黒歴史日記
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夜のコンビニでカップルを見て思い出すこと

帰宅時はほとんど必ず、
家の近くのコンビニに、
寄ってから帰っている。

だいたいいつも、
お茶とかチョコとかアイスとか、
適当に選んで買う。

彼女と一緒に帰る場合も、同じように、
コンビニに寄ってから、帰っていた。

付き合い始めたばかりのある日、
彼女は、パンやおにぎりを選んで、
そのうちいくつかを、カゴに入れた。

お腹すいてるの?と尋ねると、
違う違う、明日の朝食べる分だよ、との答え。

明日の朝の分も買っておく私賢いでしょ?
みたいな自信に満ちた表情は今も覚えている。

いやいやいやいや、
明日の朝食べたいものは、
明日の朝になってみたいと分からないでしょ。

おにぎりかも知れない。

シャケや明太子か、
もしくは五目御飯やチャーハンなど、
おにぎりの種類も最近は多い。

もしくは、パンかも知れない。

ソーセージや玉子の塩っぱいパンから、
小豆やクリームやチョコの甘いパンまで、
種類がいっぱいある。

それなのに、それなのに、
昨晩の時点で、明日の朝食べたいものが、
決まっているはずがない。

そういうことを、一切無視して、
カゴに入れたわけだ。

そして、次の日の朝、
昨晩彼女が買ったメロンパンを食べる。

そのとき実際に食べたかったのは、
メロンパンなのか、もしくは、
パンではなくておにぎりだったのか、
そんなことは、どうでも良かった。

コンビニまでは近いけれど、
朝買いにいくのは億劫だった。

買っておいてくれて、
ありがとう。

自分勝手な記憶

人間は楽しく生きていけるように、

嫌なことは忘れやすく、

楽しかったことはよく覚えているという、

都合のいい記憶になっているらしい。


帰宅途中、住宅街を歩いていると、

学習塾の看板が煌々と輝いている。


ちょうど学生が自転車から降りて、

塾に入っていくところを横目に素通りする。


あの頃、塾が嫌だった。


嫌で嫌で、辞めたくて辞めたくて、

結局、親の許可をもらって辞めた。


テストも嫌だった。


テスト期間が本当に億劫で、

勉強をしなければいけない期間が、

とにかく嫌だった。


社会人になって、

いろいろなストレスを抱えて、

楽だった学生の頃に戻りたい、

なんて思ってる大人は多い気がする。


でもそれは違うと思う。


あの頃はあの頃で、嫌なことは多かったし、

楽しいことばかりではなかったはず。


大人になり学ぶことの楽しさを覚えたとしても、

勉強している学生が羨ましいだなんて、

軽々しく言ってはいけない。


ただ嫌なことを忘れてるだけで、

偉そうなことを言うんじゃないよ。

現代における忍耐力の低下について

退屈が苦痛だ

ただの退屈がただ退屈なだけではなく苦痛になっている

何もしていない時間を我慢できない

待ち時間はスマホを触る

そうしないと待っている時間が辛い

DVDは見たい部分まで早送りする

YouTubeだって同じ

見たいもの以外は見たくない

我慢して見ることも出来ない

情報が多い時代

いかに見てもらうかという話になりがちではあるが

見たくないものを我慢して見れなくなったことも問題だと思う

僕たちの忍耐力は低下している

この文章だって面白くないと読んでもらえない

面白くなくても読める力は必要じゃなかろうか

それがすなわち忍耐力ではないだろうか

そんなことをふと思いました

しつけ箸

上手く書けるか分からないけれど、
ふと思い出したことを書いてみようと思います。

以前お付き合いしていた彼女から、
何かのきっかけで、しつけ箸をプレゼントされたことがあります。

誕生日だったか、バレンタインデーだったか、
クリスマスだったか、忘れてしまったのですが、
何かきっかけがある日だったということは覚えています。

僕は箸の持ち方が個性的というかオリジナルというか俺流というか、
要するに汚い持ち方なので、それを思ってのことです。

その時は、しつけ箸をプレゼントされたことに、
あまりピンときていなくて、箸の持ち方が汚いからもらった、
くらいにしか正直思っていませんでした。

ただ、その後も彼女と過ごす内に、
だんだん気持ちは変わっていきました。

僕のことを良く見てくれていて、
僕の箸の持ち方を直したいと思ってくれて、
僕の今後のことを考えてくれて、
プレゼントしてくれたんだと思うようになっていました。

恥ずかしそうにしつけ箸をくれた仕草が、
今となってはとても愛おしく思います。

美化しているだけかも知れません。

ただ単に箸の持ち方が汚いからもらっただけかも知れません。

でも僕はその優しさが何だか重たすぎて、
しつけ箸を持っている限り彼女のことを思い出す気がして、
引っ越しの際に、捨てましたとさ。

めでたし、めでたし。

三色ボールペンの分解

エレベーターを待っている間、
手持ち無沙汰でポケットにあった三色ボールペンを分解した。

そしてエレベーターがくる前には、元通りに直した。

意味もなく分解したくなる欲求は、
誰にでもあるんじゃないかと思う。

食べ物でもたまに分解したくなることがある。

ウエハースなんかをチョコと生地に分けて食べたりする。

とんがりコーンはよく見ると繋ぎ目があって、
綺麗に繋ぎ目の部分で割れるように口の中で噛んだりする。

綺麗に割れたかどうか確認するために、
一度口から出してみたりする。

アーモンドチョコレートを口の中で溶かして、
一旦アーモンドだけの状態にしてから食べることもある。

分解したくなる欲求は、とても興味深いと思った。

全てのものに対して思うわけでもなく、きっと人それぞれ違う。

そして僕は「生き物」に対して、
その欲求がわかなくて良かったと心から思った。

そんなことを考えてしまう自分が怖かったりもする。
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