もう就職先も決まり、仲間達もほぼほぼ大学に通わなくなっていた。そんな秋の日、青森駅から電車に乗って、弘前駅のホームに降りて歩き始めたところで、彼女とばったり会った。彼女も僕も大学に入学してからは接点がなく、2年の専門からは近くに居合わせることも全くと言っていい程無かった。
大学までは普通に歩くと20分ほど。その日は穏やかなテンポで会話をしながら、2人並んでゆっくりと歩いた。やりたい事が見つからないまま就職する気持ちになれず、彼女は大学院に進むのだと話した。
彼女とは中学一年生の時に同じクラスになり、一年間を過ごした。小学校が別だったので、それが初めての出会いだった。聡明で理知的な表情が特徴的な、線の細い女の子だった。席が近くなって、授業で同じ班になった事もあった様に思う。学年の中で最も気になる女の子だった。その後、高校も一緒だったが、同じクラスになる事は無かった。
大学までの道のりも残りわずかとなった時、彼女は唐突に言った。
「ずっと好きだったんだからね」
僕は驚いて彼女を見た。表面上は少しだけ驚いた風を装いながら。彼女の悪戯っぽい笑顔の唇は横に細く伸びて、その眼は少し照れくさそうに上目遣いになって僕を見ていた。
「そうだったの?」と僕は一言だけ返した。
僕の胸は喜びと悔恨が入り混じり、鼓動が高鳴った。
「でも、大学に入ってすぐ付き合い始めたでしょ。だから、いい加減諦めなきゃって思って。結構大変だったんだから」
彼女は前を見たり少しうつむいて歩く先を確かめたりしながらそう言った。
僕は、僕だって好きだったんだからねとは言わなかった。言ってどうにかなる事じゃないし、どうにかなってもいけない事だと思えたからだ。しかし、心の中では、隣に並んで歩く憧れの存在だった彼女に手を伸ばしかけていた。そして僕は応えた。
「そっか。ありがとう。嬉しい」
そして続けた。
「もう会わなくなるのかな。違う道に進むんだもんな」
「そうね。多分。そうよね」
彼女は自分の心の内を整理するかの様に、一言一言を区切りながらゆっくりと言った。そして、僕に顔を向け、微笑みながら続けた。
「話せてよかった。本当に」
僕も相変わらず綺麗な彼女の顔を見て、きちんと伝わる様にゆっくりと頷いた。そして、心の中で伸ばしかけていた手をすうっと引いた。
僕達は大学の門をくぐった。
「じゃあ、元気で」
別の道を歩き、少しずつ遠ざかって行く。
それぞれの場所へと向かいながら。