訪問記(美脚ママ篇)
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笑顔

「まぁまぁ、忙しい人ね~ぇ、ほらほら、お絞り!」とこぼれ落ちる
 涙を拭いてくれるママ。そんなことされたら余計に止まらなくなってしまうのに。
 人前で涙なんか見せたこと一度もないのに、この時だけは止まらない。
 鼻水は出るわ、もう、グシャグシャの顔だったのだろう。
 
 初めて見せた百合の笑顔と笑い声。

「はははは、山本さん、あなたにはね、うちの昼のお店のほうの記事もお願いするから、また
 都合のいい時にきて下さいな!」
「????」
「ぅふふふ、まだ何もお話していないから分かりっこないわね!?」とママが
 詳しく説明してくれた。

「姉さんはね、英語と中国語はペラペラなの、それで、貿易の仕事にも携わっているの。」
「はい?」
「宝石、バッグ、アクセサリー、なんかは詳しいよ!」
「ヘェー、そうなんですか?」

「昨日お話したユダヤ人の事、覚えている?」
「はい、ちゃんと」
「貿易関係は、ユダヤの人との接触は特に多いらしいのよ、ねっ、姉さん!」
「そうね、ほとんどといってもいいくらいじゃないかしら?」
「ふ~ん、そうですか?」

「まぁ、山本さんも姉さんに好かれたら、強いよ、紹介出来る人はいっぱいいるから。」
「本当ですか!?もぉ、どうしてこうなっちゃったのかなぁ・・・」
「何を言ってるの!喜ばなくっちやぁ、困ったひとね! ぁぁははははぁーー」

 姉妹の笑顔がとても綺麗だった。

逆転?

籠に目をやると、活巻海老、鮑、サザエ、白ギス、
 野菜類は、山芋のしそ巻き、新百合根、おくら、新蓮根等、かなり豪華に並んでいる。

 生塩、抹茶塩、カレー塩と、夫々、好みに応じて賞味して下さいという意味なのか、
 天つゆだけしか知らない私には、3種類の塩が珍しく写った。

 天婦羅はサクサクで、さすが専門店だけのことはある。(偉そうに、リポーターでもないのに)
 一見、深川丼を彷彿させるアサリとネギの丼は、アサリの出汁がしっかり効いた
 味付けご飯だった。これは、誰もがはまるのではないだろうか。
 
3人とも、黙々と箸を進めている。丁度、今まで騒がしかった仲間が急に静まり返る
 蟹料理に通じるものがある。沈黙の時間が続いた。

 しばらくして、百合が口を開いた。


「山本さん、今回は色々お世話になります。あなたも昨日から
 寝てないんでしょ!」
「え?えぇ、まぁ私達の仕事は、よくあるんです。???」



「いろいろきついことも言いましたけど、あなたの一生懸命さには
 負けましたよ。背中まで汗ビッショリで、人間ってね、理屈じゃぁないのね。  
 真剣な人には真剣に答えたくなる、そういうものなの。」
「・・・・・」(少しうるっとくる)

「山本さん、よかったねえー、姉さんを説得出来るなんて、すごーい」
「いえいえ、何も、そんな・・・」(号泣のチョット手前)

 人生、何がどう転ぶか分からない。



コンプレックス

「さ、さ、山本さんもどうぞ!」と促す百合。
「はい、いただきます」
「これね、鯵の刺身、たたきも美味しいけど、これもまた結構いけるのね」
「つまみとしては、軽い感じで最高ですね!」
 見るからに新鮮そのもので、目も生き生きしていてキラキラ光っている。

「私の命、くれぐれも 上品な慈愛に満ちた方の口に入ることを
 切に願ってやみません」 とその目は訴えている。
 ”上品で慈愛に満ちた”なんてはところは、かけらも無い私には罪悪感すら覚える。
 断腸の思いで一口いただく。(あなたの命、決して無駄にはしませんからね!?)と一礼。

 真鯛、ひらめ、など透明感のある刺身が、何やらヒソヒソ話しをしている。、
「1人下品な奴がおるのう、こちらの2人には喜んで食べてもらいたいが、
 あいつにだけはどうもなぁ~お前はそうは思わんか?」と真鯛。
「同感、同感、わしもそれを言おうとしとったところや、品のない奴は
 どうしょうもないもんや、あいつにだけは食べられとうないなぁ~」と平目

 これはコンプレックスからくる被害妄想で、言葉とは恐ろしいものである。
  
 会社の飲み会で、女子社員が放った一言が今でも心の奥に突き刺さったままになっている。
「ねぇねぇ、一課の佐藤さんてすっごく育ちがよくて, どことなく品が漂ってない?」
「そうそう、あれじゃぁ山本さん可哀想ね!どうしても比較されちゃうからねぇ~」
「・・・・・・????」
 私がすぐ後ろにいたことを彼女達は気付いていなかった。


「どうしたの?山本さん!」
「え?、いえいえ、何も、はい、とっても美味しいです!」
「お刺身は苦手?」
「いえいえ、もう大好物です、はい 」

「何か心配事でもあるの?」というママの心優しい問いに

「いや、以前に、包丁さばきも鮮やかな板さんの事を
 思い出していたんです。目の前でアッというまに調理していた姿を
 連想していたんです」(フゥー、苦しいアドリブ)

「そう、それならいいけど、何か寂しそうな目をしていた」
 
 今度は失礼女子に代わって、清楚な感じの女性がジョッキを持ってきた。
 やはり、さっきの事を気にしているのか?



余裕の退場

失礼な女史がジョッキをもってきた。その、危なっかしい手つき
 は見ていてもハラハラする。左手に2つ右手に1つそれぞれ泡
 が、ダラダラこぼれている。

 2つの方が持ちきれなくなったのか、私の前にどんと置いたとき、泡をかなりの量
 浴びることになった。しかもその場所が最悪。

「あっ、すみません、」といって布巾でふこうとするが、女史には拭けない。
「あぁ~もぉ、いいです。それ貸してください!」

 ママと百合は笑っている。それにつられたのか、女史まで笑いかけている。
「じゃぁどうぞ、ごゆっくり」といって何も悪びれず、余裕の退場である。

「はぁーい、じゃぁいただきます」と百合が音頭をとった。3人が同時にジョッキを傾けた。

ママと百合はビールを少し口にして 早くも刺身の方に箸を進めている。
 
 私の今迄に出した汗の量は半端じゃない。(普通の1日の3か月分はくだらないぞ)
 そのため、水分欠乏症になっていたのか 一気に大ジョッキを飲み干した。

「あーぁ、うまい!」と思わず口にしてしまった。
「あら、すごい!結構いけるじゃない、一杯だけじゃ足りなさそうね!」
 すかさず、百合はボタンを押した。

 背中は下着がないからシャツを通り越して上着に迄達している。
 先ほどから背中が冷たくてしょうがない。
 背中はベタベタ、前は失礼女子のせいで濡れている。情けなくて涙が出てきそうになった


 

素敵な表情

「失礼します」といって引き戸を開けた、失礼な女史。
 大きなかごを三つと、なにやら刺身の盛り合わせの様だ

丁度いいタイミングできてくれた。(やるじゃないか、失礼女史)
ママがテーブルの上の紙面を片付け、スッキリしたところに、
花篭膳と刺身が並べられた。

「山本さん、おビールは?」と百合が声をかけた。
「仕事中ですから、」
「まぁ、そう言わないで一杯ぐらい、いいでしょっ!」
「はい、じゃぁ一杯だけいただきます」(ん?この言い方では自分は会計しない意思表示になるのか?)
「じゃぁ、生ビール3杯お願いね!」
「直ぐお持ちします」といって失礼女史は出て行った。


ママは気になるのか、チラチラ新聞のほうに目をやっている。
 その視線を下に落とす表情もたまらなくいい。(何をしてもいいに決まっているのだが

「姉さんきついでしょ!」(と素敵な笑みをうかべながら)
「はい、いやいやそんなことは」
「ぅふ、正直にいえば?」
「いえいえ、お姉さんの言われることはもっともだと思います。」
「あ~ぁ、無理しちゃって!ぅww」
 百合は聞いていないふりをして、何やらママから受け取っていたものに
 目を通している。

難攻不落

座った位置から見上げる美脚は、また格別である。
(ずーっと、座らないでそのままでいて!と勝手な願望を抱いている私に向かって)
「どうでした?上手く書けました?」といってゆっくりとその綺麗な脚をたたみ,
ウ"ィトンのバッグから、何やら通帳のような物を百合に渡していた。

「いやね、今も話していたんだけど、今回の記事の掲載はお断りしようかと・・ネェ~ェッ!」
 と、私のほうに顔を向け、同意を促すように目をやる。
 (えぇー!?、いやいや、私のほうに振られても困ります、お姉さん、私は対戦相手なんですから)

「ね、ね、山本さん、どれ?うちの記事は?」(もうたまらない、口を開くだけでメロメロ、
 これが、恋の奴隷というものか?いや、奥村チヨさんの男バージョンなのかもしれないぞ?


アドレナリン全開状態の私の方に身を乗り出して
「早く、早く、どれ?これ?」とテーブルの上に置いてある紙面を
取って、私に聞いてくる。
「いやいや、それは今迄のサンプルで、ママのところの記事は
こちらです。」といってカバンから取り出す。

必要以上に私も身を乗り出して、ママの香水が香るニアミスの距離で
「これなんですが、」といって記事が書いてあるところに指をさす。


「京子!それは、いけないよ!読むんだったらお金を
 払ってからにしなさい!」
 
いい雰囲気にチョット水をさされた感じになったママは
「姉さん、どうして?」
「それは、常識。人との関わりにおいて最も大事なことなの」
「・・・・・」

(お姉さん、そうママをいじめないで下さい!私も見てもらって、いけないところは
 修正するつもりでゲラを持ってきているんですから。「ママ、全~んぶ読んで
 からでいいからね!」 本人が言っているんだからそれでいいんです!)

「山本さんはその道のプロでしょ!(ぇえ~、誰が?)
 その人が持ってきた記事を、読んでからどうのこうのというのは、
 やはり道に外れる。お金を払ったあとならはっきり言ってもいいと思うけど、
 どうですか?山本さん?」

(ぅええ~え 又、私に振らないでください、頼みますお姉さん!)


待望のママ

「確かにお姉さんの言われることも、もっともだと思います。
 そういったお考えを持ってお仕事をされて見えるってことが
 常連さん達にも伝わって、結構プラスの面もあるのではないですか?」

「そうかもしれない。でも、活字になった時点で複雑な感情が起きないですか?
 私にはリスクの方が大きい気がするけど?」

(お姉さん、あまり硬く考えないで、「そうかしら、じゃぁ一度、山本さんお願いします」
 というセリフをずばっといって下さい)

「山本さん、私達の仕事もね、一見華やかな世界のように見られているけど
 それこそ、薄紙を何層も重ねていく伝統工芸みたいなところがあってね、
 一人のお客さんから枝葉が少しずつ伸びていくのも楽しみのひとつなの。」

「はぃ・・・」(かなり意気消沈、青菜に塩)
そのとき、通路の方で足音が近ずいて来た!!(ぅおぉーママか?)


「御免なさ~い、遅くなっちゃって」
引き戸を開けて入ってきたのは、待ちに待った美脚ママだった。
青菜に塩状態から、元気ビンビン印に豹変した私は、直ぐにママの
脚線美に視線がいき、まさに水を得た魚になってしまった。




 

手ごわい姉

百合は、二~三の紙面に目を通しながら
「会社ならこの企画は生きると思うけど、でも、うちのような形態のお店は
ちょっと違う面もあるのね。」
「どういった点でしょうか?」

「この企画は新規のお客様を獲得する為に主眼が置かれている訳でしょ!」
「はい、どちらかといえば、そうだと思います、それによってお店が繁盛する事も」
「う~ん、京子の立場だったら、私でも記事を載せたい気持ちにもなると思うけど
 多くの人がここでよく間違えるのね。」

「うーむ・・・少し解りにくいのですが」
「大切な事は今現在、うちのお店に通ってくれてるお客様なの。
 その人達がその記事を読んでどう感じるか、話題性としては
 いいかもしれないけど、あしげく通って下さる人に限って
 落ち着いて飲みたい、お店を独占したい、そんな気持ちも働くみたいなの。」

「でも、経営的には絶対数を増やしたほうがいいのではないですか?」
「勿論、経営サイドから見ればその通りよ。でも、結果、一次的に新規の人が
 増えて、店側の人間はその対応に追われ、古いお客様が後回しにされる事が
 衰退の一歩に成るってことが往々にしてあるの。」

「うーむ(返答のしようがなくなっちゃった。でも、違うアプローチ
 で反論しないと仕事が取れない。ママおそいな~)

きつい姉

「あー!、そういえば、鞄はレジの所に預かってもらってたこと忘れてました。
すみません、今すぐ取ってきますのでちょっと待ってて下さい」
「?・・・・・」

慌ててトイレに向かう。ノックをするが応答がない。(シメシメ)
ドアを開けると無事、鞄もあった。ホッと胸をなでおろし、直ぐに引き返した。
中に入ると、先ほどの笑い転げていた失礼な案内人が注文を聞いていた。

「何か今日は表のほうで騒がしかったみたいだけど、何かあったの?」
「いえ、いえ、別になにも」といって私の方を見て案内人が笑っている。
「いつも静かで落ち着いたお店にしては珍しいこともあるのねぇー」
「え、ええ・・・」

(まずい、早くこの話題を断ち切らねば・・)
「ママ、遅いですねー」 (と必要以上に大きな声で)
「もう直ぐだと思うわ」

案内人が出て行った。(やれやれ、フッーとひとまず安堵)


姉の百合は、ママに比べて少し小柄である。
やはり、姉妹だけあってどことなく似ている。
ママ程セクシーさはないが凄みがある。やはり、お姉さんという
雰囲気をもっており、一家を支えてきた迫力みたいなものを
感じる。

「記事って?」
「はい、○○新聞の訪問記シリーズといって、色々な会社とか
お店を訪問して、そこの特色とか経営者の人となりを紹介していく
コーナーなんですけど、はい」

「あぁ、大体分かります。まぁ京子が何を言ったか知りませんが
うちのようなお店はその企画にはそぐわない様に思うけど!」
「えぇーどうしてですか?」(かなり動揺する)

「要するにPRでしょ!パブリックリレーションでしたっけ?」
「はい、そうですが」(ママ、早くぅー大至急来て下さい)
「○○新聞なら発行部数も多いからお値段もかなりじゃないの?」
「高いか安いかは、僕たちには分かりませんが・・・」
「うーむ、うちは会員制のクラブだから、逆効果の面も考慮しないとね」

「とりあえず、こんな形態で記事が載るんですけど」といって
いままでの資料を見せる。

緊張の時間

「うふふふ、ちゃんと京子は言っていましたよ」と、百合は少し表情を崩した。
「そうでした?」(あの時は喉がカラカラでよく覚えていないが、姉さんが
どうのこうのと言っていたようにも思う)
ここでも私の悪い癖が顔を出す。肝心なことを聞き逃していたのだ。

「どうも、はじめまして」と急にあらたまって畳に手をつく。
「まぁまぁ、そんなに硬くならないで、それより何頼みます?」
せっかくひいた汗がまたナイアガラ状態。(ママ、早くきてー)


ここの天婦羅はおいしいのよ、私達はいつも
これにはまっているんだけど

「そうしたら僕もそれでお願いします」
「色々お刺身もあるわよ」
「いえ、天婦羅でいいです!」

百合は、クスッと微笑んでボタンを押した。

「京子も少し遅れると言っていたけど、もう来ると思うわ」
(早く、早くぅーママァー助けてぇ~)

初対面の人と二人きりの食事なんて私のプログラムには組み込まれてはいない。

「それで?記事がどうとかいっていたけど?」
「あっ、はいはい」といってカバンからゲラ刷りを取ろうとするが
そのカバンがない。
「!!!!~~~」(トイレに忘れたぁぁ~)



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