エレミヤ8章23節~9章15節、詩篇84篇2~8節、2テモテ3章1~9節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ 8:23 わたしの頭が大水の源となり わたしの目が涙の源となればよいのに。そうすれば、昼も夜もわたしは泣こう 娘なるわが民の倒れた者のために。
 9:1 荒れ野に旅人の宿を見いだせるものなら わたしはこの民を捨て 彼らを離れ去るであろう。すべて、姦淫する者であり、裏切る者の集まりだ。
 9:2 彼らは舌を弓のように引き絞り 真実ではなく偽りをもってこの地にはびこる。彼らは悪から悪へと進み わたしを知ろうとしない、と主は言われる。
 9:3 人はその隣人を警戒せよ。兄弟ですら信用してはならない。兄弟といっても 「押しのける者(ヤコブ)」であり 隣人はことごとく中傷して歩く。
 9:4 人はその隣人を惑わし、まことを語らない。舌に偽りを語ることを教え 疲れるまで悪事を働く。
 9:5 欺きに欺きを重ね わたしを知ることを拒む、と主は言われる。
 9:6 それゆえ、万軍の主はこう言われる。見よ、わたしは娘なるわが民を 火をもって溶かし、試す。まことに、彼らに対して何をすべきか。
 9:7 彼らの舌は人を殺す矢 その口は欺いて語る。隣人に平和を約束していても その心の中では、陥れようとたくらんでいる。
 9:8 これらのことをわたしは罰せずにいられようかと 主は言われる。このような民に対し、わたしは必ずその悪に報いる。
 9:9 山々で、悲しみ嘆く声をあげ 荒れ野の牧草地で、哀歌をうたえ。そこは焼き払われて、通り過ぎる人もなくなり 家畜の鳴く声も聞こえなくなる。空の鳥も家畜も、ことごとく逃れ去った。
 9:10 わたしはエルサレムを瓦礫の山 山犬の住みかとし ユダの町々を荒廃させる。そこに住む者はいなくなる。
 9:11 知恵ある人はこれを悟れ。主の口が語られることを告げよ。何故、この地は滅びたのか。焼き払われて荒れ野となり 通り過ぎる人もいない。
 9:12 主は言われる。「それは、彼らに与えたわたしの教えを彼らが捨て、わたしの声に聞き従わず、それによって歩むことをしなかったからだ。」
 9:13 彼らは、そのかたくなな心に従い、また、先祖が彼らに教え込んだようにバアルに従って歩んだ。
 9:14 それゆえ、イスラエルの神、万軍の主は言われる。「見よ、わたしはこの民に苦よもぎを食べさせ、毒の水を飲ませる。
 9:15 彼らを、彼ら自身も先祖も知らなかった国々の中に散らし、その後から剣を送って彼らを滅ぼし尽くす。」

詩篇 84:2 万軍の主よ、あなたのいますところは どれほど愛されていることでしょう。
 84:3 主の庭を慕って、わたしの魂は絶え入りそうです。命の神に向かって、わたしの身も心も叫びます。
 84:4 あなたの祭壇に、鳥は住みかを作り つばめは巣をかけて、雛を置いています。万軍の主、わたしの王、わたしの神よ。
 84:5 いかに幸いなことでしょう あなたの家に住むことができるなら まして、あなたを賛美することができるなら。
 84:6 いかに幸いなことでしょう あなたによって勇気を出し 心に広い道を見ている人は。
 84:7 嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう。雨も降り、祝福で覆ってくれるでしょう。
 84:8 彼らはいよいよ力を増して進み ついに、シオンで神にまみえるでしょう。

2テモテ  3:1 しかし、終わりの時には困難な時期が来ることを悟りなさい。
 3:2 そのとき、人々は自分自身を愛し、金銭を愛し、ほらを吹き、高慢になり、神をあざけり、両親に従わず、恩を知らず、神を畏れなくなります。
 3:3 また、情けを知らず、和解せず、中傷し、節度がなく、残忍になり、善を好まず、
 3:4 人を裏切り、軽率になり、思い上がり、神よりも快楽を愛し、
 3:5 信心を装いながら、その実、信心の力を否定するようになります。こういう人々を避けなさい。
 3:6 彼らの中には、他人の家に入り込み、愚かな女どもをたぶらかしている者がいるのです。彼女たちは罪に満ち、さまざまの情欲に駆り立てられており、
 3:7 いつも学んでいながら、決して真理の認識に達することができません。
 3:8 ヤンネとヤンブレがモーセに逆らったように、彼らも真理に逆らっています。彼らは精神の腐った人間で、信仰の失格者です。
 3:9 しかし、これ以上はびこらないでしょう。彼らの無知がすべての人々にあらわになるからです。ヤンネとヤンブレの場合もそうでした。

 

 

 

私たちが生きるこの世界は、決してすべてが心地よく、快適で、いつも喜んで安心して暮らせるようなところであるというわけではない。

むしろ全く逆で、何もかもが不安で、恐れや苛立ち、不義や悪に満ちた世界の中で、それでもどうにかして生きている、というのが実態ではないだろうか。

そんな荒んだ世界において生き続けていくためには、何が必要だろうか。

富や快楽など、結局は、この世の悪を増大させる元凶となっているだけかもしれない。

テモテへの手紙の中には、この手紙を受け取っったテモテが、幼い頃から神のみ言葉である聖書に親しみ、そこから神のことを学び続けてきていたことが記されている。

聖書には、主なる神が命をかけて私たちを愛し、救おうとされたということが語られている。

金や銀などの朽ちるものによるのではなく、朽ちることのない神の小羊の命の代価によって神に買い取られ、永遠の命にあずかる約束を頂くのだ。

そのことが分かっていれば、何も恐れることはないだろうし、様々な困難や試練の中にあっても、生きていくことができるのだろう。

 

いかに幸いなことでしょう あなたによって勇気を出し 心に広い道を見ている人は。
嘆きの谷を通るときも、そこを泉とするでしょう。雨も降り、祝福で覆ってくれるでしょう。