申命記17章2~13節、詩篇119篇65~72節、ローマ13章1~7節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記 17:2 あなたの神、主が与えられるどこかの町で、あなたの中に、男にせよ女にせよ、あなたの神、主が悪と見なされることを行って、契約を破り、
 17:3 他の神々に仕え、その神々や太陽、月、天の万象などわたしが命じたことのないものにひれ伏す者がいるならば、
 17:4 その知らせを受け、それを聞いたときには、よく調べなさい。もし、それが確かな事実であり、イスラエルの中でこうした、いとうべきことが行われたのであれば、
 17:5 この悪事を行った当の男ないし女を町の門に引き出し、その男ないし女を石で打ちなさい。彼らは死なねばならない。
 17:6 死刑に処せられるには、二人ないし三人の証言を必要とする。一人の証人の証言で死刑に処せられてはならない。
 17:7 死刑の執行に当たっては、まず証人が手を下し、次に民が全員手を下す。あなたはこうして、あなたの中から悪を取り除かねばならない。
 17:8 あなたの町で、流血、もめ事、傷害などの訴えを裁くのが極めて難しいならば、直ちにあなたの神、主が選ばれる場所に上り、
 17:9 レビ人である祭司およびその時、任に就いている裁判人のもとに行って尋ねなさい。彼らが判決を告げるであろう。
 17:10 あなたは、彼らが主の選ばれる場所から告げる判決に従い、彼らの指示するとおりに忠実に実行しなければならない。
 17:11 あなたは彼らの示す指示と下す判決に従い、彼らが告げる言葉に背いて、右にも左にもそれてはならない。
 17:12 あなたの神、主に仕えてそこに立つ祭司あるいは裁判人を無視して、勝手にふるまう者があれば、その者を死刑に処し、イスラエルの中から悪を取り除かねばならない。
 17:13 民は皆、これを聞くと、恐れを抱き、もはや勝手にふるまうことはないであろう。

詩篇 119:65 主よ、あなたの御言葉のとおり あなたの僕に恵み深くお計らいください。
 119:66 確かな判断力と知識をもつように わたしを教えてください。わたしはあなたの戒めを信じています。
 119:67 わたしは迷い出て、ついに卑しめられました。今からは、あなたの仰せを守らせてください。
 119:68 あなたは善なる方、すべてを善とする方。あなたの掟を教えてください。
 119:69 傲慢な者は偽りの薬を塗ろうとしますが わたしは心を尽くしてあなたの命令を守ります。
 119:70 彼らの心は脂肪に閉ざされています。わたしはあなたの律法を楽しみとします。
 119:71 卑しめられたのはわたしのために良いことでした。わたしはあなたの掟を学ぶようになりました。
 119:72 あなたの口から出る律法はわたしにとって 幾千の金銀にまさる恵みです。

ローマ 13:1 人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。
 13:2 従って、権威に逆らう者は、神の定めに背くことになり、背く者は自分の身に裁きを招くでしょう。
 13:3 実際、支配者は、善を行う者にはそうではないが、悪を行う者には恐ろしい存在です。あなたは権威者を恐れないことを願っている。それなら、善を行いなさい。そうすれば、権威者からほめられるでしょう。
 13:4 権威者は、あなたに善を行わせるために、神に仕える者なのです。しかし、もし悪を行えば、恐れなければなりません。権威者はいたずらに剣を帯びているのではなく、神に仕える者として、悪を行う者に怒りをもって報いるのです。
 13:5 だから、怒りを逃れるためだけでなく、良心のためにも、これに従うべきです。
 13:6 あなたがたが貢を納めているのもそのためです。権威者は神に仕える者であり、そのことに励んでいるのです。
 13:7 すべての人々に対して自分の義務を果たしなさい。貢を納めるべき人には貢を納め、税を納めるべき人には税を納め、恐るべき人は恐れ、敬うべき人は敬いなさい。

 

 

人と人が集まり、社会を構成していく時、平和で安定した暮らしを保っていくためには、ある程度のルールや指導者といった存在は必要であろう。

旧約聖書の時代には、祭司がその務めを担ったり、新約聖書の時代には、もっと近代的な政治システムも構築されていたようであり、政治以外にも軍事、経済など、人間社会を平穏に保っていくために用いられていると言えよう。

しかし、それらすべてのことも、神に由来するものであり、神によって許され、立てられ、運営されているものでなければ、平和で穏やかな社会を保つといったことは難しくなるだろう。

あるいは、一部の人間が、自分たちの都合や欲望に支配されて、この世の権威を握りしめ、社会を自分の思うままに動かそうとするなら、その先にあるのは混乱と破滅であろう。

願わくは、そんなことにならないようになることを祈るばかりであるが、その前に、我々一人一人も「自分」という人間の行動を託されたものであることを覚え、自分の人生の責任を神からゆだねられたものとして、神と人とにお仕えしていく生き方を選んでいくことが求められていると言えよう。

神からゆだねられた「私」という人間を、神の御心に従いながら、正しく、そして、平和的に生きていきたいものである。