イザヤ 54:11 苦しめられ、嵐にもてあそばれ 慰める者もない都よ 見よ、わたしはアンチモンを使って あなたの石を積む。サファイアであなたの基を固め
54:12 赤めのうであなたの塔を エメラルドであなたの門を飾り 地境に沿って美しい石を連ねる。
54:13 あなたの子らは皆、主について教えを受け あなたの子らには平和が豊かにある。
54:14 あなたは恵みの業によって堅く立てられる。虐げる者から遠く離れよ もはや恐れることはない。破壊する者から遠く離れよ もはやそれがあなたに近づくことはない。
54:15 見よ、攻め寄せる者があっても わたしによらずには何もなしえない。攻め寄せる者はあなたの前に倒れる。
54:16 見よ、わたしは職人を創造した。彼は炭火をおこし、仕事のために道具を作る。わたしは破壊する者も創造してそれを破壊させる。
54:17 どのような武器があなたに対して作られても 何一つ役に立つことはない。裁きの座であなたに対立するすべての舌を あなたは罪に定めることができる。これが主の僕らの嗣業 わたしの与える恵みの業だ、と主は言われる。
詩篇 121:1 都に上る歌。 目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。
121:2 わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。
121:3 どうか、主があなたを助けて 足がよろめかないようにし まどろむことなく見守ってくださるように。
121:4 見よ、イスラエルを見守る方は まどろむことなく、眠ることもない。
121:5 主はあなたを見守る方 あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。
121:6 昼、太陽はあなたを撃つことがなく 夜、月もあなたを撃つことがない。
121:7 主がすべての災いを遠ざけて あなたを見守り あなたの魂を見守ってくださるように。
121:8 あなたの出で立つのも帰るのも 主が見守ってくださるように。今も、そしてとこしえに。
使徒 17:22 パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。
17:23 道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。
17:24 世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません。
17:25 また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と、その他すべてのものを与えてくださるのは、この神だからです。
17:26 神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。
17:27 これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。
17:28 皆さんのうちのある詩人たちも、『我らは神の中に生き、動き、存在する』『我らもその子孫である』と、言っているとおりです。
17:29 わたしたちは神の子孫なのですから、神である方を、人間の技や考えで造った金、銀、石などの像と同じものと考えてはなりません。
17:30 さて、神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。
17:31 それは、先にお選びになった一人の方によって、この世を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」
17:32 死者の復活ということを聞くと、ある者はあざ笑い、ある者は、「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう」と言った。
17:33 それで、パウロはその場を立ち去った。
17:34 しかし、彼について行って信仰に入った者も、何人かいた。その中にはアレオパゴスの議員ディオニシオ、またダマリスという婦人やその他の人々もいた。
使徒言行録には、パウロがアテネで語ったメッセージが記されている。
その中に「神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の至るところに住まわせ、季節を決め、彼らの居住地の境界をお決めになりました。これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが探し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。皆さんのうちのある詩人たちも、『我らは神の中に生き、動き、存在する』『我らもその子孫である』と、言っているとおりです。」といったことが語られている。
世界の様々な土地に人が住んでいて、それは、彼らが神を求め、まことの神を探し求めれば、見いだすことができるからであると語られている。
しかし、多くの人は便利さや快適さ、快楽などを求め、都市部へ移住していく。
その目的が人間の欲望や都合によるのだから、神を探し求める思いとは反対方向へ向かって当然であろう。
もちろん、不便で寂しい田舎の土地に住むのが良い、ということでもないが、どういう目的で人が都市部へ移住しようとしているのかということをしっかりと認識しておく必要はあるのではないだろうか。
都会にはいろんなものがあり、多くの人がいて、それはそれで楽しめることだろう。
しかし、それ故に、真の神を見失いやすい。
どこに住もうと、その人の勝手ではあるが、様々な誘惑に心を奪われ、神を探し求めることを忘れてしまうことがないように心がけていきたい。
そして、どんな町に住んでいようと、神に愛されていることは変わりなく、幸いな者であることを覚えたいものである。