箴言1章1~7,20~33節、詩篇119篇121~128節、マルコ4章30~34節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

箴言 1:1 イスラエルの王、ダビデの子、ソロモンの箴言。
 1:2 これは知恵と諭しをわきまえ 分別ある言葉を理解するため
 1:3 諭しを受け入れて 正義と裁きと公平に目覚めるため。
 1:4 未熟な者に熟慮を教え 若者に知識と慎重さを与えるため。
 1:5 これに聞き従えば、賢人もなお説得力を加え 聡明な人も指導力を増すであろう。
 1:6 また、格言、寓話 賢人らの言葉と謎を理解するため。
 1:7 主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る。

 1:20 知恵は巷に呼ばわり 広場に声をあげる。
 1:21 雑踏の街角で呼びかけ 城門の脇の通路で語りかける。
 1:22 「いつまで 浅はかな者は浅はかであることに愛着をもち 不遜な者は不遜であることを好み 愚か者は知ることをいとうのか。
 1:23 立ち帰って、わたしの懲らしめを受け入れるなら 見よ、わたしの霊をあなたたちに注ぎ わたしの言葉を示そう。
 1:24 しかし、わたしが呼びかけても拒み 手を伸べても意に介せず
 1:25 わたしの勧めをことごとくなおざりにし 懲らしめを受け入れないなら
 1:26 あなたたちが災いに遭うとき、わたしは笑い 恐怖に襲われるとき、嘲笑うであろう。
 1:27 恐怖が嵐のように襲い 災いがつむじ風のように起こり 苦難と苦悩があなたたちを襲うとき。」
 1:28 そのときになって 彼らがわたしを呼んでもわたしは答えず 捜し求めても わたしを見いだすことはできない。
 1:29 彼らは知ることをいとい 主を畏れることを選ばず
 1:30 わたしの勧めに従わず 懲らしめをすべてないがしろにした。
 1:31 だから、自分たちの道が結んだ実を食べ 自分たちの意見に飽き足りるがよい。
 1:32 浅はかな者は座して死に至り 愚か者は無為の内に滅びる。
 1:33 わたしに聞き従う人は確かな住まいを得 災難を恐れることなく平穏に暮らす。

詩篇 119:121 わたしは正しい裁きを行います 虐げる者にわたしをまかせないでください。
 119:122 恵み深くあなたの僕の保証人となってください。傲慢な者がわたしを虐げませんように。
 119:123 御救いを待って、わたしの目は衰えました あなたの正しい仰せを待って。
 119:124 慈しみ深く あなたの僕のために計らってください。あなたの掟をわたしに教えてください。
 119:125 わたしはあなたの僕です。あなたが分からせてくだされば あなたの定めを知ることができます。
 119:126 主の働かれるときです。人々はあなたの律法を破棄しています。
 119:127 それゆえ、金にまさり純金にまさって わたしはあなたの戒めを愛します。
 119:128 それゆえ、あなたの命令のすべてに従って わたしはまっすぐに歩き 偽りの道をことごとく憎みます。

マルコ 4:30 更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。
 4:31 それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、
 4:32 蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」
 4:33 イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。
 4:34 たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。

 

 

聖書に記されていることは、決して難しいことではない。

むしろ、誰が読んでもわかるように、比較的やさしい言葉で記されている。

ただ、その内容は、神の存在を信じない人や、他の神々を信じている人にとっては、受け入れがたいものとなっているのかもしれない。

しかし、逆に、真の神がいると想定して読むならば、これほど幸いな神様が与えようと願われていることを知ることができるだろうし、聖書に語られている神様を信じることができれば、平安と喜びに満たされることだろうし、何より、幸いで生きていられることだろう。

大切なことは、聖書のみ言葉を信じて、それを受け止めるかどうか。

種は、そのまま放置していても、何も始まらないし、何も育たたない。

しかし、土に蒔いてやれば、やがてその種は芽生え、育ち、花を咲かせ、そして実を結ぶ。

まずは、聖書のみ言葉をしっかりと受け止めよう。

そこからすべてが始まっていく。