箴言 21:1 主の御手にあって王の心は水路のよう。主は御旨のままにその方向を定められる。
21:2 人間の道は自分の目に正しく見える。主は心の中を測られる。
21:3 神に従い正義を行うことは いけにえをささげるよりも主に喜ばれる。
21:4 高慢なまなざし、傲慢な心は 神に逆らう者の灯、罪。
21:24 増長し、高慢な者、その名は不遜。高慢のかぎりを尽くす。
21:25 怠け者は自分の欲望に殺される。彼の手が働くことを拒むからだ。
21:26 欲望は絶えることなく欲し続ける。神に従う人は与え、惜しむことはない。
詩篇 112:1 ハレルヤ。いかに幸いなことか 主を畏れる人 主の戒めを深く愛する人は。
112:2 彼の子孫はこの地で勇士となり 祝福されたまっすぐな人々の世代となる。
112:3 彼の家には多くの富があり 彼の善い業は永遠に堪える。
112:4 まっすぐな人には闇の中にも光が昇る 憐れみに富み、情け深く、正しい光が。
112:5 憐れみ深く、貸し与える人は良い人。裁きのとき、彼の言葉は支えられる。
112:6 主に従う人はとこしえに揺らぐことがない。彼はとこしえに記憶される。
112:7 彼は悪評を立てられても恐れない。その心は、固く主に信頼している。
112:8 彼の心は堅固で恐れることなく ついに彼は敵を支配する。
112:9 貧しい人々にはふるまい与え その善い業は永遠に堪える。彼の角は高く上げられて、栄光に輝く。
112:10 神に逆らう者はそれを見て憤り 歯ぎしりし、力を失う。神に逆らう者の野望は滅びる。
マタイ 20:20 そのとき、ゼベダイの息子たちの母が、その二人の息子と一緒にイエスのところに来て、ひれ伏し、何かを願おうとした。
20:21 イエスが、「何が望みか」と言われると、彼女は言った。「王座にお着きになるとき、この二人の息子が、一人はあなたの右に、もう一人は左に座れるとおっしゃってください。」
20:22 イエスはお答えになった。「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。このわたしが飲もうとしている杯を飲むことができるか。」二人が、「できます」と言うと、
20:23 イエスは言われた。「確かに、あなたがたはわたしの杯を飲むことになる。しかし、わたしの右と左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、わたしの父によって定められた人々に許されるのだ。」
20:24 ほかの十人の者はこれを聞いて、この二人の兄弟のことで腹を立てた。
20:25 そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。
20:26 しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、
20:27 いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。
20:28 人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」
イエス様は、数々の奇跡を行い、時には死者をもよみがえらせたりもしていた。
だから、弟子たちは、イエス様が十字架にかけられて殺されるなど微塵にも思っていなかっただろうし、仮にそんなことになろうとも、神の力を用いて、敵対するものを蹴散らし、あらゆる人々の王として君臨するであろうと考えていたのであろう。
だから、イエス様が地上で王となられる時には、何もかも捨てて従ってきていた自分たちを、ぜひ王の右と左に座らせて、大臣のごとく取り計らってもらうことを期待したのであろう。
しかし、イエス様の飲む杯とは、地上で王として君臨することではなく、全ての人を救うために、多くの人の身代金として自分の命を捧げることであり、十字架にかけられて殺されることであった。
このようなお方が、私たちを救うことのできる真の神であり、真の王である。
私たち人間にはできないことを、私たちのために、私たちの身代わりとなって引き受けて下さったのである。
なんとも畏れ多く、ありがたいことである。
イエス様の尊い贖いの代価によって神に買い取られた者として、少しでも神の御心に適うべく、一人でも多くの人が救われることのために仕えていく者とならせていただきたいものである。