イケメン版

「オペラ座の怪人」

*3*



ミニョは、困惑した目で、自分の手に重ねられたシヌの手を見つめていた。

“シヌお兄様のことは・・・昔から、好きだけど・・・。”

「・・・・ごめんなさい。シヌお兄様・・・。」

ミニョは、深く頭を下げた。

「あぁ・・・やっぱり、ダメか・・・」

断られることをわかっていたのか、シヌは深い溜め息を吐くと、力なく笑った。

「あ、あの、お兄様、気を悪くしないでほしいの・・・シヌお兄様のことは、本当の兄のように尊敬してるし、ステキな男性(ヒト)だと思ってる。
だけど・・・今は・・・ごめんなさい。
お兄様も、知ってるでしょ?
私の夢・・・
その夢が、やっと、叶えられそうなの・・・夢に、もっと、近付くためには、音楽以外に、心を奪われてはいけないの・・・。」

「そうか・・・ミニョの夢が叶ったら、そうだな・・・今度は、舞台上で、観客の前で、プロポーズするよ。」

「えっ??シヌお兄様??」

ミニョが、目を丸くしているのを見ながら、シヌがクスクスと笑う。

「諦める、とでも思ったかい?
俺、本気だからね。
まぁ、実は、気が早いような気もしたんだけど・・・ミニョが、舞台の上で輝いている姿を観てたら、誰かに奪われそうで、ちょっと、焦っただけだから・・・それだけ、音楽に夢中なら、好きなヤツは、いないんだろ?」

「う・・・ん」

“シヌお兄様に、正体さえもわからない『天使様』が好きだなんて、とても、言えないわ・・・”

ミニョは、本心も言えず、嘘を隠すように、シヌから視線を外すように俯きながらコクリと頷いた。

「そうか・・・良かった。まだ、俺に、チャンスはある、ってことだな・・・」

シヌは、嬉しそうに微笑んでみせた。

「ミニョ、そろそろ帰ろうか、送るよ」

ミニョは、シヌに、楽屋の前まで送ってもらっていた。

「シヌお兄様、ありがとうございました。おやすみなさい。」

「おやすみ」

シヌは、楽屋に入ろうとドアを開けたミニョの肩を掴むと、ミニョの額に口づけを落とした。恥ずかしさで、顔を真っ赤にするミニョを、笑顔で見つめながら、シヌは、手を振った。

バタン

ドアが閉まり、ミニョが、ドアに背を預けながら、火照った頬に手を当て、深く息を吐いた。

「・・・ミニョ、待ってたよ。
カン子爵との食事は、楽しかったか?」

まるで、突き刺さるような棘のある、いつも以上に冷たい低い声に、ミニョの背筋は凍った。

「・・・天使様・・・どうして・・・?」

怯えているのか、ミニョの震えている声に、天使の口角が上がる。

「俺が、知らないとでも思ったのか?
俺は、お前が、音楽から、心から離れていないか、ずっと監視してるんだ。
でも、お前は、今宵、誓いを破った。
お前、子爵にプロポーズされたようだな・・・」

氷のように冷たく、抑揚のない低い声が、ミニョの心を、容赦なく突き刺す。

「そ、それは・・・」

ミニョは、目を潤ませ、首を横に振った。

「お前は、音楽より、子爵との恋を選んだ・・・違うか?」

「天使様・・・」

「お前には、失望した。
レッスンは終了だ。
俺は、誓いを破ったお前の前には、現れない・・・。」

「天使様・・・お願い!!
・・・・・行かないで!!」

ミニョは、その場に崩れるように泣いていたが、闇夜に消えてしまった天使が、現れることはなかった。

翌朝


ミニョは、ショックで、眠れぬ夜を過ごした。

『キャァァァァァ!!!!!』

突然、オペラ座に響く、甲高い女性の叫び声。

「ミニョ!ミニョ!!」

ドンドンと、部屋のドアを叩くジェルミ。

「どうしたの?ジェルミ」

「ミニョ、大変だよ!!Fが・・・今度は・・・殺人事件を起こした!!」






★★★★

ミニョのいる場所なら、何処にでも現れる、神出鬼没の天使様・・・。

さて、殺ったのは、やっぱり、Fなのか・・・?






イケメン版

「オペラ座の怪人」

*2*




レッスンを終えたミニョは、写真立てに入った一枚の写真を眺めていた。

『ねぇ、お父様。どうして、そんなにステキな音楽を作ることが出来るの?』

『それは、きっと、“音楽の天使”のお陰じゃないかな?』

『音楽の天使?』

『そう“音楽の天使”は、音楽が大好きで、音を奏でていると、音楽を聴きに地上へと舞い降りて、一緒に、美しい歌声を響かせながら、最高の音楽を授けてくれるのさ。』

『ねぇ、お父様、私も、たくさんお歌のレッスンしたら、天使様に会えるのかしら・・・』

『そうだね。天使は、音楽が大好きなんだ。たくさんレッスンを積んで、歌が上手になれば、きっと、会えるはずだよ。』

ミニョの父親、コ・ジェヒョンは、作曲家であった。
母親は、ミニョが生まれてすぐに亡くなり、男手ひとつで、父親に育てられた。
父親が、家で作曲の仕事していたため、幼い頃から音楽に慣れ親しんでいたせいか、ミニョは、いつしか、歌手になる夢を持ちはじめていた。
そんな父親も、病に倒れ、そのまま他界。その後、ミニョは、父親の知人の家に預けられたあと、念願のオペラ座の養成所に入った。
そして、舞台に立つにまで成長していたが、貰える役は、その他大勢の端役ばかりで、ミニョは、実力不足で伸び悩みながらも、毎日、歌のレッスンを続けていた。
そんなある日・・・
楽屋裏から、突如、『音楽の天使』の声が聴こえた。
姿も顔を見せないことに、最初のうちは、恐怖を覚えたが、その声の指導どおりに歌うと、信じられないほどに声が伸びやかになり、音域の幅も広がり、表現が豊かになっていった。

天使との時間は、とても楽しく、有意義な時間を過ごしていた。

そして、ミニョは、目に見えぬ相手に、いつしか、淡い恋心を抱くようになっていたが、『音楽以外に心惹かれてはならぬ』と、天使との誓いを守り、ただ、ひっそりと、天使に気付かれないように隠していた。

「お父様、私、天使様との約束を必ず守るわ。天使様とのレッスンを、一生懸命、頑張って、絶対に、プリマドンナになるから・・・」


翌日

舞台を終えたミニョが、楽屋に戻ってくると、楽屋前に、ある人物が待っていた。

「ミニョ、久しぶり。舞台、お疲れさま。」

ミニョの前に、花束を差し出される。

「ありがとうございます。シヌお兄様」

ミニョが、ニッコリと笑いながら、花束を受けとる。

彼の名前は、カン・シヌ子爵。
ジェヒョン死後、ミニョが預けられた家の息子だった。ミニョは、年上のシヌを『お兄様』と呼び、敬愛していた。

「良かったら、今から、一緒に、食事でも行かないかい?」

「・・・いいんですか?でも、シヌお兄様、お忙しいんでしょ?」

「忙しいも、何も・・・今日は、ミニョとデートするために来たんだから。」

「えっ!?デ、デートですか?」

驚いたように、目をパチクリとするミニョに、シヌは、苦笑いを浮かべた。

「アハハ、そんなに驚かないでくれよ。・・・とりあえず、まあ、いいや。お腹空いただろ?早く、行こう。」

ニコリと笑いながら、シヌは、ミニョの手を取ると、そのまま握り、引っ張るように歩きだした。

慣れない高級レストランでの食事に、ミニョは、少し緊張しながら、シヌと向かい合い、食事をしていた。

「ねぇ、ミニョ。小さい頃に、僕とした約束、覚えている?」

「約束・・・ですか?」

ミニョは、覚えていないのか、首を傾げている。

「ああ、『大きくなったら、結婚しよう』・・・と約束したんだよ。」

シヌの言葉に、目を大きく見開くミニョ。

“えっ!?ウソ!?確かに、小さい頃、よく、シヌお兄様に『ミニョ、僕たち、大きくなったら、結婚するんだよ』と言われて、ただ、頷いていたけど・・・子どものただの口約束で、まさか、本当に、シヌお兄様が覚えてるとは思わなかった・・・”

真剣に見つめるシヌの瞳に、ミニョは、困惑していた。
シヌは、テーブルの上で、ミニョの手に自分の手を重ねた。

「ミニョ、僕の気持ちは、あのときから変わらない。ミニョが、好きだ。
僕と、結婚しよう。」

手を重ね合わせ、見つめ合うふたりのそばで、黒い影が動いていたのを、ふたりは知る由もなかった。




★★★★


シヌヒョン登場で、いきなりのプロポーズ。今回のシヌヒョン、押しが違いますぜぇ(* ̄ー ̄)





イケメン版

「オペラ座の怪人」

*1*



19世紀末  パリ オペラ座

《舞台》







天井に吊り上げられたきらびやかなシャンデリア

舞台に立つ大勢の俳優とダンサーたち。
舞台のなかでも、一際目立ち、舞台の真ん中に立つ女優こそが、今宵の主役『プリマドンナ(歌姫)』・・・。
美しく豪華な衣装を身に纏い、オペラ座に響く歌声を奏でる。

そして、華々しいフィナーレと共に、沸き上がる観客の拍手や歓声

観る者すべてが、あまりの美しさにため息を漏らし、オペラ座にて、繰り広げられる舞台に人々は、酔いしれた。

そんな華やかなオペラ座では、不可解な事件が起きていた。
いつの頃か、オペラ座に謎の脅迫状が届くようになっていたのだ。
脅迫状の内容は、2万フランの請求と、5番ボックス席を常時確保を、名誉支配人である『モ・ファラン』を名指しで要求をしていた。
時には、舞台内容を痛烈に批判し、演者の降板を要求するまでに至っていた。

人々は、オペラ座に住み着いた『F(エフ)=怪人(ファントム)』と呼び、目に見えぬ恐怖に怯えていた。


《舞台袖》

舞台を終えた演者たちが、舞台袖へと戻ってくる。

「もう、Fって、一体、何者なの!!こんな脅迫状を、私に送るなんて!!冗談じゃないわ!!」

先ほどまで、舞台で一際輝いていたプリマドンナが、怒りの形相で、脅迫状を握り潰し、引き裂いた。

『ユ・ヘイ・・・
史上最悪のプリマドンナだ。
聴いていて、反吐(ヘド)が出る。今すぐに、降板しろ!!』

「ジェルミ!!私の楽屋に、誰も入らないように、見張っていてちょうだい!!」

「はい、畏まりました。」

怒り任せに、バタンと、勢いよく楽屋のドアを締める『ユ・ヘイ』。
ヘイの楽屋の前には、オペラ座の現支配人である『アン・ソンチャン』の執事見習いの『ジェルミ』の姿があった。

「はぁ・・・」

「ジェルミ、お疲れさま。
ヘイ様は、大丈夫?」

ため息を漏らすジェルミの前に現れたのは、まだ、あどけなさが残る新人女優『コ・ミニョ』の姿だった。
顔を合わせ、ニッコリと微笑むふたり。ふたりは、同じ見習い同士、意気投合し、励まし合っていた。

「ああ・・・ミニョ。お疲れ。本当に、参ったよ。大丈夫も、何も・・・。最近、ヘイ様に対するFの脅迫状の内容が、エスカレートしているし、お陰で、ヘイ様のご機嫌は悪すぎる。大きな声で言えないけど、支配人も、一層のこと、Fの指示に従って、プリマドンナを交代した方がいいような・・・
あっ、そうだ!!ねぇ、ミニョ!ミニョが、プリマドンナを演(や)ればいいんだよ!!
だって、ミニョの歌声は、まるで、天使のような最高の歌声じゃないか!!」

「ありがとう、ジェルミ。でも、私には無理だわ。実力がないんだもの。もっと、舞台経験を積んでいかないと・・・」

「うん、そうだね。でも、ミニョが、プリマドンナになったら、オレ、応援するから。きっと、ミニョなら、Fも認めてくれるはずだよ。」

「ありがとう、ジェルミ。私も、楽屋に戻って、レッスンを頑張らないと!!」

「うん、頑張って!!応援してる。」

《ミニョの楽屋 》

ミニョが、楽屋に戻ると、テーブルに、一本の深紅の薔薇が置いてあった。
ミニョは、頬を紅く染めながら微笑むと、その薔薇を手に取り、胸に抱くと、ミニョひとりしかいないはずの楽屋をクルリと見回した。

「天使様・・・いらっしゃるの?」

「あぁ、ミニョ。」

フワリと抱き寄せられる身体に、ミニョの頬は、更に紅潮するが、天使の顔は、影で、よく見えていない。

「天使様、そろそろ、私に、貴方のお顔を見せて・・・」

「それは、ダメだと言っただろ。」

優しくも、否定する低い声に、ミニョは淋しそうに俯くが、すぐに、顔を上げた。

「ええ、そうでしたね。
この楽屋で、歌のレッスンを続ける私の前に、貴方が、突然、現れた。
貴方は、私に歌のレッスンをする、その代わりに、音楽に、身も心も捧げ、立派なプリマドンナになってみせろ、と・・・音楽以外のモノに惹かれたり、貴方の顔を見てしまったら、すぐにレッスンをやめて、私の元から去ってしまうと・・・」

「あぁ、そうだ。
お前は、プリマドンナになりたくないのか?」

「・・・なりたいです。私も、あの舞台の真ん中に立ち、輝きたいです。」

「そうか。では、早速、レッスンをはじめよう。」

「よろしくお願いします。」

真夜中のオペラ座に響くミニョの歌声を、Fは聴いているのだろうか・・・

オペラ座に住み着くF(ファントム)と、ミニョの元に現れる天使(エンジェル)

その正体は、一体、何者だろうか・・・。




★★★★