哀歌2章13~17節、詩篇5篇、使徒13章1~12節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

哀歌 2:13 おとめエルサレムよ あなたを何にたとえ、何の証しとしよう。おとめシオンよ あなたを何になぞらえて慰めよう。海のように深い痛手を負ったあなたを 誰が癒せよう。
 2:14 預言者はあなたに託宣を与えたが むなしい、偽りの言葉ばかりであった。あなたを立ち直らせるには 一度、罪をあばくべきなのに むなしく、迷わすことを あなたに向かって告げるばかりであった。
 2:15 道行く人はだれもかれも 手をたたいてあなたを嘲る。おとめエルサレムよ、あなたに向かって 口笛を吹き、頭を振ってはやしたてる 「麗しさの極み、全地の喜びと たたえられた都がこれか」と。
 2:16 敵は皆、あなたに向かって大口を開け 歯をむき、口笛を吹き、そして言う 「滅ぼし尽くしたぞ。ああ、これこそ待ちに待った日だ。たしかに見届けた」と。
 2:17 主は計画したことを実現し 約束したことを果たされる方。昔、命じておかれたところのゆえに あなたを破壊し、容赦されなかった。敵はそのあなたを見て喜び あなたを苦しめる者らは角を上げる。

詩篇 5:1  指揮者によって。笛に合わせて。賛歌。ダビデの詩。
 5:2 主よ、わたしの言葉に耳を傾け つぶやきを聞き分けてください。
 5:3 わたしの王、わたしの神よ 助けを求めて叫ぶ声を聞いてください。あなたに向かって祈ります。
 5:4 主よ、朝ごとに、わたしの声を聞いてください。朝ごとに、わたしは御前に訴え出て あなたを仰ぎ望みます。
 5:5 あなたは、決して 逆らう者を喜ぶ神ではありません。悪人は御もとに宿ることを許されず
 5:6 誇り高い者は御目に向かって立つことができず 悪を行う者はすべて憎まれます。
 5:7 主よ、あなたは偽って語る者を滅ぼし 流血の罪を犯す者、欺く者をいとわれます。
 5:8 しかしわたしは、深い慈しみをいただいて あなたの家に入り、聖なる宮に向かってひれ伏し あなたを畏れ敬います。
 5:9 主よ、恵みの御業のうちにわたしを導き まっすぐにあなたの道を歩ませてください。わたしを陥れようとする者がいます。
 5:10 彼らの口は正しいことを語らず、舌は滑らかで 喉は開いた墓、腹は滅びの淵。
 5:11 神よ、彼らを罪に定め そのたくらみのゆえに打ち倒してください。彼らは背きに背きを重ねる反逆の者。彼らを追い落としてください。
 5:12 あなたを避けどころとする者は皆、喜び祝い とこしえに喜び歌います。御名を愛する者はあなたに守られ あなたによって喜び誇ります。
 5:13 主よ、あなたは従う人を祝福し 御旨のままに、盾となってお守りくださいます。

使徒 13:1 アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。
 13:2 彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」
 13:3 そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。
 13:4 聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは、セレウキアに下り、そこからキプロス島に向け船出し、
 13:5 サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた。二人は、ヨハネを助手として連れていた。
 13:6 島全体を巡ってパフォスまで行くと、ユダヤ人の魔術師で、バルイエスという一人の偽預言者に出会った。
 13:7 この男は、地方総督セルギウス・パウルスという賢明な人物と交際していた。総督はバルナバとサウロを招いて、神の言葉を聞こうとした。
 13:8 魔術師エリマ――彼の名前は魔術師という意味である――は二人に対抗して、地方総督をこの信仰から遠ざけようとした。
 13:9 パウロとも呼ばれていたサウロは、聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて、
 13:10 言った。「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。
 13:11 今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」するとたちまち、魔術師は目がかすんできて、すっかり見えなくなり、歩き回りながら、だれか手を引いてくれる人を探した。
 13:12 総督はこの出来事を見て、主の教えに非常に驚き、信仰に入った。

 

 

使徒言行録には、偉大な伝道者となったパウロらの働きについて記されている。

かつてはクリスチャンを迫害していたパウロが、キリストの復活の証人として力強い宣教の働きを進めていったことは驚くべきことでもある。

しかし、この働きは、パウロ自身が勝手に決め、一人で行動していったわけではない。

きちんと教会の承認を得て、さらに言えば、そこに聖霊の働きがあったことがはっきりと語られているのである。

伝道の働きを進めていくことは、多いに喜ばしいことであるが、どんなに自分の思いが強くあろうと、その人のために祈り、支え、もっと言えば、承認して励ましてくれる人たちがいなければ、続けていくことは難しい。

そして何より、そこに主なる神様のご意思があるかどうかということは、もっと大切である。

もちろん、失敗すれば、それが答えにもなるだろうから、とりあえず、働きを始めてみるというのも悪くはないだろう。

仮にそうであったとしても、誰からも認めてもらえず、祈って支援してくれる人がいない働きというのものは、長くは続かないだろう。

教会の働きとはそういうものなのだろう。

一人では続けられない。

最低でも二人、または三人、主の御名によって祈り続けていくことが大切なのだろう。

 

マタイ18:18 はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。
18:19 また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。
18:20 二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」