エレミヤ26章7~16節、詩篇11篇、1ヨハネ4章1~6節、ヨハネ14章21~27節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ 26:7 祭司と預言者たちとすべての民は、エレミヤが主の神殿でこれらの言葉を語るのを聞いた。
 26:8 エレミヤが、民のすべての者に語るように主に命じられたことを語り終えると、祭司と預言者たちと民のすべては、彼を捕らえて言った。「あなたは死刑に処せられねばならない。
 26:9 なぜ、あなたは主の名によって預言し、『この神殿はシロのようになり、この都は荒れ果てて、住む者もなくなる』と言ったのか」と。すべての民は主の神殿でエレミヤのまわりに集まった。
 26:10 ユダの高官たちはこれらの言葉を聞き、王の宮殿から主の神殿に上って来て、主の神殿の新しい門の前で裁きの座に着いた。
 26:11 祭司と預言者たちは、高官たちと民のすべての者に向かって言った。「この人の罪は死に当たります。彼は、あなたがた自身が聞かれたように、この都に敵対する預言をしました。」
 26:12 エレミヤは高官たちと民のすべての者に向かって言った。「主がわたしを遣わされ、お前たちが聞いたすべての言葉をこの神殿とこの都に対して預言させられたのだ。
 26:13 今こそ、お前たちは自分の道と行いを正し、お前たちの神、主の声に聞き従わねばならない。主はこのように告げられた災いを思い直されるかもしれない。
 26:14 わたしはお前たちの手中にある。お前たちの目に正しく、善いと思われることをするがよい。
 26:15 ただ、よく覚えておくがよい、わたしを殺せば、お前たち自身と、この都とその住民の上に、無実の者の血を流した罪を招くということを。確かに、主がわたしを遣わし、これらのすべての言葉をお前たちの耳に告げさせられたのだから。」
 26:16 高官たちと民のすべての者は、祭司と預言者たちに向かって言った。「この人には死に当たる罪はない。彼は我々の神、主の名によって語ったのだ。」

詩篇 11:1  指揮者によって。ダビデの詩。 主を、わたしは避けどころとしている。どうしてあなたたちはわたしの魂に言うのか 「鳥のように山へ逃れよ。
 11:2 見よ、主に逆らう者が弓を張り、弦に矢をつがえ 闇の中から心のまっすぐな人を射ようとしている。
 11:3 世の秩序が覆っているのに 主に従う人に何ができようか」と。
 11:4 主は聖なる宮にいます。主は天に御座を置かれる。御目は人の子らを見渡し そのまぶたは人の子らを調べる。
 11:5 主は、主に従う人と逆らう者を調べ 不法を愛する者を憎み
 11:6 逆らう者に災いの火を降らせ、熱風を送り 燃える硫黄をその杯に注がれる。
 11:7 主は正しくいまし、恵みの業を愛し 御顔を心のまっすぐな人に向けてくださる。

1ヨハネ 4:1 愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。
 4:2 イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊は、すべて神から出たものです。このことによって、あなたがたは神の霊が分かります。
 4:3 イエスのことを公に言い表さない霊はすべて、神から出ていません。これは、反キリストの霊です。かねてあなたがたは、その霊がやって来ると聞いていましたが、今や既に世に来ています。
 4:4 子たちよ、あなたがたは神に属しており、偽預言者たちに打ち勝ちました。なぜなら、あなたがたの内におられる方は、世にいる者よりも強いからです。
 4:5 偽預言者たちは世に属しており、そのため、世のことを話し、世は彼らに耳を傾けます。
 4:6 わたしたちは神に属する者です。神を知る人は、わたしたちに耳を傾けますが、神に属していない者は、わたしたちに耳を傾けません。これによって、真理の霊と人を惑わす霊とを見分けることができます。

ヨハネ 14:21 わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」
 14:22 イスカリオテでない方のユダが、「主よ、わたしたちには御自分を現そうとなさるのに、世にはそうなさらないのは、なぜでしょうか」と言った。
 14:23 イエスはこう答えて言われた。「わたしを愛する人は、わたしの言葉を守る。わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。
 14:24 わたしを愛さない者は、わたしの言葉を守らない。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。
 14:25 わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。
 14:26 しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。
 14:27 わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。

 

 

 

聖書には、まことの神が私たちを救う救い主を送られることが約束され、それがイエス様であられるということが語られている。

このイエス様は、まことの神ご自身であり、その方が私たちを救うために自らの命を犠牲として十字架に捧げられたことで、私たちの救いが確かなこととして成し遂げられたのである。

このことを信じて受け取る人には、まことの神が共にいてくださる。

信じない人は、神を拒否しているのであり、神は共にはいない。

それだけのことである。

神を否定しても、それでも揺るぎない平安があるのなら、それはそれで仕方がない。

しかし、私には神のない人生は、あまりにも不安であるし、恐ろし過ぎる。

神に愛され、救われている約束を得ているからこそ、まことの平安を得ていられる。

だから、今日も十字架の主イエス様を見ていよう。

平安でいよう。シャローム。