げんざい夜の11時。カフェオレを飲んでいる。今日はようやく『マンキュー入門経済学』と宮本常一の『民俗学の旅』を読み終える。マンキューは経済学を専門としない人でも読んでおいたほうがいい。これくらいの知識がないと、政党が発表する政策を評価することができない。『民俗学の旅』は宮本常一の自伝。なかなか含蓄のある言葉がいっぱい。「どのようにささやかな人生でも、それぞれがみずからのいのちを精一ぱいに生きるものはやはりすばらしいことである。生きるということは何かいろいろの意味があるだろうが、一人一人にとってはその可能性の限界をためしてみるような生き方をすることではないかと思う」(講談社学術文庫、p.194)。


日本文化会館の図書館でマンキューを読んでいたら、大学生らしきフランス人の女の子に話しかけられる。アンケートを実施しているので、よかったら答えてほしいとのこと。ちょうど気分転換をしようと思っていたところだったので、アンケート用紙を受け取る。内容は「恋愛に関する日仏意識調査」(フランス語)。日本の少女漫画の抜粋があり、そのあとにそれぞれのキャラクターがそのシーンで何を考えていると思うかを問う問題が続く。例えば若い男の子がガールフレンドを抱きしめるシーン、そのあとに「ここで彼は彼女のことを遊びとしか考えていない : そうではない・おそらくそうではない・おそらくそうだろう・そうである」という質問が続く(この中からひとつをマークする)。問題は全部で100問くらいで、けっこう考えさせられるものもあったが、なかなか面白かった。このフランス人の女の子、図書館で勉強していたひと全員にアンケート用紙を配っていたようで、なかなかバイタリティーがあるというか、ある意味かなりずうずうしいというか・・・個人的にはちょうどいい気分転換になってよかったのだが。謝礼として、なぜかキッドカットをもらった。


来週からモロッコ。先週の水曜日くらいにふと「アフリカにでも行こうかな」、と思い立ち、すぐにチケットなどを手配して、あっという間にモロッコへ。簡単なものだ。前のホストファミリーにも、いま一緒に住んでいるムッシュにも「きみはCARREだね」と言われた。CARREというのは字義通り訳すと「四角」という意味だが、人に対して使う場合は「てきぱきしている、開けっぴろげでずけずけしている、決断力と行動力がある」くらいの意味になる。何でそう言われたのかは分からない。パリに来て一週間足らずで滞在許可書の申請から大学登録まで、すべてを一人でこなしたからかもしれない。あるいは、アパートが完全に浸水したときに一人で後片付けをして人が住める状態にまで回復させたからかもしれない。いずれにしろ、こう言われるのは嬉しいこと。ポジティブな評価をてこにして、さらなる飛躍を目指す。(逆に言えば短気なだけかも。男同士でメシに行って、グズグズしてるやつがいるとイラっとする。)



アムステルダムビールを飲みながらトム・ウェイツを聞く。11.6%のビールなので、若干酔いが回る。まぁいいや。


備忘録。今週やったこと。新しくできた友達とバスティーユのオペラ座にトスカを見に行こうとしたが、立ち見の席のチケットをうまく入手することができずに断念。次回、また挑戦することにする。あとはBNの写真展に行き、それから『マンキュー入門経済学』と『民俗学の旅』を読みはじめる。そんな感じ。


留学の終わりを感じる日々。ストの影響などもあったため、結局は留学と言うよりも遊学という感じになってしまったが、それでも得たものは大きかった。フランス語の能力が伸びたかと言われれば、おそらくそれほど伸びていない。ただ、日本に帰ったらフランス語なんてまったく使わないし(たぶん趣味でニュースを見たり本を読んだりする程度)、それは大した問題ではない。それよりも、フランス語で話し、フランス語で読んで得たものがかけがえのない財産。


ここでの収穫のひとつ、それは日本という国をいったん客観的に見直して、そして改めて日本はいい国だな、と思えたこと。日本にいると、例えば空気を読まなければならない環境、常に相手に気を使わなければならない人間関係に嫌気がさしたりもする。でもフランスに来て、空気なんて存在しない世界、気遣いという概念がまったくない社会に暮らし、その結果ずいぶん不便を強いられる生活を送っていると、日本的な空気や気遣いが非常に懐かしくなってくる。それぞれの地域にそれぞれの文化や慣習がある。フランスにはフランス的つきあいがあるし、日本には日本的つきあいがある。それぞれの社会の成り立ちをいろいろと比べてみた上で、僕にはやはり日本的な社会のあり方が一番しっくり来る、そのことに気付けただけでも大きな収穫。日本人のお辞儀をフランス人は「あいつらはエビみたいだ」としてバカにしまくるけれど、こちらからしたら見知らぬ人といきなり頬でキスするフランスの慣習のほうがよほど気持ち悪いし異常に見える。こういうのには優劣があるわけではない。単に文化的な相違にすぎない。


あとは、仕事をするならやはり日本だな、と思えたことも大きかった。フランスにいる限り、僕はひとりの外人にすぎない。家族や恋人がフランスにいるわけでもないし、フランスという国に特別な思い入れがあるわけでもない。周りにいるフランス人がフランスやヨーロッパの未来を案じたとしても、僕にとってそれは「彼ら」の問題であり、僕自身は日本の未来のほうがよほど気にかかる。日本で活動するということは、日本人である仲間と一緒に自分の国である日本を、そのメンバーの一員として何とか良くしていこうとすることであり、その際のステークホルダーは自分の家族や恋人や友人である。イニシアティブの大きさがまったく違う。


よく、グローバル化によって国家という枠組みの拘束力が弱くなり、優秀な人間は日本を捨てて海外に飛び出すという話を聞く。しかしそれは違うと思う。経済的なグローバリゼーションが国家を揚棄するという考え方は、国家が持つ自立性を見逃すということであり、マルクスと同じ過ちを犯すことになる(cf. 柄谷行人、『世界共和国へ 資本=ネーション=国家を超えて』)。海外に飛び出したからこそ、自分が所属する共同体としての国(ネーション)のありがたみを知り、最終的にはその国のために貢献したいと思うのが人情ではないだろうか。グローバル化した資本主義社会のなかで国家にとらわれることのない個々人が自由に活躍する、という考え方は、少数の人びとに対して例外的に当てはまることはあったとしても、人類全体に対して適応することはできないと思う。故郷は拘束であると同時に、安らぎの場所でもある。(関連記事


いまのところ何とかGDP世界二位を保っている日本(もうすぐ中国に抜かれるはずだが)の最大の課題は、やはり少子高齢化だと思う。少子化に関しては、とにかく子供を育てやすい環境を徹底的に整えて欲しい。働く女性への支援もまったく足りていないし、子供にかかる教育費も可能な限り減らして欲しい。女性が安心して子供を産めること、そして夫婦が安心して子育てをできること、それは少子化対策ということだけでなく、国民一人ひとりの幸福度を上げるという点でも大切なことである。これは政治の仕事であり、そのために国民は働きかけなければならない。


高齢化に関しては、まずは政府による規制が大きすぎるのかな、という気がする。貧富の差に左右されずに国民全員が最低限の生活を送れるようにセーフティーネットを準備することは大切。ただ、介護報酬にしても、あまりにも政府が規制しすぎると、ほんらい市場が持っている効率的配分が実現されなくなる。できるだけ市場に任せて、その上で政府がセーフティーネットをきちんと確保するというのが本来のあり方だと思うが、どうだろうか。需要と供給に差があるということは均衡価格が実現されていないということなんだから、価格の上限を撤廃しなければならないはずなのだ。


ただ、高齢者ビジネスはこれからどんどん面白くなる。ボトルネックは政府による規制だが、これが緩和されるか、あるいはこのボトルネックに引っかからない形でビジネスを展開できれば、この分野は大化けする。団塊の世代が現在六十歳。これから十五年後、団塊の世代が七十五歳になってそろそろ健康面でも心配が出てきたとき、そして僕が四十台半ばの仕事盛りになったとき、ここらへんで何か新しいビジネスプランを提案することができればかなり面白い。介護問題は、現在は主に医療の面からしか考えられていないが、身体さえ生き延びていれば人は幸せというものでもない。医療面を充実させるとともに、どのようにしたら生きがいを提供できるか、ここらへんは哲学的な問題にもなってくるし、これは面白くてたまらない。


さて、ビールもそろそろ切れてきたし、ここらへんでお終いにしよう。来週はモロッコのマラケシュに一人旅。明日はその準備をちょこっとだけする予定。なんだか、時々しゃがみ込んでしまいたくなることもあるけれど、それはそれでそういうものなのだろう。気合を入れて元気を出すのにも飽きたので、しようと思ったことを淡々とすることにする。物事を少しだけ突き放して、自然本体で淡々と動いていく、というのがいちばん強い生き方のような気がする。いつもいつも淡々としていたら詰まらないけれど、気分が落ちたときには「淡々と過ごす」というのを気にかけると少し楽になる気がする。まぁ、ひとりじゃないんだからそんなに不安がらなくてもいいよ。

BN(国立図書館)で開催されているControverse(物議をかもした写真)という写真展に行く。写真史の中で議論を巻き起こした写真を集めた展覧会。写真とは非常に政治的なものだな、ということを感じた。


スターリンと数人の部下が写っている写真。オリジナルでは正面を向いて微笑んでいる男が、数年後に配布された写真では完全に消されている。スターリンに反抗したこの男は、存在そのものを消去されたのである。しかもスターリンは、この写真をあえて公開することで彼の絶対的な権力を見せ付けた。


ひとつのイメージが、それが置かれた文脈によってまったく異なるメッセージを発することもある。荒野の中で数人の兵士が敵の生首を見せびらかしている写真。当初、スペイン内戦でのフランコ軍の残虐さを告発するものとして発表されたこの写真は、後にそれがソ連で撮られたものであることが判明した。ひとつの写真は、そのままでは単なるイメージである。それが特定の文脈と結びつくとき、そのイメージはプロパガンダの強力な武器になる。ナチスは、収容所で行われている残虐な行為を隠蔽するために、囚人たちが穏やかに作業している光景を写真に収め、そのイメージを広く配信した。


写真そのものが暴力になることだってある。アルジェリア人にフランス国籍を与えるために、フランス政府はアルジェリアの女性たちの顔写真を撮影した。見知らぬ男性に顔を見せることが禁じられているイスラム教徒にとって、この撮影の強要は暴力以外の何者でもなかった。


写真は記録であると同時にアートでもある。そこでは、時として政治と美学とが対立する。アフリカの難民キャンプの様子を非常に神秘的に、美しく撮りつづけた写真家がいる。美的な観点から見れば、彼の写真は高い評価を得るべきものなのだろう。しかし、その美しさが難民たちがいる悲惨な現状を覆い隠してしまうということはないだろうか。


二十世紀後半になると、ペドフェリ(幼児性愛)が大きな問題になる。今回の展覧会でも、幼児ポルノとして批判された写真が何点か展示されていた。ポルノとアートとの分岐点はどこにあるのか。裸で馬と戯れるアンジェリーナ・ジョリーの写真が獣姦を連想させるとして、モデルのヌードを使ったディオールの広告が女性蔑視に繋がるとして非難されたこともある。


展覧会は五月末日まで。金、土、日は夜間も開館。オペラ・ガルニエそばのBNにて。

『マンキュー入門経済学』を読みはじめる。ハーバード大学教授であり、マクロ経済学の定番、『マンキューマクロ経済学』の著者でもあるマンキューが書いた経済学の入門書。レベルとしては経済学部の一年生程度。半分くらい読んだが、非常に面白い。特にイントロに書かれている「経済学の十大原理」、そのなかでもトレードオフと機会コストについては、経済学を専門としない者でも知っておいたほうがいい。トレードオフとは、Aをしたらその代わりにBはできませんよ、ということ。例えば経済学の勉強のために一時間ついやすことを選択したら、その一時間をアルバイトを充てることはできない。また機会コストとは、あるものを手に入れるために断念しなければならないもののこと。大学に進学した場合の機会コストは、大学に行かなければ稼げたであろう四年分の収入であり、大学に行くということはこの収入をあきらめるということを意味する。


スタバでコーヒーを飲んでいたらトム・ウェイツが流れてきた。懐かしくなったのでMPプレイヤーに入っていたAsylum Yearsというアルバムを聞く。どれもいい曲だが、やはりRuby's Armsが秀逸。ゴダールの『カルメンという名の女』の挿入歌として使われたこともある、なんとも渋い、グッと染みてくる名曲。下のYouTubeは、同アルバムにも入っているTom Traubert's Bluesという歌。





伯母からプレゼントされた、宮本常一の『民俗学の旅』を読みはじめる。民俗学者である著者の自伝。こちらも非常に面白い。特に、著者の父親が興味深い。少々長くなるが、引用する。


「私の父は海外出稼ぎには失敗したが、そこで多くのものを学んだ。人間一人一人の持つ時間はみんな同じであるが、それをどのように使うかでその人の一生がきまってくる。その持ち時間を自分にとってもっとも価値あるように使うことが大切である。しかし四六時中働くのがよいのではない。一日は二十四時間で、これを三つにわけて、睡眠と労働と休息にそれぞれ三等分してつかうのが理想的な生活である。そして休息中にいろいろのことを反省し、また計画も立ててゆかねばならぬ。」(講談社学術文庫、p.29)


まさに経済的な考え方であり、同時にこれこそ僕が今回の留学で学んだことでもある。限られた資源をどのように使うのか、トレードオフと機会コストを念頭に置いて、合理的に考えることが肝要である。


留学もようやく終わりが見えてきた。今後、海外で生活することなんて一生ないだろうし、するつもりも全くない。去年の九月にパリに来てから、正直けっこうきつかった。課題につぶされて倒れたこともあったし、(ブログには書いてないけれど)メチャメチャにけなされて馬鹿にされたこともあった。それでも、フランスに来てよかったと思う。二十代の頭にこの道を選んで、それから十年近く無我夢中で突き進んできて、そして最後にフランスにたどり着いた。気が済むまでやり通した。これで自分でも納得が行く。帰国したら別の道に進む。



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自分を見つめる自分がいる。自分のそばには常に目に見えないカメラが浮かんでいて、レンズの向こうにはもうひとりの自分がいる。そんな感覚を子供の頃から抱いてきた。カメラの向こうの僕は監督で、ここにいる僕は役者にすぎない。ロールプレイングゲームでもするように、監督としての僕は役者の僕を好き勝手に操り、役者の僕は監督に言われるままに淡々と行動する。二つの僕の狭間で生は消える。


これは別段めずらしい感覚ではない。文学史の中でこのような現象を突き詰めていくと、おそらくドストエフスキーの『悪霊』にでてくるニコライ・スタヴローギンにたどり着くだろう。人生や世界に一切の価値を認めないスタヴローギンにとって、生きるということは死ぬまでの気晴らしであり、ゲームにすぎない。彼にとってあらゆることは他人事である。彼にモラルやタブーは存在しない。たとえ何をしたとしても、最後には自分が死ぬだけだ。


しかし、人間は徹底的にニヒリストでいられるのだろうか。あらゆることが許されている自由の中に幸福はあるのか。スタヴローギンは自殺する。死ぬ直前、「スタヴローギンの告白」という章の中で彼は次のように言っている。わたしは感情に支配されたことがない。わたしはわたしの全てを理性的に支配することができる。しかしわたしは大地から切り離されている。わたしの人生には生命がない。


帰国したときにICUの友達(現在生保勤務)と話したこと。世界の意味を突き詰めていくと、最後にはニヒリズムに至る。物事にアプリオリで絶対的な価値など存在しない。大きな物語が失われた現在では、特にそういう傾向が強い。


だが、ニヒリズムというぬるま湯に漬かっていても、漠然とした閉塞感がつのるだけである。たしかにニヒリズムは、何かを信じて一生懸命に働く大衆と、その無意味さを知っている自分という単純な図式をつくり出し、安易な優越感をもたらす。しかし、そのむなしさにいつまでも気付かないほど人は愚かではない。絶対的な価値など存在しないのを承知のうえで、それでも何らかの価値を築き上げていこうとするべきだ。


人間は何らかの理念を、自分の存在価値を肯定してくれる物語を必要とする。それは「大きな物語」が喪失したように思われる現代においても同じである。柄谷行人は次のように言う。


「歴史の意味を嘲笑するポストモダニストの多くは、かつて『構成的理念』を信じたマルクス・レーニン主義者であり、そのような理念に傷ついて、シニシズムやニヒリズムに逃げ込んだのです。しかし、社会主義は幻想だ、『大きな物語』にすぎないといったところで、世界資本主義がもたらす悲惨な現実に生きている人たちにとっては、それではすみません。現実に1980年以後、世界資本主義の中心部でポストモダンな知識人が理念を嘲笑している間に、周辺部や底辺部では宗教的原理主義が広がった。」(柄谷行人、『世界共和国へ』、岩波新書、2006、p.184.)


現実に存在する自分に価値を与えてくれる理念を人は求める。それは世のため人のために働くことかもしれないし、神の国(アウグスティヌス)を目指したものかもしれないし、永遠平和のため(カント)かもしれない。

プティ・パレで催されていたウィリアム・ブレイク(1752-1827)の展覧会に行く。ブレイクはイギリスの詩人、画家。ミルトンやダンテにインスパイアされた作品を残したアーティスト。大江健三郎がダンテの『神曲』に絡めて小説の中で紹介したりもしている。以下、感想。


「一粒の砂の中に世界を見て、二つの手のひらで無限をつかむ」ではないけれど、想像力を発動させて目の前の物体にそれ以上のものを見ようとしたのがブレイクだったんだな、と思う。それは今回の展覧会のテーマ、「天才的幻視者(le genie visionnaire)」にも表れている。いかにして現実を異化するか、どのようにして新しい世界の見方を提供するか、と言うのが中心課題。


それから西洋では、「愛」「正義」「憎しみ」といった抽象的概念がそれぞれ独立して人格化され、その関係がイメージとして表象されてしまうところがすごい。これはゲーテの『ファウスト』などを読んでもよく分かるところ。根本的な世界観が日本とは異なる。



...in Paris (パリ大学留学記)


(L’Europe, prophetie ou L’Ancetre des jours, Frontispice. 1794)

ここ数日の備忘録。日本人の友達数人と食事。バスティーユのそばのレストランでごついステーキを食べる。今回のフランス滞在で初のまともなステーキ。うまかった。そういえば以前、リオンに一ヶ月ほど住んでいたときに初めてタルタルステーキを食べたが、あれもかなりうまかった。


日本から持ってきた『おくりびと』のDVD、それから日本文化会館で大島渚の『太陽の墓場』と『青春残酷者物語』を見る。『太陽の墓場』(1960)がいちばん面白かった。成瀬巳喜男の『浮雲』もそうだが、終戦直後のぼろぼろの街の中で、何が何でも生き延びていくために繰り広げられるえげつない人間模様はかなり面白い。それから、暴力の描写が秀逸。前期に受けた映画の授業でフランス人の教授が「日本映画に見られる暴力やセックスは非常に直接的でショッキングだ」と言っていたが、おそらく大島渚や深作欣二らのことを指していたのだろう。たしかに彼らが描き出す暴力には、ヨーロッパのように思想も何もあったもんじゃない。気に入らないから殴り倒して、皮膚がちぎれて血が噴き出して、顔がゆがんでそのまま死んで、死体は川に投げ捨てられる、という、そんな感じ。


日本に帰ったときに伯母から勧められた、宮本常一の『忘れられた日本人』を読む。民俗学者である著者(1907-81)が全国各地の老人の話を実際に聞いてまとめた、宮本民俗学の代表作。この本を読むと、日本人というのは実はとんでもなくエネルギッシュで、果てしなく奔放だったんだと感じる。大島渚の映画などにも通じるが、特に性的なモラルの感覚がいまの常識とは異なる。あらゆるところに女を作って夜這いも当然、女性同士の会話も露骨にセクシュアルで、ある意味非常に自然なのだが、規律もなにもあったものじゃない。同じようなことはいまの日本でもあるところにはあるが、もう少し隠すと思う。


六月の頭に五日ほどモロッコのマラケシュに行くことにしたので、その手配を済ます。久々の一人旅。今回のフランス留学も一人旅と言ったら一人旅のようなものだが、人間関係の全くない街の中に旅人として埋もれるというのとはやはりちょっと違う。パソコンも携帯も持っていかず、マルシェの喧騒の中にただただ身をうずめてきます。


ジャケットが欲しかったので、土曜の夜のシャトレに行く。雰囲気としては渋谷のセンター街のような感じ、身体を揺らしながら闊歩する若者たち(圧倒的に黒人が多い)や、機関銃を手にしたゴツイ軍人たちの間を一人でぶらぶらと歩いていると、妙に落ち着く。日が落ちて深夜になるとここも本格的にやばくなるのだが、まだ日が残っている夜の八時くらいだと、ほどよい緊張感。十代のときの遊び場が新宿の東口だったせいか、ゴミゴミとした喧騒をどこかで求めてしまう。結局、ジャケットはH&Mで50ユーロで買いました。(H&Mはフランス版ユニクロ。そこらへんのスーパーで服を買うよりもはるかに安い。)


昨日のフィガロで知ったのだが、日本はインフルエンザA(豚インフルエンザ)ですごいことになっているらしい。フィガロには、日本から帰国したフランス人の感想として「空港ではマスクをした検査員に体温を測られるし、まるで火星にでも行ったようだったよ」、というのが載せられていた。マスクをかけながらマスク売り場に殺到する買い物客の写真なんかも大きく使われていたし、あれだけ見るといかにもパニック、といった感じ。ただ、政府も通常のインフルエンザと同様の対策に切り替えたようだし、みんなかなり意識的に感染防止に努めているようだし、市民レベルではけっこう冷静にきちんと対応できているのではないか。日本にいないのでなんとも言えないが。(しかし、こないだ日本に帰ったときに感じた、わざと不安をあおるような日本メディアの報道姿勢にはかなり違和感を感じた。)


フランスの大学のストが終わった。新聞(リベラシオンだったかな?)の論調は、「記録的な長さとなった今回のストは、結果的には不毛なものに終わった。学生へのダメージが大きすぎる」というものだった。その通りだと思う。新聞も書いていたが、これにより国立大学(ソルボンヌをはじめとするパリ大学やリヨン大学、その他フランス全土の約80の大学)からグランゼコール(厳しい入学試験がある超エリート大学群)や私立の大学へと学生が流れるだろう。

二十歳のときに一人でアメリカに行き、自立して生きなければならないと思った。二十一のときにバックパッカーとしてタイに行き、死に裏付けられた自由を感じた。二つの旅を通して学んだこと、それはアプリオリな意味や価値など存在しない世界の中で、自分は圧倒的に孤独で自由だということだった。


だが、人間は自由だけでは生きていけない。人間は他者の承認、他者から正当に評価されているという確信を熱望する。自己とは他者の他者であり、自己を映す鏡としての他者にどのように見られるかということを意識しないでは生きていけない。それは、世間から隔絶したように見える人についても言うことができる。パリの社交界から追放されたルソーは、自分の作品を通して後世の読者が自分を正当に評価することを望み、そこに希望を見出した。彼は、後世の読者という理想的な他者を想像の中でつくり上げ、遥か未来に自分を評価してくれる人たちが出てくるはずだ、というところに生きる支えを見出したのである。狂気の詩人、アントナン・アルトーもまた、頭の中で理想的な他者を生み出した。無名の青年だったアルトーは、自分が書いた詩を「絶対的な視点」から認めてくれるように、当時の文学界の権威であったリヴィエールに手紙の中で繰り返し懇願する。そこではリヴィエールは、アルトーの存在を「絶対的」に受け入れ、承認する大文字の他者(=神)の役割を負わされている。


同時代の大多数の他者から承認されるには、その時代が持っている社会通念やルールに従わなければならない。言い換えればそれは、良き市民として生きる、ということである。だが、それで全てがうまくいくのだろうか?


光が強くなればなるほど、影は濃くなる。良き市民として理性的に生きようという力(超自我と言ってもいい)が強くなればなるほど、人間の持つ闇の部分、ドロドロとしたエネルギー(ディオニソス的な力)は抑圧されていく。抑圧があまりにも強まると、そこに無理が生じる。それは精神疾患として表面化するかもしれない。またひどい場合には、ジギルとハイドやイブ・ホワイトとイブ・ブラックのように人格が分裂するかもしれない。日ごろ抑圧されたエネルギーを解放する社会システムとして、カーニヴァルが機能している場合もある。


さらに、模範的、理性的に生きようという意識は、人間を生から疎外する可能性がある。人間という生命体が持つ豊潤な力に触れるには、理性を、さらには自己そのものを捨てなければならないこともあるのだ。


一秒前の自分と、現在の自分と、一秒後の自分の同一性を保証するものなど何もない。分子レベルで言えば、人間など少し濃いガスの塊にすぎない(1)。そのような人間が一つの個人としてアイデンティティーを保っていられるのは、彼・彼女が自分自身の一貫した物語を持っているからである。こういうところに生まれ、こういう風に生き、いまこうしてここにいて、これからこうなっていくであろう自分、という物語、言い換えれば自己の神話を所有しているからこそ、個人は個人としての輪郭を保つことができる。逆に言えば、シンボリックな物語の中へと存在を投棄しない限り、自己は自己としてのアイデンティティーを維持することができない。だが、このとき生命は、身体的な享楽や官能はどこにあるのか?


セックスやカーニヴァルのオーガズムは、物語的自己同一性(2)の棄却であり、個人の死である。痙攣するほどの官能や痛苦に飲み込まれているとき、その一瞬の身体感覚が全てであり、時間軸上に広がるアイデンティティーは消滅する。


六月の頭、一週間くらい一人でアフリカに行きます。


<注>

1. cf. 福岡新一、『生物と無生物のあいだ』、講談社現代新書、2007。

2. cf. ポール・リクール、"Soi-meme comme un autre"(『他者のような自己自身』)

フランス共和国首相、Francois Fillonの依頼を受けて社会分析局(Conseil d'analyse de la societe)が作成した、今回の金融危機の分析および対策レポートが数日前に出版された。(Luc Ferry, Face a la crise, Odile Jacob, 2009.)資本主義とグローバル化に対するヨーロッパの基本方針を知るうえで参考になると思うので、簡単にまとめる。


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<現状分析>


市場経済のグローバル化が歴史から人間の意思を疎外する


市場経済のグローバル化により、全てのものが自由競争に飲み込まれるようになった。その結果、生き残るためには競争し続けなければならない、という事態が生じている。社会の流れは各成員間の自由競争のメカニックな結果でしかなくなり、歴史から人間の意思は疎外された。このような現代社会においては、政治がどれだけ力を持ちうるか、つまり歴史に人間の意思を介在させることができるかどうかが重要な問題となる。



我々は、他者への思いやりと関係性を基盤とする新しいユマニスムの時代に入った


資本主義は、集団から断絶した個人が匿名の存在として自由に収入を得ることを可能にした。その結果、個人は集団の拘束から解放され、独立した存在として生きられるようになった。このことは、神、国家、革命といった、集団を基盤とする伝統的「聖なるもの」が、個人の自己犠牲に見合うだけの価値を失ったということを意味する。独立と自由を手に入れた個人は、神、国家、革命といった抽象的な概念のためにみずからの命をかけることを拒否するのである。


伝統的「聖なるもの」が価値を失ったからといって、「聖なるもの」自体が消滅したわけではない。現代における「聖なるもの」、それはユマニテ(人間性)、つまり個々人の開花であり成熟である。人間には、それぞれが思い思いに花開く権利があり、またその権利は万人に対して保障されるべきである。かつて、神、国家、革命のために命をかけることが美徳とされたように、現在では全ての人のユマニテを守るべく戦うことが美徳とされる。我々は新しいユマニスム(人文主義)の時代に入った。我々は、「他者への思いやり(le sentiment)と関係性(le rapport)を基盤とする」ユマニスムの世紀にいる。このとき政治には、国民の一人ひとりが充実した私生活を送れるように尽力することが求められる。




<提案>


二つの優先課題 : 真に人間的な絆を結ぶ唯一の場所としての家庭への支援+失業対策のための企業支援


A. 家庭支援

政府は、国民が充実した私生活を送れるように尽力しなければならない。そのためにも、家庭への支援は不可欠である。まずは、第一子に対して月額70~80ユーロの給付金を与える、といった政策をするべきである。子供が一人生まれると家庭の購買力が10%ダウンすると言われる中で、この政策は出生率の低下防止にも寄与するだろう。また、家庭状況に関係なく全ての子供たちに平等に成功へのチャンスを与えるという意味で、各子供に対して2000~5000ユーロの給付金を与える、という案も考慮されて良い。この給付金の使い道を高等教育の費用のみに制限するか、あるいは完全に自由にするかでは、意見が分かれると思われる。


B. 企業支援

企業税制の簡素化を実現させることが急務である。



「公平さ」という課題 : どうすれば全ての市民が「同じ船」に乗っているように感じられるか


全ての経営者に該当するわけではないが、たしかに一部の経営者は法外な給与をもらっている。このような中で公平さを保つには、労資間の利益分配制度、パートタイマーの報酬アップ、若者や退職者など、今回の金融危機で最もダメージを受けた人への支援などを積極的に行わなければならない。



教育方針 : 市民教育、専門性、経済プログラム、哲学・文学教育での名作の位置づけについて再考する


市民教育の改革が急務である。文学、哲学、映画の名作を通して、市民として生きていくことの本質を教えなければならない。歴史的名作は生徒の興味を引きつけるし、また今日、集団として生きていくうえで必要となる倫理観について考えさせる教材としても最適である。


次に、経済教育を行っていくことも必要である。経済教育は、金融危機やグローバル化がもたらす拘束を理解させるうえで不可欠である。


さらに、文学的、哲学的名作や歴史に関する教育も充実させなければならない。消費社会の世界的広がりの中で、偉大な作品のみが現状に対する批判的距離をもたらしてくれる。



赤字削減という課題 : 世代間の連帯


今回の金融危機は、負債を国際へと転移し、我々の子供たちに多額の借金を負わせる可能性がある。このような事態を避けるためにも、国家の支出を減らし続ける必要がある。



グローバル化が進行する世界の中で、ヨーロッパに再び影響力を持たせる、という課題


ヨーロッパはグローバル化に脅威と憤りを感じている。しかし、ヨーロッパが世界の中で十分に政治的な力を発揮できていないのも事実である。このようななか、真に「文明的な政治(politique de civilisation)」を目指すフランスは、やはりヨーロッパというレベルを意識して政策を展開していかなければならない。



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<感想>

議論が若干粗い。歴史を人間の意思によって導いていこうとするのは、いかにもヨーロッパ的。今年はじめのG20の対立も、独仏と英米の歴史観の違いが背景にあったのだろう。ユマニテを「聖なるもの」とするのは、今年の二月に出版されたドゥブレの『le Moment fraternite』の影響だろうか。(ドゥブレは、現代ヨーロッパの「聖なるもの」を人権としている。)個々人が充実した人生を送れるように政府が尽力すべき、という考え方には賛同できる。ただこれは、政府による市場への直接介入を即座に正当化するものではない。市場の流動性を確保しながらもそこからこぼれる人への保障は充実させる、労働市場に関して言えば、EUがスローガンとして掲げるFlexicurityという考え方が、やはりいちばん現実的ではないか。(関連リンク : Flexicurityについて

Emmaus (エマウス)


1949年にフランスでピエール神父がはじめた福祉運動。フランスではかなりメジャーな存在。この活動は世界中に広まり、現在41の国で社会的弱者への支援をおこなっている。1993年には国連の第二種諮問機関に認定されている。


<理念>(Emmaus公式サイトより翻訳)


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社会的排除に対抗する非宗教的連帯運動


他者に対して完全に開かれている

無視されている人、家のない人、権利を剥奪された人を制約なく受け入れ、彼らに屋根を、食べ物を、新しい生きる理由を与える。


自由な人間としての尊厳を思い出させる

すべての人間に、本来もつべき自信と尊敬を与える。

各人が仕事を通して自尊心を取り戻し、人間としての尊厳を生きられるようにする。


連帯の名の下に行動する

各人に、最も恵まれない人に対する連帯の活動家となることを提案する。

違いを尊重しながら、生の前ですべての人が平等であるべく共に働く。


言動を通して意識を高める

政府と世論が憤りを感じ、社会的排除と戦うようにする。


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以上のような理念の下、エマウスは広範囲な活動を展開している。例えばEmmaus Habitatという組織は、40000人が暮らす移住区を管理し劣悪な住環境の改善に努めるとともに、社会から排除された人びとの社会復帰を支援している。


エマウスは、衣・食・住の提供のみを目標としているのではない。この組織は仕事を斡旋を通じて、社会の外部に追いやられた人たちが人間としての尊厳を回復する手助けをする。これは、社会的弱者に対して一方的に「同情されるべきかわいそうな人たち」というレッテルを貼るセンチメンタリズムとは一線を画す。自分も誰かの役に立つことができる、という自覚を促すことが自信を失った人の尊厳を回復するプロセスでは重要であり、そういった意味でもエマウスの活動は効果的であると思われる。


関連サイト:

Emmaus France (フランス語)

Emmaus France 理念 (フランス語)

Emmaus Tokyo (フランス語)

ピエール神父とエマウス(日本語)