申命記16章18~20節、詩篇15編、1ペテロ3章8~12節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記 16:18 あなたの神、主が部族ごとに与えられるすべての町に、裁判人と役人を置き、正しい裁きをもって民を裁かせなさい。
 16:19 裁きを曲げず、偏り見ず、賄賂を受け取ってはならない。賄賂は賢い者の目をくらませ、正しい者の言い分をゆがめるからである。
 16:20 ただ正しいことのみを追求しなさい。そうすれば命を得、あなたの神、主が与えられる土地を得ることができる。

詩篇 15:1  賛歌。ダビデの詩。 主よ、どのような人が、あなたの幕屋に宿り 聖なる山に住むことができるのでしょうか。
 15:2 それは、完全な道を歩き、正しいことを行う人。心には真実の言葉があり
 15:3 舌には中傷をもたない人。友に災いをもたらさず、親しい人を嘲らない人。
 15:4 主の目にかなわないものは退け 主を畏れる人を尊び 悪事をしないとの誓いを守る人。
 15:5 金を貸しても利息を取らず 賄賂を受けて無実の人を陥れたりしない人。これらのことを守る人は とこしえに揺らぐことがないでしょう。

1ペテロ 3:8 終わりに、皆心を一つに、同情し合い、兄弟を愛し、憐れみ深く、謙虚になりなさい。
 3:9 悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです。
 3:10 「命を愛し、幸せな日々を過ごしたい人は、舌を制して、悪を言わず、唇を閉じて、偽りを語らず、
 3:11 悪から遠ざかり、善を行い、平和を願って、これを追い求めよ。
 3:12 主の目は正しい者に注がれ、主の耳は彼らの祈りに傾けられる。主の顔は悪事を働く者に対して向けられる。」

 

 

何が正しいことなのかということは、人それぞれ価値観や生い立ちなどが違うため、一概には言えない面もあるが、人間が生きていく上で普遍的に善なることというのは「ある」と言えるだろう。

聖書で語られている隣人愛がそれに該当するだろうし、人間が生きていくためには、自分と他者とが良い関係を構築しながら生きていくことが必要であるし、独りよがりや自分勝手な生き方をしていたのでは、他者との関係はおろか、結局は自分自身の生き方さえも破壊していくことになってしまうだろう。

 

創世記 2:18 主なる神は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」

 

人間は独りでは生きていけない。

互いに助け合ってこそ、人は生きるものとなる。

そのことを覚えつつ、神が人間にして下さったこともまた人を助けることであること覚えながら、神と隣人を愛する生き方へと歩んでいきたいものである。