田口淳一 のブログ -24ページ目

犯罪者らは実年齢がそこなのか精神年齢がそこなのか分かりませんが、10代半ばであるような発言を延々と繰り返します。


逆ギレをひたすらに継続し、反省や謝罪などという行いは一切排除されており、それが原因として精神の成長がストップしている存在らだと考えられます。


美しい程の関東弁、外部に出ることのできない臆病な性質を考えれば、おそらく東京で生まれ、東京で育った人間なのではないかと推測をしております。


いずれにせよ、既に6年の加害になりますが、当初知り合い伝いでのなんならかのネガティブなアプローチかとの思い込みから礼儀を立て彼ら犯罪者らと脳内にて接触をしてしまい、彼らの背景など知る由も無い中、彼らは我々犯罪者らに礼儀を立てている、イコール恐怖により、服従しようとしている、などという誤ったイメージを与えてしまうキッカケ、ミスが存在しており、彼らはその凶悪犯罪者である我々に礼儀を立てるキャラクターを面白がり、ただただひたすらに本体もそのキャラクターである、との妄想から延々とそのキャラクターに依存し、寄生をし続けてる状況である。


当初からこのような幼稚かつ凶悪な犯罪者であるなどという事は当然知る由もなく、もしそれが分かっていた加害なのであれば、当然礼儀をなど立てる必要もなく、ただただひたすらに拒絶をしておけば良かったのだが、もはや後の祭りである。


彼らは、我々にゴマをすっていたら臆病なキャラクターだと頑なに信じ一方的にそれを強要するわけだが、本来解決策など必要ない。電話であれば切るだけであり、その誤解を解く筋合いすらない。


彼らが通報され、逮捕され、法的な裁きを受ければそれで良いだけであり、罪を償った時、彼らは死に値する行いに対しての罰であるから、被害者の望む死刑が決行されればそれでよいだけである。


第三者機関の関与がなされないからと、彼ら凶悪犯罪者らは無茶苦茶、やりたい放題、言いたい放題、無秩序無法地帯により捕まるわけがないとの主張からただただひたすらに、暴言暴行を被害者に一方的に与え続けているのである。


それでいて、仲良くしましょう、仲良くして欲しいくせに、拉致監禁、集団リンチ。


被害者は彼ら幼稚な犯罪者らのサンドバッグとして暴行を受け続けなければならない。


この狂った状況を使って、人間関係を築き、人間をおもちゃの様に弄ぶ、正に恐ろしい事態がここに存在している。


倫理のない彼らの犯罪者、成人式を破壊する様な精神で人間個人の人生に入り込み、バレないからとひたすらに脅し、嘲笑を繰り返し、被害者に自殺衝動を持たせるまでに至っている。


許される必要のない彼ら幼稚な凶悪犯罪者らに当然たる裁きが加わる事を強く願うと共に、彼らに都合の良い現実にならないようひたすらに無影響と無反応を継続する次第である。

自分が存在していなければ


理想の社会をイメージする事はできます。


自分がいなければ


人間がいなければ


世界はそう流れていくに違いありません。

夢を持つ事はとても大切な事です。

ただでさえ、自分は何のために生きているのか分からない状況な中で

その人生の時間に意味合いを持たせ、その意味合いの為に存在するというレッテルを自分自身に与えて生きる。

それが活動の原動力となり、それが存在意義となれば、私という存在自体に存在する価値が生まれ、何のために生きているのかの理由を見出す事ができます。

虚無主義などという言葉がありますが、人生は無意味で個人が人生を勝手に解釈しているだけ、なのであれば

個人は自由に存在理由を見出し、そしてその存在理由の為に存在する。

それが夢となり、生きること、存在することの意義になるのならば

私という存在自体が、夢の塊、存在意義そのものなのではないか、そう思えるわけです。