出エジプト記3章16~22節、4章18~20節、詩篇23篇、1ペテロ2章13~17節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

出エジプト記 3:16 さあ、行って、イスラエルの長老たちを集め、言うがよい。『あなたたちの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主がわたしに現れて、こう言われた。わたしはあなたたちを顧み、あなたたちがエジプトで受けてきた仕打ちをつぶさに見た。
 3:17 あなたたちを苦しみのエジプトから、カナン人、ヘト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の住む乳と蜜の流れる土地へ導き上ろうと決心した』と。
 3:18 彼らはあなたの言葉に従うであろう。あなたはイスラエルの長老たちを伴い、エジプト王のもとに行って彼に言いなさい。『ヘブライ人の神、主がわたしたちに出現されました。どうか、今、三日の道のりを荒れ野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。』
 3:19 しかしわたしは、強い手を用いなければ、エジプト王が行かせないことを知っている。
 3:20 わたしは自ら手を下しあらゆる驚くべき業をエジプトの中で行い、これを打つ。その後初めて、王はあなたたちを去らせるであろう。
 3:21 そのとき、わたしは、この民にエジプト人の好意を得させるようにしよう。出国に際して、あなたたちは何も持たずに出ることはない。
 3:22 女は皆、隣近所や同居の女たちに金銀の装身具や外套を求め、それを自分の息子、娘の身に着けさせ、エジプト人からの分捕り物としなさい。」

 4:18 モーセがしゅうとのエトロのもとに帰って、「エジプトにいる親族のもとへ帰らせてください。まだ元気でいるかどうか見届けたいのです」と言うと、エトロは言った。「無事で行きなさい。」
 4:19 主はミディアンでモーセに言われた。「さあ、エジプトに帰るがよい、あなたの命をねらっていた者は皆、死んでしまった。」
 4:20 モーセは、妻子をろばに乗せ、手には神の杖を携えて、エジプトの国を指して帰って行った。

詩篇 23:1  賛歌。ダビデの詩。 主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。
 23:2 主はわたしを青草の原に休ませ 憩いの水のほとりに伴い
 23:3 魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく わたしを正しい道に導かれる。
 23:4 死の陰の谷を行くときも わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖 それがわたしを力づける。
 23:5 わたしを苦しめる者を前にしても あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ わたしの杯を溢れさせてくださる。
 23:6 命のある限り 恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り 生涯、そこにとどまるであろう。

1ペテロ 2:13 主のために、すべて人間の立てた制度に従いなさい。それが、統治者としての皇帝であろうと、
 2:14 あるいは、悪を行う者を処罰し、善を行う者をほめるために、皇帝が派遣した総督であろうと、服従しなさい。
 2:15 善を行って、愚かな者たちの無知な発言を封じることが、神の御心だからです。
 2:16 自由な人として生活しなさい。しかし、その自由を、悪事を覆い隠す手だてとせず、神の僕として行動しなさい。
 2:17 すべての人を敬い、兄弟を愛し、神を畏れ、皇帝を敬いなさい。

 

 

聖書には、この世の権力であるとか制度といったものも、秩序を保つために神がたてられたものであると考え、基本的には従うように命じられている。

しかし、それが神の御心に反するものである場合に限って、従わない選択も認められる。

どこに線を引くのかは難しい者だいであるが、社会の秩序と安定のために、人々が平和で安心して暮らせるための制度ならば、従って行けば良いのだろう。

あとは、この世界の平和のために祈る事。

神の御手によって真の愛と平和に満ちた社会となりますように。