ヨブ記24章1~8節、詩篇25篇11~20節、ヤコブ2章1~7節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨブ記 24:1 なぜ、全能者のもとには さまざまな時が蓄えられていないのか。なぜ、神を愛する者が 神の日を見ることができないのか。
 24:2 人は地境を移し 家畜の群れを奪って自分のものとし
 24:3 みなしごのろばを連れ去り やもめの牛を質草に取る。
 24:4 乏しい人々は道から押しのけられ この地の貧しい人々は身を隠す。
 24:5 彼らは野ろばのように 荒れ野に出て労し、食べ物を求め 荒れ地で子に食べさせるパンを捜す。
 24:6 自分のものでもない畑で刈り入れをさせられ 悪人のぶどう畑で残った房を集める。
 24:7 着る物もなく裸で夜を過ごし 寒さを防ぐための覆いもない。
 24:8 山で激しい雨にぬれても 身を避ける所もなく、岩にすがる。

詩篇 25:11 主よ、あなたの御名のために 罪深いわたしをお赦しください。
 25:12 主を畏れる人は誰か。主はその人に選ぶべき道を示されるであろう。
 25:13 その人は恵みに満たされて宿り 子孫は地を継ぐであろう。
 25:14 主を畏れる人に 主は契約の奥義を悟らせてくださる。
 25:15 わたしはいつも主に目を注いでいます。わたしの足を網から引き出してくださる方に。
 25:16 御顔を向けて、わたしを憐れんでください。わたしは貧しく、孤独です。
 25:17 悩む心を解き放ち 痛みからわたしを引き出してください。
 25:18 御覧ください、わたしの貧しさと労苦を。どうかわたしの罪を取り除いてください。
 25:19 御覧ください、敵は増えて行くばかりです。わたしを憎み、不法を仕掛けます。
 25:20 御もとに身を寄せます。わたしの魂を守り、わたしを助け出し 恥を受けることのないようにしてください。

ヤコブ 2:1 わたしの兄弟たち、栄光に満ちた、わたしたちの主イエス・キリストを信じながら、人を分け隔てしてはなりません。
 2:2 あなたがたの集まりに、金の指輪をはめた立派な身なりの人が入って来、また、汚らしい服装の貧しい人も入って来るとします。
 2:3 その立派な身なりの人に特別に目を留めて、「あなたは、こちらの席にお掛けください」と言い、貧しい人には、「あなたは、そこに立っているか、わたしの足もとに座るかしていなさい」と言うなら、
 2:4 あなたがたは、自分たちの中で差別をし、誤った考えに基づいて判断を下したことになるのではありませんか。
 2:5 わたしの愛する兄弟たち、よく聞きなさい。神は世の貧しい人たちをあえて選んで、信仰に富ませ、御自身を愛する者に約束された国を、受け継ぐ者となさったではありませんか。
 2:6 だが、あなたがたは、貧しい人を辱めた。富んでいる者たちこそ、あなたがたをひどい目に遭わせ、裁判所へ引っ張って行くではありませんか。
 2:7 また彼らこそ、あなたがたに与えられたあの尊い名を、冒涜しているではないですか。

 

 

 

この世は不平等であり、不公平である。

強いものや富む者が富や権力をかき集め、貧しい者や弱い者を虐げ、搾取し、さらにその格差は広がっていく。

残念であるけれど、人間の世界ではこれは避けることのできない仕組みであろう。

なぜなら、人はみな違うからであり、強い者がいれば弱い者もいるし、賢く知恵に富んだものもいれば、そうでない者もいる。

みなが同じではないのだから、平等、公平にはいかなくて当然であろう。

できるだけみなが平等で公平であろうとするのは、悪いことではないが、無理なこともあるのではないだろうか。

それよりも、それぞれを神が創り、命を与えたもうたのは神なのだから、お互いの違いを尊重し、それぞれの良さを生かして共に生きることができるように助け合っていくことを求めていくのが望ましいのではないだろうか。

理解しえないところがあっても、無理に理解しなくてもいいし、違いは違いとして認めあい、尊重し合い、互いに助け合いながら、共に生きていく世界、そんな世界を神は望まれているのではないだろうか。