4月に入ってから仕事が忙しくて、意外と疲れることがおおい今日この頃です。
今回は、「日常系」と呼ばれるジャンルについて考えてみたいと思います。
いつ、だれが言い出したのかも分かりませんが、いつの間にか「日常系」というジャンルだけが独り歩きするようになった感じはありますが、とにかくも文字通り「日常」を写実的に描いたジャンル、という定義で語りたいと思います。
あくまでも何も参考にした文献はなく、完全に独断、独りよがり、マスターベーションによる意見・感想なので同意していただければ同意いただき、そうでないというならこういう見方もあるといったご感想もあればぜひぜひ宜しくです。
さて、「日常系」と銘打っては見ましたが、その歴史をさかのぼってみたいと思います。
近年でいえば「けいおん!」だったり「らき☆すた」だったりするみたいですね。あとは「日常」もしかすると「みなみけ」なども含まれるかもしれません。
いずれにせよ、大きなドラマがあるわけではなく、「みなみけ」の言葉を借りれば「平凡な日常を淡々と描くもの」であり「過度な期待はしないでください」というのが大きな特色でしょう。
私自身はその源流を考えた場合、テレビアニメという世界では「サザエさん」がそのもとになっているような気がします。
「磯野家」という家族の枠内で展開される日常を、ただただ描く世界。
カツオが波平に怒られ、サザエが舟さんと食事を作り、マスオさんがタラちゃんと遊んで、という自己完結した世界ですね。
しかし、この作品がもう半世紀近くもずっと放映されている事実をどうみればよいのか。
アニメとは違うのかもしれませんが、「セサミストリート」等も「日常系」と捉えられるのかもしれません。
クッキーモンスターがいて、エルモがいて、彼らがダベるだけというのですら何十年も繰り広げられています。
人間はどこかしら、平凡な日常にドラマ性を求めているのかもしれませんね。
でなければ、やりきれない日常を過ごせないという考えもあるのかもしれませんがw
しかし、そこから考えると、現在の日常系というのはやはり変質してきつつあるのかもしれません。
「らき☆すた」などは、「萌え」や「オタク文化」が存分に発揮される世界でした。
また「けいおん!」では、「キャラクター萌え」というものが前面に押し出された作品でした。
これは、一人一人のキャラクターにいわば「属性」を付加して、個性を際立たせるという手法ですね。
現在語られる「日常系」が、そういった「萌え」と切り離せないというのは、「サザエさん」の世界とは隔世の感といった感じですが、ではどこでそう変質したのか、そのきっかけはどこにあったのか、、それはまだ私には不勉強ゆえ分かりません。
「萌え」が「日常系」に溶け込んだのか、「日常系」が「萌え」を求めたのか。
卵が先か、鶏が先かみたいなものですかね。
もちろん変わってきたのが悪いとは言いません。
しかし、どこかにさみしさというか、何かが違うという印象がぬぐえない、少し年寄りじみた考えを持つ人間がいてもいいじゃないか、という独白です。
さて、GJ部でもリピートしてみてみるか…