはこれまたうんざりするくらいいろいろなカテゴリーがあり、

目下このカテゴリーと奮闘中です。

(正直このせいもあってしばらくブログも更新できなかったんですが)

 

Googleさん、Yahooさん、

もう少し素人にも分かりやすい解説をどうかよろしくお願いします。

 

なんか4月に入り慌ただしい日々が続き、

気づくとブログを更新していないことに気づきました。

新年度に入ったと痛感します。

 

新年度といえば、リクルートスーツに身を固めた

新卒社員らしき若者を街中で見かけることが多くなります。

 

初々しく、また、まだ慣れないスーツ姿が非常に新鮮に映り、

春の陽気も相まってなんとなく穏やかな気持ちになります。

 

新卒社員と社労士の関わり合いといえば

社会保険(健康保険、厚生年金)・労働保険(雇用保険)の取得手続きとなります。

 

私などは大手企業をクライアントに持ったことがないのでそうでもありませんが、

新卒採用の大手企業を担当している社労士の先生はこの時期大忙しなのではないでしょうか。

 

ただ、新卒なら扶養手続も必要ないでしょうし、雇用保険番号も新たに取得することでしょうから、

手続的難易度は大したことはないので、とにかく数をこなすのが大変というところでしょうか。

 

ところで新卒社員の場合、社会保険制度というものをあまり理解しておらず、

つい今まで利用していた(おそらくは親の扶養としての)健康保険証を

入社後に使用してしまうということもあるかもしれません。

これはダメです。よーく考えるとわかるかと思います。

新しい会社で健康保険に加入するんですから、

それまで入っていた健康保険からは脱退する必要があるわけです。

まあ、どちらも同じ都道府県の協会けんぽだと

健康保険証のデザインも変わらないので、そこまで考えないかもしれません。

それよりも医者に行くことの方が大事ですからね。

 

では、もし古い健康保険証を使ってしまった場合はどうなるか。

まず古い健康保険証の保険者(協会けんぽや○○健康保険組合)から

病院の窓口で支払った3割を差し引いた7割分の医療費の請求を受けます。

この差額医療費を収めると後日書面と一緒に封のされた封筒が送られてきます。

この封筒を新しく加入した健康保険の保険者に療養費支給申請書と一緒に送ります。

(ほかにも添付書類があるかもしれませんのでそれらは保険者に確認してください)

ここで最も大事なことは送られてきた封筒の封を開けないことです。

 

なんかパンドラの箱みたいですが、では開けたらどうなるのか。

答えは簡単。7割分医療費は返ってきません。自腹です。

私も当然そんなことを今までしたことありませんので

例えば「再発行されないのか?」「もう一度封して送ってもだめなのか?」

と聞かれても断言できません。

ただ、再発行はされず、開封されていると分かると支給されないと聞いたことがあります。

まあ、開けていれば明細書を改ざんした可能性も出ますから当然です。


ちなみに封筒が送られてきた際同封の書面には「開封厳禁」と記載がありますし、

封筒の封の部分にも「緘」と封字が押されていますので、

普通の感覚をお持ちであれば、まず開くことはないかと思います。

 

申請書とこれらの添付書類を健康保険の保険者に送ると

申請書に記入した口座に数か月後に振り込まれます。

 

ちなみに私は経験がないのですが、

同じ保険者((旧)協会けんぽ(東京)、(新)協会けんぽ(東京))の場合は、

もっと簡素的な手続で済むような話を聞いたことがあります。

まあ、確かに協会けんぽに7割支払って封筒を送ってもらって、

また同じ協会けんぽに申請して7割返してもらうなんて煩雑ですからね。

 

ちなみにこれも病院によるので一概には言えませんが、

古い健康保険証を使用した月と同月内に新しい健康保険証を病院に持っていくと

(その際領収証も持って行った方がいいです)

新しい健康保険証で処理してもらえるのでいちいち面倒なことにはなりません。

 

ちなみに健康保険の加入手続き中に健康保険証の代わりとなる

資格者証という書面を発行してもらえますので

どうしても病院に行きたいときはその書面を発行してもらいましょう。

ただし、この書面は有効期間が2週間ですのでご注意を。

 

(結論)

・古い健康保険証は使用しない。

・新しい会社に健康保険被保険者資格者証を発行してもらう。

・すぐに発行してもらえなければ、病院で事情を説明し、その指示通りに対応する。

 

 

東京は桜も散り始めてきました。

みなさん、今年お花見しましたか?


開花したかと思ったら、雨続き。。。

花見のチャンスもなくした、て人もいるんではないでしょうか。


そこで花見のチャンスを失った方。

桜の画像upするのでブログの中でお花見してください。



↑ちなみにここには2羽鴨がいますが分かりますか?















アングル悪いのはご勘弁ください。

こちらの記事は、「社労士試験の思い出 その1」「社労士試験の思い出 その2」を先にご覧いただいてからお読みいただければと思います。

 

社労士試験の思い出 その2」に記載した勉強スケジュールに従って進めていました。

1週間に2回過去問を解き、2回テキストを読み、翌週に前週の講義の分の過去問を解くという方法で、

割と早い段階から3回過去問を回すようにしました。

予定通り1週間のうち2日は休息日とし、どうしても勉強が間に合わなかったときはこの休息日で補うようにしました。

そして勉強スケジュールを徹底するため、1日ごとの目標と達成をノートにメモしていきました。

いい感じで勉強が進んできたときに突然とんでもないことが起こりました。

 

平成23年3月11日、東日本大震災です。

 

あれからもう12年も経ちますが、いまだにあの日のことは忘れませんし、

それからしばらくのことも脳裏に焼き付いてます。

会社から歩いて帰ったこと、途中のコンビニの商品棚が空っぽになっていたこと、車道は車で大渋滞していたこと、安全ヘルメットをかぶった人たちが不安そうに歩いていたこと、家に帰ったら食器棚は倒れ、妻が割れた食器を片づけていたこと。

翌日からは飲み水に困ったこと、しばらく節電が続いたこと、当時レジャー系の仕事についていたのですがメルマガを社長の命で送ったら、不謹慎だと何人ものお客様から苦情をいただいたこと。

 

翌日の3月12日は労働一般の講義の予定でしたが、当然中止となりました。

(確かホームページに中止となったことが掲載されていたかと思いますし、

メールでも連絡があったかと思います。

大震災後間もないのに受講生にメールを送るなんて、予備校のスタッフには頭が下がります)

当時の勉強スケジュールを管理していたノートを見てみました。3月11日も2時間ほど勉強していました。それ以降も勉強は続けていたようです。

きっともう走り出したのだからと心を決めたのでしょう。

翌週には講義は再開されました。

(翌週に講義を再開したクレアールもえらいと思います)

その講義の際、中止になった前回の講義を別撮りしたDVDと板書を配布され、各自で個別に勉強することとなりました。

(講師もこの大変な1週間で撮影したのですからそのプロ意識に脱帽します)

これも年間スケジュールの関係上、延期というわけにはいかなかったのでしょう。

震災の後遺症が続く中、私は黙々と勉強しましたし、

妻もこの時期大変な中、私の至らないところも含めてよく頑張ってくれました。

 

この年、社労士試験も大きな影響を受けました。当時送られてきたはがきです。

 

image

 

この年からしばらくの間このタイムスケジュールで試験は実施されていました。

おそらく後々受験されていた方はこのスケジュールが当たり前かと思っていたかもしれませんが、

実は震災による電力事情のため、時間を前倒ししていたんです。

それが証拠に昨年は元のタイムスケジュールに戻ってました。

 

もう一つ記憶しているのが試験会場では一切エアコンをつけていなかったこと。

電力がひっ迫しているのですから当然ですが、その代わりすべての窓は開け放たれていました。

そういえばこの年は予備校の人が試験会場前でうちわを配っていたのも覚えています。

今でも配っているんでしょうか?

 

また、個人的なことですが、珍しく試験前日にあまり眠れず、

しかも最初が択一試験の長丁場ということもあって、

試験時間の最後の方で居眠りをしてしまいました、

ふと目覚めて慌てて国民年金を解いた記憶があります。

国民年金はそんなこともあり、足切り寸前の4問正解でした(汗)

ホント危なかったです。

 

こうしていま改めて思い起こすととても大変な試験の年に幸い合格できました。

とはいえ、先ほども書きましたが国民年金は4点の足切り寸前、社一は救済、という自力で受かったのかなんだかよく分からない結果でした。もし合格者のランキングが発表されたら、相当下位ではないかと思います。

 

最後にすごく印象に残ったことを書き記します。

それは合格祝賀会のこと。

 

当時のクレアールの合格祝賀会は、公務員、司法書士、行政書士、社労士のそれぞれの合格者が同一会場で一斉に行われていました。

合格祝賀会の出席者は圧倒的に公務員科が多く、おそらく全体の半分くらいはいたかと思います。また、当然ですが公務員科は全体的に年齢が若かったです。

 

会も後半となって、クレアールから指名された何名かが合格についても思いをステージで話していました。公務員科はちょっとおちゃらけた感じでしたが、若いからなあ、くらいに思っていました。

社労士試験合格者で指名されたのは、岩手県、つまり被災地で合格された女性の方でした。わざわざ東京での祝賀会に参加したのです。正直驚きました。合格祝賀会は秋頃に行われたかと思います。まだ大変な時期ですし、何より東北の方が東京での祝賀会に参加することに驚きました。

彼女は決して感情を高ぶらせることもなく割とたんたんとお話しされていました。震災でご自宅もかなりの被害を受けたこと、勉強することも一度はあきらめかけたこと、大変な時期に家族の支えがあって勉強を続けられたこと、合格し改めて家族に感謝したいこと。

正直かなり胸に響きました。

 

ところがそんな彼女の声を遮るように公務員科の合格者が大声で話し出したのです。明らかに彼女の話に耳を傾ける様子もなく、マイクの声をかき消すように談笑していました。

ふと残念に思いました。合格祝賀会ですからはしゃいだっていいとは思いますが、少なくともステージで人が話している時くらい、それに耳を傾けるのは礼儀じゃないでしょうか。そして彼らはこれから公務員として市民のために働くんです。しかもこれから被災地復興など困ってる市民のために行動しなきゃいけないんです。そういう人が被災者の心情も聞かず談笑しているのを見ると、本当にいい公務員になれるのかが心配でなりません。

あれから12年、彼らは市民のための公務員として働いているのでしょうか。

 

感動と複雑な気持ちが入り混じった祝賀会。たぶんこの先も忘れないと思います。