エレミヤ33章14~26節、詩篇89篇2~19節、ルカ12章41~48節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

エレミヤ 33:14 見よ、わたしが、イスラエルの家とユダの家に恵みの約束を果たす日が来る、と主は言われる。
 33:15 その日、その時、わたしはダビデのために正義の若枝を生え出でさせる。彼は公平と正義をもってこの国を治める。
 33:16 その日には、ユダは救われ、エルサレムは安らかに人の住まう都となる。その名は、『主は我らの救い』と呼ばれるであろう。
 33:17 主はこう言われる。ダビデのためにイスラエルの家の王座につく者は、絶えることがない。
 33:18 レビ人である祭司のためにも、わたしの前に動物や穀物を供えて焼き、いけにえをささげる者はいつまでも絶えることがない。」
 33:19 主の言葉がエレミヤに臨んだ。
 33:20 「主はこう言われる。わたしが昼と結んだ契約、夜と結んだ契約を、お前たちが破棄して、昼と夜とがその時に従って巡るのを妨げることができないように、
 33:21 わたしが、わが僕ダビデと結んだ契約が破棄され、ダビデの王位を継ぐ嫡子がなくなり、また、わたしに仕えるレビ人である祭司との契約が破棄されることもない。
 33:22 わたしは数えきれない満天の星のように、量り知れない海の砂のように、わが僕ダビデの子孫と、わたしに仕えるレビ人の数を増やす。」
 33:23 主の言葉がエレミヤに臨んだ。
 33:24 「この民は、『主は御自分が選んだ二つの氏族を見放された』と言って、わが民をもはや一国と呼ぶに値しないかのように、軽んじているのをあなたは知らないのか。
 33:25 主はこう言われる。もし、わたしが昼と夜と結んだ契約が存在せず、また、わたしが天と地の定めを確立しなかったのなら、
 33:26 わたしはヤコブとわが僕ダビデの子孫を退け、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫を治める者を選ぶことをやめるであろう。しかしわたしは、彼らの繁栄を回復し、彼らを憐れむ。」

詩篇 89:2 主の慈しみをとこしえにわたしは歌います。わたしの口は代々に あなたのまことを告げ知らせます。
 89:3 わたしは申します。「天にはとこしえに慈しみが備えられ あなたのまことがそこに立てられますように。」
 89:4 「わたしが選んだ者とわたしは契約を結び わたしの僕ダビデに誓った
 89:5 あなたの子孫をとこしえに立て あなたの王座を代々に備える、と。」
 89:6 主よ、天があなたの驚くべき力を告白し 聖なるものがその集会で あなたのまことを告白しますように。
 89:7 雲の上で、誰が主に並びえましょう 神々の子らの中で誰が主に比べられましょう。
 89:8 聖なるものの集いにおいて あなたは恐れられる神。御もとにあるものすべてに超えて 大いに畏れ敬われる方です。
 89:9 万軍の神、主よ 誰があなたのような威力を持つでしょう。主よ、あなたの真実は あなたを取り囲んでいます。
 89:10 あなたは誇り高い海を支配し 波が高く起これば、それを静められます。
 89:11 あなたはラハブを砕き、刺し殺し 御腕の力を振るって敵を散らされました。
 89:12 天はあなたのもの、地もあなたのもの。御自ら世界とそこに満ちるものの基を置き
 89:13 北と南を創造されました。タボル山、ヘルモン山は 御名を喜び歌います。
 89:14 あなたは力強い業を成し遂げる腕を具え 御手の力を振るい 右の御手を高く上げられます。
 89:15 正しい裁きは御座の基 慈しみとまことは御前に進みます。
 89:16 いかに幸いなことでしょう 勝利の叫びを知る民は。主よ、御顔の光の中を彼らは歩きます。
 89:17 絶えず、御名によって喜び躍り 恵みの御業にあずかって奮い立ちます。
 89:18 あなたは彼らの力の輝きです。御旨によって、我らの角を高く上げてください。

ルカ 12:41 そこでペトロが、「主よ、このたとえはわたしたちのために話しておられるのですか。それとも、みんなのためですか」と言うと、
 12:42 主は言われた。「主人が召し使いたちの上に立てて、時間どおりに食べ物を分配させることにした忠実で賢い管理人は、いったいだれであろうか。
 12:43 主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。
 12:44 確かに言っておくが、主人は彼に全財産を管理させるにちがいない。
 12:45 しかし、もしその僕が、主人の帰りは遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり、酔うようなことになるならば、
 12:46 その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ目に遭わせる。
 12:47 主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。
 12:48 しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」

 

 

主なる神様がご計画されたことは、それがいつ起きるかは私たちには分からないが、必ずやってくる。

実際、イエス様は、聖書で預言されていた通り、人としてこの世界にこられ、全人類の救いのために、贖いの犠牲となって十字架で死なれ、よみがえられ、その救いの約束を現わされたのである。

そして、イエス様は、いつの日か、再びこの世界に現れ、その時には世の終わりと共に、私たちは永遠の御国へと導き入れて下さることも約束されている。

いつかはわからないが、必ずそのことは起きる。

なぜなら、語られたのは真実な神であり、約束されたことは必ず果たされるお方だからである。

約束されたことが必ず果たされるからこそ、私たちは安心して信じることができる。

信じられない気持ちが起きることがあるかもしれない。

しかし、そんな時こそ、イエス様の十字架の出来事を見上げれば良い。

命をかけて、真実な救いを成し遂げて下さったイエス様のお姿を見れば、神ご自身がどれほど私たちを愛していて下さっているかがわかるし、これほどの愛をもって私たちを愛して下さっているイエス様が神ご自身であるというのだから、間違いはない。

約束されたことは必ず果たされるイエス様がいつ来られるのか分からないが、救われることは確かなこととなのだから、安心して信じて、その時を待ち望みつつ、平安のうちに今日を生きよう。