箴言23章1~11節、詩篇49篇2~13節、ローマ11章33~36節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

箴言 23:1 支配者と共に食卓に着いたなら 何に直面しているのかをよく理解せよ。
 23:2 あなたが食欲おうせいな人間なら 自分の喉にナイフを突きつけたも同じだ。
 23:3 供される珍味をむさぼるな、それは欺きのパンだ。
 23:4 富を得ようとして労するな 分別をもって、やめておくがよい。
 23:5 目をそらすや否や、富は消え去る。鷲のように翼を生やして、天に飛び去る。
 23:6 強欲な者のパンを食べようとするな。供される珍味をむさぼるな。
 23:7 彼はその欲望が示すとおりの人間だ。「食べるがよい、飲むがよい」と言っても 心はあなたを思ってはいない。
 23:8 あなたは食べたものを吐き出すことになり あなたが親切に言ったことも台無しになる。
 23:9 愚か者の耳に語りかけるな あなたの見識ある言葉を侮るだけだから。
 23:10 昔からの地境を移してはならない。みなしごの畑を侵してはならない。
 23:11 彼らを贖う神は強く 彼らに代わってあなたと争われるであろう。

詩篇 49:2 諸国の民よ、これを聞け この世に住む者は皆、耳を傾けよ
 49:3 人の子らはすべて 豊かな人も貧しい人も。
 49:4 わたしの口は知恵を語り わたしの心は英知を思う。
 49:5 わたしは格言に耳を傾け 竪琴を奏でて謎を解く。
 49:6 災いのふりかかる日 わたしを追う者の悪意に囲まれるときにも どうして恐れることがあろうか
 49:7 財宝を頼みとし、富の力を誇る者を。
 49:8 神に対して、人は兄弟をも贖いえない。神に身代金を払うことはできない。
 49:9 魂を贖う値は高く とこしえに、払い終えることはない。
 49:10 人は永遠に生きようか。墓穴を見ずにすむであろうか。
 49:11 人が見ることは 知恵ある者も死に 無知な者、愚かな者と共に滅び 財宝を他人に遺さねばならないということ。
 49:12 自分の名を付けた地所を持っていても その土の底だけが彼らのとこしえの家 代々に、彼らが住まう所。
 49:13 人間は栄華のうちにとどまることはできない。屠られる獣に等しい。

ローマ 11:33 ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう。
 11:34 「いったいだれが主の心を知っていたであろうか。だれが主の相談相手であっただろうか。
 11:35 だれがまず主に与えて、その報いを受けるであろうか。」
 11:36 すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように、アーメン。

 

 

 

本日の日課の箴言や詩篇の箇所に書かれていることは、非常に興味深い。

支配者がごちそうをもってもてなそうとしている時、それは、のど元にナイフを突きつけられているようなものであると言う風に、人はいとも簡単に罪の誘惑に負けてしまい、心を囚われてしまうものである。

そして、富の誘惑だけでなく、名声や知恵なども、人はいとも簡単にそれらに囚われてしまい、自分を失ってしまう。

いくらそれらのものを手に入れたとしても、それによって魂の救いが得られるわけではないというのに…。

何がしかに囚われている私たちの魂を買い戻すのには、いったいどれだけの代価が必要であろうか。

それは実は非常に難しく、実際に贖い出そうとしても、あまりにも支払わなければならない代価が高すぎて、私たち人間にはほとんど不可能なことなのである。

しかし、主なる神様は、そんな私たちのために、御自分の御子イエス様の命の代価を支払ってまで、囚われの身から私たちを贖い出そうとして下さったのである。

このような幸いな約束が語られている聖書のみ言葉に真摯に耳を傾けつつ、何が人を滅ぼすものであるか、そして、誰が私たちを滅びの状態から救い出すことができるのか、真実を見極めながら歩んでいきたいものである。