以前のブログで、「私に出たPTSDの症状」で書いた通り、事件後すぐに出た症状もあれば、事件から半年ほど経って出た症状もあった。










突然、激しい動悸、息切れ、めまい、吐き気が襲ってきて、呼吸が上手く出来なくなるという症状が出始めた。







いわゆる過呼吸・パニック発作だった。








ちなみに私はずっとブログで書いている通り、過呼吸は何回も起こしている。







ただ、過呼吸といっても、今までとは違った発作を起こすようになった。









今までの過呼吸は、検察庁の取り調べでも話したような(『検察庁2回目の取り調べ ③』参照)、







いきなりダッシュして走ったあとの息切れが、





感覚が早く、




息を止めることも出来ず、





唸るような大きい声で必死にゼーハーゼーハー呼吸し、




荒い呼吸が治まるのを待っていた。









被害にあって半年くらいから出始めた過呼吸は、








そもそも呼吸がまともに出来ていないため、





息は荒い状態というよりも、むしろかなり静かに過呼吸を起こしていた。







起き上がることも出来ないほど、動悸、めまい、吐き気が辛く、





赤ちゃんがお腹のなかで寝ているような体勢で、





安定剤2種類と吐き気止めを飲んで、





それでも効き目がなかったら、もう1錠安定剤を追加して、過呼吸が治まるのを待った。









私はこの発作を起こす度に、





「脳、心臓、消化器に何か癌などの大病をしているのではないか。今すぐ死ぬのではないか。」





とずっと心配で怖くてたまらなかった。









最初にこのようなパニック発作を起こしたのは、国選弁護人が決まり、数週間経ったころだった。








私は父と少しでも一緒に居たくない一心から、





仕事帰りの妹を駅まで車で迎えに行っていた。





(一人で外出は出来なかったが、車で4~5分の距離を一人で運転することは出来ていた。その方が父と一緒に居るより怖くないからだった。)







駅前で車を止めて、妹を待っていると、外から知らない男がガラス越しに私を見ながら、何か訳の分からないことを大声で怒鳴ってきた。








私はその一瞬で非常に怖くなり、






激しい動悸と吐き気に襲われ、息苦しくなり、



車に鍵が掛かっていることを何度も確認し、



慌てて持ち歩いている安定剤と吐き気止めを飲んで、妹が来るのを待った。








妹が来てすぐに運転を代わってもらい、



自宅についてすぐ横になり、



泣きながら母に事情を説明し、この日を境に運転すら出来なくなった。






この日以降も、レジで後ろに並んだ男がブツブツ独り言を呟いていただけで気持ち悪くなり、






車に乗り込んで母に泣きついたこともあったり、






何のキッカケもなく突然息苦しくなり、動悸、めまい、吐き気などのパニック発作を何度も起こすようになった。





横になって発作が治まるのを待っている私に母は、





「こんな状態じゃ証人尋問になっても行かせられない!」





と言ったことがあった。






母よりも、私が一番そう思っていた。