ヨブ記39章26節~40章5節、詩篇29篇、ヨハネ14章25~26節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨブ記 39:26 鷹が翼を広げて南へ飛ぶのは お前が分別を与えたからなのか。
 39:27 鷲が舞い上がり、高い所に巣を作るのは お前が命令したからなのか。
 39:28 鷲は岩場に住み 牙のような岩や砦の上で夜を過ごす。
 39:29 その上から餌を探して はるかかなたまで目を光らせている。
 39:30 その雛は血を飲むことを求め 死骸の傍らには必ずいる。
 40:1 ヨブに答えて、主は仰せになった。
 40:2 全能者と言い争う者よ、引き下がるのか。神を責めたてる者よ、答えるがよい。
 40:3 ヨブは主に答えて言った。
 40:4 わたしは軽々しくものを申しました。どうしてあなたに反論などできましょう。わたしはこの口に手を置きます。
 40:5 ひと言語りましたが、もう主張いたしません。ふた言申しましたが、もう繰り返しません。

詩篇 29:1  賛歌。ダビデの詩。 神の子らよ、主に帰せよ 栄光と力を主に帰せよ
 29:2 御名の栄光を主に帰せよ。聖なる輝きに満ちる主にひれ伏せ。
 29:3 主の御声は水の上に響く。栄光の神の雷鳴はとどろく。主は大水の上にいます。
 29:4 主の御声は力をもって響き 主の御声は輝きをもって響く。
 29:5 主の御声は杉の木を砕き 主はレバノンの杉の木を砕き
 29:6 レバノンを子牛のように シルヨンを野牛の子のように躍らせる。
 29:7 主の御声は炎を裂いて走らせる。
 29:8 主の御声は荒れ野をもだえさせ 主はカデシュの荒れ野をもだえさせる。
 29:9 主の御声は雌鹿をもだえさせ 月満ちぬうちに子を産ませる。神殿のものみなは唱える 「栄光あれ」と。
 29:10 主は洪水の上に御座をおく。とこしえの王として、主は御座をおく。
 29:11 どうか主が民に力をお与えになるように。主が民を祝福して平和をお与えになるように。

ヨハネ 14:25 わたしは、あなたがたといたときに、これらのことを話した。
 14:26 しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。

 

 

 

 

私たちには全能の神様のことを全て知ることはできないし、神様のご計画や考えておられる事の全てを理解することは難しいと思う。

それでも、私たち人間にもわかるように、聖書に語られている天地創造や出エジプトなどのイスラエルの歴史を通して、神様が私たち人間が滅びゆくことを望まれず、神様ご自身の恵みと憐れみの御業によって、すべての人を救いの恵みに与らせようと願われたことが語られている。

そして、その救いの約束は、御自分の御子イエス様のご生涯を通して現わされた。

イエス様の十字架と復活の御業によって、神様が私たちをどのようにして救おうとされたか、また、どれほど愛して下さっておられるかということを示されたのである。

今の時代では、聖霊様がそのことを私たちに教え、思い起こさせて下さる。

聖書はあまりにも膨大な量の言葉があって、時々難解にも思えるが、神様が現わされた救いの約束が一貫して語られていると言えるだろう。

逆に、イエス様の十字架の贖いの御業によって神様が私たちを救おうとされた真実を踏まえて聖書を読んでいけば、自ずと、その概要も見えてくるだろう。

バラエティに富んだ聖書を、それぞれ個別に読み解いていこうとすると、全てがバラバラに分断されてしまい、結果、人も世界も分断されていくことにつながりかねない。

しかし、一つのテーマで統一され、調和のとれたものとして読み進めていくなら、人も世界も分断することなく、調和のとれた幸いなものとなっていくことだろう。

少なくとも、わたしはそのように聖書を読む。というか、そう読みたい。

分断を進めていくのではなく、個も集団も、互いに協調し合い、調和のとれた世界として、人と人が共存し共に生きていくことのできるような、神が約束された御国を願いつつ。