申命記24章17節~25章4節、詩篇15編、1テモテ5章17~24節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記 24:17 寄留者や孤児の権利をゆがめてはならない。寡婦の着物を質に取ってはならない。
 24:18 あなたはエジプトで奴隷であったが、あなたの神、主が救い出してくださったことを思い起こしなさい。わたしはそれゆえ、あなたにこのことを行うように命じるのである。
 24:19 畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。こうしてあなたの手の業すべてについて、あなたの神、主はあなたを祝福される。
 24:20 オリーブの実を打ち落とすときは、後で枝をくまなく捜してはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。
 24:21 ぶどうの取り入れをするときは、後で摘み尽くしてはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。
 24:22 あなたは、エジプトの国で奴隷であったことを思い起こしなさい。わたしはそれゆえ、あなたにこのことを行うように命じるのである。
 25:1 二人の間に争いが生じ、彼らが法廷に出頭するならば、正しい者を無罪とし、悪い者を有罪とする判決が下されねばならない。
 25:2 もし有罪の者が鞭打ちの刑に定められる場合、裁判人は彼をうつ伏せにし、自分の前で罪状に応じた数だけ打たせねばならない。
 25:3 四十回までは打ってもよいが、それ以上はいけない。それ以上鞭打たれて、同胞があなたの前で卑しめられないためである。
 25:4 脱穀している牛に口籠を掛けてはならない。

詩篇 15:1  賛歌。ダビデの詩。 主よ、どのような人が、あなたの幕屋に宿り 聖なる山に住むことができるのでしょうか。
 15:2 それは、完全な道を歩き、正しいことを行う人。心には真実の言葉があり
 15:3 舌には中傷をもたない人。友に災いをもたらさず、親しい人を嘲らない人。
 15:4 主の目にかなわないものは退け 主を畏れる人を尊び 悪事をしないとの誓いを守る人。
 15:5 金を貸しても利息を取らず 賄賂を受けて無実の人を陥れたりしない人。これらのことを守る人は とこしえに揺らぐことがないでしょう。

1テモテ 5:17 よく指導している長老たち、特に御言葉と教えのために労苦している長老たちは二倍の報酬を受けるにふさわしい、と考えるべきです。
 5:18 聖書には、「脱穀している牛に口籠をはめてはならない」と、また「働く者が報酬を受けるのは当然である」と書かれています。
 5:19 長老に反対する訴えは、二人あるいは三人の証人がいなければ、受理してはなりません。
 5:20 罪を犯している者に対しては、皆の前でとがめなさい。そうすれば、ほかの者も恐れを抱くようになります。
 5:21 神とキリスト・イエスと選ばれた天使たちとの前で、厳かに命じる。偏見を持たずにこれらの指示に従いなさい。何事をするにも、えこひいきはなりません。
 5:22 性急にだれにでも手を置いてはなりません。他人の罪に加わってもなりません。いつも潔白でいなさい。
 5:23 これからは水ばかり飲まないで、胃のために、また、度々起こる病気のために、ぶどう酒を少し用いなさい。
 5:24 ある人々の罪は明白でたちまち裁かれますが、ほかの人々の罪は後になって明らかになります。

 

 

働く者が報酬を受けることは正当な権利である。

しかし、働き如何に関わらず、人が生きていく上で、生きていくために必要なものを得る権利が保証されることは大切なことであろう。

というのも、どれだけ働いたかということと、どれだけ成果を上げられたかということは全く異なる問題であり、多くの働きは、評価しずらいものも数多くあるからである。

人を教え導く働きなどもそうであろう。

目に見えて成長させていくことのできる人もいれば、そうは見えない人もいる。

教育なども、じっくり時間をかけて、長い年月を経て、ようやく実を結び始めることもある。

ルツはモアブの地から逃れてナオミの故郷のイスラエルの地にきて、落穂を拾い集めて生活をしていた。

その子孫からダビデが生まれ、そして、その後の子孫からイエス様がお生まれ下さった。

すぐには結果が見えなくても、愛と憐れみの心を持ちつつ、いつか多くの実を結んでいくことを祈りながら、今の私たちにできる最善の歩みと思えることを続けていきたいものである。