エレミヤ25章30~36節、詩篇32篇、ルカ19章45~48節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ 25:30 あなたは、これらの言葉をすべて彼らに預言して言うがよい。「主は、高い天からほえたけり 聖なる宮から声をとどろかされる。その牧場に向かってほえたけり この地のすべての住民に向かって 酒ぶねを踏む者のように叫び声をあげられる。
 25:31 その響きは地の果てに至る。主は、諸国民と争い 肉なるものをすべて裁き 主に逆らう者を剣に渡される」と 主は言われる。
 25:32 万軍の主はこう言われる。見よ、災いが一つの民から出て他の民に及ぶ。激しい嵐が地の果てから起こる。
 25:33 その日には、主に刺し貫かれた者が地の果てから地の果てまで、嘆くこともなく横たわる。集められることも葬られることもなく、地の面にまき散らされて肥やしとなる。
 25:34 牧者たちよ、嘆き叫べ。群れを率いる者らよ、灰をその身にかぶれ。お前たちが屠られるときが満ちた。お前たちは貴い器のように砕かれて倒れる。
 25:35 牧者は逃げ場を失い 群れを率いる者は避け所を失う。
 25:36 牧者の叫ぶ声 群れを率いる者の嘆く声がする。主が彼らの牧草地を荒らされるからだ。

詩篇 32:1  ダビデの詩。マスキール。 いかに幸いなことでしょう 背きを赦され、罪を覆っていただいた者は。
 32:2 いかに幸いなことでしょう 主に咎を数えられず、心に欺きのない人は。
 32:3 わたしは黙し続けて 絶え間ない呻きに骨まで朽ち果てました。
 32:4 御手は昼も夜もわたしの上に重く わたしの力は 夏の日照りにあって衰え果てました。
 32:5 わたしは罪をあなたに示し 咎を隠しませんでした。わたしは言いました 「主にわたしの背きを告白しよう」と。そのとき、あなたはわたしの罪と過ちを 赦してくださいました。
 32:6 あなたの慈しみに生きる人は皆 あなたを見いだしうる間にあなたに祈ります。大水が溢れ流れるときにも その人に及ぶことは決してありません。
 32:7 あなたはわたしの隠れが。苦難から守ってくださる方。救いの喜びをもって わたしを囲んでくださる方。
 32:8 わたしはあなたを目覚めさせ 行くべき道を教えよう。あなたの上に目を注ぎ、勧めを与えよう。
 32:9 分別のない馬やらばのようにふるまうな。それはくつわと手綱で動きを抑えねばならない。そのようなものをあなたに近づけるな。
 32:10 神に逆らう者は悩みが多く 主に信頼する者は慈しみに囲まれる。
 32:11 神に従う人よ、主によって喜び躍れ。すべて心の正しい人よ、喜びの声をあげよ。

ルカ 19:45 それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで商売をしていた人々を追い出し始めて、
 19:46 彼らに言われた。「こう書いてある。『わたしの家は、祈りの家でなければならない。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」
 19:47 毎日、イエスは境内で教えておられた。祭司長、律法学者、民の指導者たちは、イエスを殺そうと謀ったが、
 19:48 どうすることもできなかった。民衆が皆、夢中になってイエスの話に聞き入っていたからである。

 

 

 

聖書には、時々かなり厳しい裁きの言葉が告げられている。

宮清めと呼ばれる記事も、何もそこまでしなくてもと思うほどに厳しく振舞われるイエス様の姿が記されていると言えよう。

しかし、一方で、神の憐れみのゆえに罪赦された者の幸いも告げられている。

一見、両極端な内容のように見えるが、実は表裏一体であり、一つに結ばれて捉えるならば、それがどれほど幸いなことかということが見えてくるのである。

つまり、聖書で語られて言える厳しい裁きの言葉は、それが十字架のイエス様によって徹底的に成し遂げられているからこそ、私たちの罪も完全に償われていると言えるのであり、だからこそ、赦しもまた完全なものとなるのである。

中途半端に償われ、まだ何か私たちの行いによって償わなければならない部分が残っているのなら、そこに真の平安は訪れないし、救いの確信を持てないまま、恐れと不安の中に生き続けねばならなくなるだろう。

しかし、十字架の死によって引き受けられたイエス様の裁きが完全なものであるからこそ、私たちの救いも完全なものとなるゆえに、何一つ差し引きされないような厳しい裁きの言葉と、完全なる赦しの言葉とが両立して語られるし、それだけ本物の救いであるということを証明していると言えるのである。

だから、いつでもイエス様のところに立ち帰ろう。

イエス様の十字架の御業のもとに、感謝と喜びをもってつながっていよう。