中学、高校のときにお世話になった社会科の先生のブログを見つける。今年の三月に退職されたらしい。僕が海城に通っていたのがもう十年以上前、先生のクラスになったことはなかったが、僕たちが高校のときには学年主任をされていた。長い間、お疲れ様でした。
彼の最終講義のレジュメを見て驚く。まるでフランスの哲学級のような内容である。渡辺一夫や大江健三郎を中心に、アランやシモーヌ・ヴェイユといったフランスの哲学者たちへと広がりを見せながら、ユマニスムについて、そして世界のあり方について説かれている。僕も、大江健三郎を介して渡辺一夫を知り、そして大学の途中で理工系からフランス文学の世界へと転向した。中学、高校のときの教えが伏流となって息づいていたのかもしれない。
思えば、海城というのも実に恵まれた環境だった。周りには、常に刺激を与えあえる仲間がいた。どれだけがんばっても絶対にかなわないくらい頭のいいやつらがゴロゴロしていたし、試験の成績には表れないけれど恐ろしく個性的なやつらもウジャウジャいた。レヴィナスは、教育とは他者との出会いであり、他者との対話であると言っている。そういう意味では、あの学校には教育があった。
当時の海城の教育方針は、「国際的なエリートを育てる」、というものだったと記憶している。自分の考えを論理的に述べる力を養うためだろう。僕たちの年から中学入試の社会の問題は小論文形式に変わり、また中学の最後には数十ページの卒論が課せられるようになった。身だしなみも整えていることが求められたし、(特に僕は柔道部だったので)礼儀作法をわきまえているのも当然だった。
現在、パリでグランゼコールの元教授、しかも貴族のおじいさんと暮らしている。フランスのエリートという意味では、彼以上の人はなかなかいないだろう。なぜ、彼とうまくやっていけるのか。おそらく僕が、礼儀を失しないように常に意識しているから、身だしなみに気を使っているから、そして自分の考えをきちんと述べているからだろう。海城で学んだこと(僕の場合はそれにICUでの経験も加わる)は、どこの社会でも求められる分別だったように思う。
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