イザヤ 44:18 彼らは悟ることもなく、理解することもない。目はふさがれていて見えず 心もふさがれていて、目覚めることはない。
44:19 反省することもなく、知識も英知もなく 「わたしは半分を燃やして火にし その炭火でパンを焼き、肉をあぶって食べた。残りの木で忌むべきものを造ったり 木の切れ端を拝んだりできようか」とは言わない。
44:20 彼は灰を食らい 惑わされた心は、その道を誤らせる。彼は自分の魂を救うことができず 「わたしの右の手にあるのは偽りではないか」とすら言わない。
詩篇 86:11 主よ、あなたの道をお教えください。わたしはあなたのまことの中を歩みます。御名を畏れ敬うことができるように 一筋の心をわたしにお与えください。
86:12 主よ、わたしの神よ 心を尽くしてあなたに感謝をささげ とこしえに御名を尊びます。
86:13 あなたの慈しみはわたしを超えて大きく 深い陰府から わたしの魂を救い出してくださいます。
86:14 神よ、傲慢な者がわたしに逆らって立ち 暴虐な者の一党がわたしの命を求めています。彼らはあなたを自分たちの前に置いていません。
86:15 主よ、あなたは情け深い神 憐れみに富み、忍耐強く 慈しみとまことに満ちておられる。
86:16 わたしに御顔を向け、憐れんでください。御力をあなたの僕に分け与え あなたのはしための子をお救いください。
86:17 良いしるしをわたしに現してください。それを見て わたしを憎む者は恥に落とされるでしょう。主よ、あなたは必ずわたしを助け 力づけてくださいます。
マタイ 7:15 「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。
7:16 あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。
7:17 すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
7:18 良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。
7:19 良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。
7:20 このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。」
良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
当たり前のことのようであるが、人はその結ぶ実をみて、その人が良い人なのかどうか判断していく。
しかし、その実とは、何らかの成果を上げたかとか、成功したかといったことを指しているわけではないだろう。
世の中で成功しているように思っている人ほど、案外、高慢になっていたり、他人を見下したりしていたりするものである。
そして、人はそういうところを見ている。
いくら正しいことを言っているようでも、その人が他人を見下しているのか、それとも、敬意をもって接しようとしているのかといったことは、言葉や態度にありありと現れてくる。
フィリピ 2:1 そこで、あなたがたに幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、"霊"による交わり、それに慈しみや憐れみの心があるなら、
2:2 同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、わたしの喜びを満たしてください。
2:3 何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、
2:4 めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。
2:5 互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。
2:6 キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、
2:7 かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、
2:8 へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。
イエス様は、ただただ私たちを救いたいがために、命をも惜しまずに捨てられた。
こんな小さな者のために仕えてくださったのである。
願わくは、イエス様のようになりたいとは思うものの、なかなか難しいことではあるが、まずは、このようなイエス様のお姿を忘れないでいたいものである。