イザヤ52章13節~53章12節、詩篇22篇、ヨハネ18章1節~19章42節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ 52:13 見よ、わたしの僕は栄える。はるかに高く上げられ、あがめられる。
 52:14 かつて多くの人をおののかせたあなたの姿のように 彼の姿は損なわれ、人とは見えず もはや人の子の面影はない。
 52:15 それほどに、彼は多くの民を驚かせる。彼を見て、王たちも口を閉ざす。だれも物語らなかったことを見 一度も聞かされなかったことを悟ったからだ。 
 53:1 わたしたちの聞いたことを、誰が信じえようか。主は御腕の力を誰に示されたことがあろうか。
 53:2 乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように この人は主の前に育った。見るべき面影はなく 輝かしい風格も、好ましい容姿もない。
 53:3 彼は軽蔑され、人々に見捨てられ 多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。
 53:4 彼が担ったのはわたしたちの病 彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに わたしたちは思っていた 神の手にかかり、打たれたから 彼は苦しんでいるのだ、と。
 53:5 彼が刺し貫かれたのは わたしたちの背きのためであり 彼が打ち砕かれたのは わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって わたしたちに平和が与えられ 彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。
 53:6 わたしたちは羊の群れ 道を誤り、それぞれの方角に向かって行った。そのわたしたちの罪をすべて 主は彼に負わせられた。
 53:7 苦役を課せられて、かがみ込み 彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように 毛を切る者の前に物を言わない羊のように 彼は口を開かなかった。
 53:8 捕らえられ、裁きを受けて、彼は命を取られた。彼の時代の誰が思い巡らしたであろうか わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり 命ある者の地から断たれたことを。
 53:9 彼は不法を働かず その口に偽りもなかったのに その墓は神に逆らう者と共にされ 富める者と共に葬られた。
 53:10 病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ 彼は自らを償いの献げ物とした。彼は、子孫が末永く続くのを見る。主の望まれることは 彼の手によって成し遂げられる。
 53:11 彼は自らの苦しみの実りを見 それを知って満足する。わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために 彼らの罪を自ら負った。
 53:12 それゆえ、わたしは多くの人を彼の取り分とし 彼は戦利品としておびただしい人を受ける。彼が自らをなげうち、死んで 罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い 背いた者のために執り成しをしたのは この人であった。

詩篇 22:1  指揮者によって。「暁の雌鹿」に合わせて。賛歌。ダビデの詩。
 22:2 わたしの神よ、わたしの神よ なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず 呻きも言葉も聞いてくださらないのか。
 22:3 わたしの神よ 昼は、呼び求めても答えてくださらない。夜も、黙ることをお許しにならない。
 22:4 だがあなたは、聖所にいまし イスラエルの賛美を受ける方。
 22:5 わたしたちの先祖はあなたに依り頼み 依り頼んで、救われて来た。
 22:6 助けを求めてあなたに叫び、救い出され あなたに依り頼んで、裏切られたことはない。
 22:7 わたしは虫けら、とても人とはいえない。人間の屑、民の恥。
 22:8 わたしを見る人は皆、わたしを嘲笑い 唇を突き出し、頭を振る。
 22:9 「主に頼んで救ってもらうがよい。主が愛しておられるなら 助けてくださるだろう。」
 22:10 わたしを母の胎から取り出し その乳房にゆだねてくださったのはあなたです。
 22:11 母がわたしをみごもったときから わたしはあなたにすがってきました。母の胎にあるときから、あなたはわたしの神。
 22:12 わたしを遠く離れないでください 苦難が近づき、助けてくれる者はいないのです。
 22:13 雄牛が群がってわたしを囲み バシャンの猛牛がわたしに迫る。
 22:14 餌食を前にした獅子のようにうなり 牙をむいてわたしに襲いかかる者がいる。
 22:15 わたしは水となって注ぎ出され 骨はことごとくはずれ 心は胸の中で蝋のように溶ける。
 22:16 口は渇いて素焼きのかけらとなり 舌は上顎にはり付く。あなたはわたしを塵と死の中に打ち捨てられる。
 22:17 犬どもがわたしを取り囲み さいなむ者が群がってわたしを囲み 獅子のようにわたしの手足を砕く。
 22:18 骨が数えられる程になったわたしのからだを 彼らはさらしものにして眺め
 22:19 わたしの着物を分け 衣を取ろうとしてくじを引く。
 22:20 主よ、あなただけは わたしを遠く離れないでください。わたしの力の神よ 今すぐにわたしを助けてください。
 22:21 わたしの魂を剣から救い出し わたしの身を犬どもから救い出してください。
 22:22 獅子の口、雄牛の角からわたしを救い わたしに答えてください。
 22:23 わたしは兄弟たちに御名を語り伝え 集会の中であなたを賛美します。
 22:24 主を畏れる人々よ、主を賛美せよ。ヤコブの子孫は皆、主に栄光を帰せよ。イスラエルの子孫は皆、主を恐れよ。
 22:25 主は貧しい人の苦しみを 決して侮らず、さげすまれません。御顔を隠すことなく 助けを求める叫びを聞いてくださいます。
 22:26 それゆえ、わたしは大いなる集会で あなたに賛美をささげ 神を畏れる人々の前で満願の献げ物をささげます。
 22:27 貧しい人は食べて満ち足り 主を尋ね求める人は主を賛美します。いつまでも健やかな命が与えられますように。
 22:28 地の果てまで すべての人が主を認め、御もとに立ち帰り 国々の民が御前にひれ伏しますように。
 22:29 王権は主にあり、主は国々を治められます。
 22:30 命に溢れてこの地に住む者はことごとく 主にひれ伏し 塵に下った者もすべて御前に身を屈めます。わたしの魂は必ず命を得
 22:31 -32子孫は神に仕え 主のことを来るべき代に語り伝え 成し遂げてくださった恵みの御業を 民の末に告げ知らせるでしょう。

ヨハネ 18:1 こう話し終えると、イエスは弟子たちと一緒に、キドロンの谷の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスは弟子たちとその中に入られた。
 18:2 イエスを裏切ろうとしていたユダも、その場所を知っていた。イエスは、弟子たちと共に度々ここに集まっておられたからである。
 18:3 それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明やともし火や武器を手にしていた。
 18:4 イエスは御自分の身に起こることを何もかも知っておられ、進み出て、「だれを捜しているのか」と言われた。
 18:5 彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われた。イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らと一緒にいた。
 18:6 イエスが「わたしである」と言われたとき、彼らは後ずさりして、地に倒れた。
 18:7 そこで、イエスが「だれを捜しているのか」と重ねてお尋ねになると、彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。
 18:8 すると、イエスは言われた。「『わたしである』と言ったではないか。わたしを捜しているのなら、この人々は去らせなさい。」
 18:9 それは、「あなたが与えてくださった人を、わたしは一人も失いませんでした」と言われたイエスの言葉が実現するためであった。
 18:10 シモン・ペトロは剣を持っていたので、それを抜いて大祭司の手下に打ってかかり、その右の耳を切り落とした。手下の名はマルコスであった。
 18:11 イエスはペトロに言われた。「剣をさやに納めなさい。父がお与えになった杯は、飲むべきではないか。」

 

 

イエス様は自らの命を人々の救いのための犠牲のいけにえとなって十字架で死んで下さった。

まことに尊いことである。

かつて自分も、そのように生きようと思っていた。

誰かの救いのために、自分を犠牲にし、心から喜んでもらえることを願い、ののしりも甘んじて受けた。

しかし、ののしられ、裁かれて終わりであった。

何ら感謝されることも、喜んでもらえることもなかった。

何か間違っていたのか、イエス様ど何が違うのか考えてみた。

人はそれほど強くはないし、そもそも、そんな弱い我々を救うために、イエス様は私の身代わりとなって死んで下さったのだから、私自身が犠牲となって死ぬ必要はないのである。

そのことを思い知らされた時、ようやく肩の荷がおろせたような気がした。

十字架にかかるのは私ではない。

それができるのはイエス様だけがである。

イエス様は、苦しいことは私一人でいいと仰せられ、私たちに対しては「私のもとに来て重荷を下ろしなさい」と勧められるのである。

今日はイエス様が十字架にかけられたことを覚える受苦日。

イエス様のもとにいき、イエス様に私の苦しみも全てお委ねしよう。

イエス様がそうしなさいと仰せられているのだから。