民数記11章24~30節、詩篇104篇24~35節、ヨハネ7章37~39節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

民数記 11:24 モーセは出て行って、主の言葉を民に告げた。彼は民の長老の中から七十人を集め、幕屋の周りに立たせた。
 11:25 主は雲のうちにあって降り、モーセに語られ、モーセに授けられている霊の一部を取って、七十人の長老にも授けられた。霊が彼らの上にとどまると、彼らは預言状態になったが、続くことはなかった。
 11:26 宿営に残っていた人が二人あった。一人はエルダド、もう一人はメダドといい、長老の中に加えられていたが、まだ幕屋には出かけていなかった。霊が彼らの上にもとどまり、彼らは宿営で預言状態になった。
 11:27 一人の若者がモーセのもとに走って行き、エルダドとメダドが宿営で預言状態になっていると告げた。
 11:28 若いころからモーセの従者であったヌンの子ヨシュアは、「わが主モーセよ、やめさせてください」と言った。
 11:29 モーセは彼に言った。「あなたはわたしのためを思ってねたむ心を起こしているのか。わたしは、主が霊を授けて、主の民すべてが預言者になればよいと切望しているのだ。」
 11:30 モーセはイスラエルの長老と共に宿営に引き揚げた。

詩篇 104:24 主よ、御業はいかにおびただしいことか。あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。
 104:25 同じように、海も大きく豊かで その中を動きまわる大小の生き物は数知れない。
 104:26 舟がそこを行き交い お造りになったレビヤタンもそこに戯れる。
 104:27 彼らはすべて、あなたに望みをおき ときに応じて食べ物をくださるのを待っている。
 104:28 あなたがお与えになるものを彼らは集め 御手を開かれれば彼らは良い物に満ち足りる。
 104:29 御顔を隠されれば彼らは恐れ 息吹を取り上げられれば彼らは息絶え 元の塵に返る。
 104:30 あなたは御自分の息を送って彼らを創造し 地の面を新たにされる。
 104:31 どうか、主の栄光がとこしえに続くように。主が御自分の業を喜び祝われるように。
 104:32 主が地を見渡されれば地は震え 山に触れられれば山は煙を上げる。
 104:33 命ある限り、わたしは主に向かって歌い 長らえる限り、わたしの神にほめ歌をうたおう。
 104:34 どうか、わたしの歌が御心にかなうように。わたしは主によって喜び祝う。
 104:35 どうか、罪ある者がこの地からすべてうせ 主に逆らう者がもはや跡を絶つように。わたしの魂よ、主をたたえよ。ハレルヤ。

ヨハネ 7:37 祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。
 7:38 わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」
 7:39 イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている"霊"について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、"霊"がまだ降っていなかったからである。

 

 

この世界に生きる者は、神から命を与えられている。

しかし、命そのものが神であるということではない。

ただ、主イエス様を救い主として信じるなら、もはや私たちは永遠に滅ぼされることはなく、永遠の命が約束されており、聖霊様が私たちのうちに住まわれることで、その約束が果たされていると言えよう。

とすると、結局は主なる神様を信じ、聖霊様が共にいて下さることで、永遠の命がそこにあることになるから、命が神のように思えるかもしれないが、命が神であるというより、神がいるからそこに命があるといった方が良いのだろう。

まずはじめに神がおられる。

そして、神は私たちに命を与えられる。

だから私たちは生きているのである。

神に創られ、赦され、生かされ、愛されていることを感謝しよう。